298.箱型-Box-
1991年7月23日(火)PM:20:41 中央区人工迷宮地下三階
セミショートに黒髪の村越 武蔓(ムラコシ ムツル)。
下手な男性よりも背の高い彼女。
手には64式7.62mm小銃。
ホルスターにはP220WCが見える。
展開されている物理結界展開機。
その向こう側をじっと見ている武蔓。
物理結界をどうにかしようとしている銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)。
二体がずっと蠢いている。
鎌手で攻撃したり、突進したりしていた。
同じような事を何度も繰り返している。
いずれも跳ね返されていた。
反動で逆にダメージが蓄積している状態だ。
「壊されないって言ってたけど、この場にいるのは余り気分の良いものじゃないな」
五メートル程離れた場所。
彼女は小銃を構えている。
いつでも射撃出来るようにだ。
「ぶっ飛ばせれば楽なんだが、独断専行するわけにもいかないし」
「短気起こさないで下さいよ」
背後から聞こえて来た声。
武蔓は思わず苦笑いになった。
「盗み聞きとは性質(タチ)が悪いぞ」
「聞かれたくないなら、もっと囁くような声で言って下さいよ」
「柚も言うようになったな」
「村越二尉こそ、もう少し落ち着きを持ってくださいね」
武蔓の横を通り抜けた倉方 柚(クラカタ ユズ)。
屈むと物理結界展開機を確認しはじめた。
「二尉の声は普段から大きいんですから。隣の班の波野三曹にも聞こえてるかもしれませんよ」
「そんなに声大きいかなぁ?」
二人が会話を続けている。
その間も、結界にぶつかり続けていた。
銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)がぶつかる。
その度に、軽い衝撃音が聞こえていた。
「こいつらもいい加減諦めてくれないかね? 煩くてかなわん」
「壊せると思ってるんでしょうかね?」
「わからん。あ、諦めたか?」
結界を叩くのをやめた銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)。
奥の方へ歩いていく。
十メートル程離れた。
二体はそこで体を百八十度回転させる。
左の蟷螂が翅を広げた。
真っ直ぐ結界に向かって突っ込む。
翅も激しく動かして速度を上乗せしている。
両方の鎌手を振り上げて、結界に振り下ろした。
かなり激しい衝突音。
飛び散った液体。
弾かれて倒れた蟷螂。
痙攣を起こし始めた。
頭は半分潰れていた。
鎌手も半ばから圧し折れている。
突進による衝撃に耐え切れなかったのだろう。
見事に自爆したようだった。
「哀れだな」
「無駄に消耗させたくないので、出来れば過度な衝突は避けて欲しいんだけどなぁ」
「私に言われても困る」
「言葉が通じればいいのに」
「通じても話し合いの余地がなければ意味ないんじゃないのか?」
「かもしれませんけど、言葉が通じれば、もっと楽に進める可能性があるじゃないですか」
「あぁまぁ、説得なりなんなりが出来ればそうかもしれん。だが、でかくても相手は虫だからな」
「そうですけど。よし、チェック終わり。次で最後だ。あ、もう少ししたら交代要員来るはずですから、お願いしますね」
「わかってるよ」
軽く手を上げた柚。
彼女に答えるように、武蔓も軽く手を上げた。
「あ、柚もだけど、侑子にもちゃんと休憩は取れって言っとけ」
「はーい、わかってますよ」
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1991年7月23日(火)PM:23:02 中央区人工迷宮地下三階
「監察官札幌支部、阿賀沢 迪(アガサワ ユズル)以下二十七名、第四師団の協力要請により馳せ参じました」
迪を含む監察官札幌支部二十七名。
彼女達は迷彩柄の服装に統一されていた。
ただし、特殊技術隊第四師団の装備。
それとは迷彩の柄もデザインも異なっている。
「今回の作戦の指揮を担当する有賀 侑子(アリガ ユウコ)三等陸佐です」
敬礼し挨拶をかわす二人。
「本当は、作戦そのものにご協力出来ればいいのですけど」
「あの事件がありましたからね。正直、今回要請が通った事の方が、私には驚きでした」
申し訳無さそうな迪に、微笑を返す侑子。
「それで私達はブってん君の監視と、突破された場合の戦線維持と伺いましたが? 維持という事は、蟷螂達を殲滅して構わないという解釈でいいのでしょうか?」
「可能であれば殲滅して頂いて問題ありません」
「わかりました。ブってん君の操作方法については、一通りレクチャーは受けてありますので、ご心配なく」
「了解しました。それでは明日の十時までお願いします」
深々と一礼した侑子。
「承りました」
迪も深々と一礼する。
その後、迪は背後を振り向いた。
監察官の仲間達に、次々と指示を出していく。
彼女達の遣り取りを聞いている侑子。
無線で今後のスケジュール。
それと順次交代の連絡を入れていった。
粗方の指示が終わった迪。
彼女の側に残っているのは侑子。
迪は自分のリュックから一冊の本を取り出した。
古めかしい黒い装丁の本。
首を傾げながら、彼女を見ている侑子。
「龍印書(ドラクシンニャント)、よろしくね」
そう呟くと、彼女は本を数ページを捲る。
彼女が何か呟いたのが、侑子にもわかった。
直後、本から溢れてくる光。
半透明の黄色の光が、人型を形成していった。
そして現れたのは、二十歳位の男。
栗色の髪で、前髪だけが胡桃色。
髪の毛にはグラーデションがかかっている。
彼は、赤褐色のパンクスーツに身を包んでいた。
ただし、頭には角のようなものが生えている。
「んぁぁ? ここ何処だよ?」
気だるそうな声だ。
「ファイクロン、迷宮に行くって昨日説明したでしょうに?」
「あぁ? そんな事言ってたなそーいやぁ」
彼をじっと見つめる侑子。
監察官で最強と数えられている存在の一人。
竜人を使役する女術師がいるという話しを思い出す。
彼女がその竜人使いなのだと理解した。
また本のページを捲った迪。
彼女がまた何か呟く。
今度は赤い半透明の光が人型をなしていった。
「二度目の出番なのだー!」
次に呼ばれたのは、黄丹色の髪。
前髪だけが桜色の女性。
彼女の髪にもグラーデションがかかっている。
見た目は、同じ二十歳位で頭にも角があった。
彼女は、珊瑚色と錆色のパンクドレス。
「シャイニャン、遊びに来てるんじゃないんだからね」
「はーい、わかってますよーだ」
本から青い半透明の光が溢れてくる。
三人目に呼ばれたのは、山吹色の着物姿の角がある女性。
彼女も二十歳位に見える。
「主様、どのようなご命令でも遂行させて頂きます」
「リンダーナは相変わらず堅苦しい口調なんだから」
リンダーナと呼ばれた彼女。
グラデーションのかかった浅葱色の髪。
前髪だけが紺色だ。
「呼ばれて何ですけど、戻っていいですか?」
「駄目。トルエシウンは相変わらず面倒臭がりなんだから」
萌葱色のグラーデションがかかった髪。
前髪だけが深緑色の男性。
四人目のトルエシウンも角があり、二十歳位。
コバルトグリーンのスーツをきっちりと着こなしている。
彼は緑の半透明の光から現れた。
「阿賀沢さん、竜人を使役する女術師というのは、あなたの事だったんですね」
侑子の尊敬をこめたような眼差し。
迪は思わず苦笑いになった。
「こいつら正確には竜人じゃないんですけどね? 人に化けてるだけで、ただの竜なんですよ」
「ただの竜って、ひでぇなおぃぃぃ? なめんじゃねぇぞ!?」
「ファイクロン、我等の使役者で主である迪様に何て口を?」
彼の胸倉を掴み上げるリンダーナ。
「あぁん? やんのかこら?」
リンダーナと睨み合うファイクロン。
「あぁーもう、二人とも仲良くするのーだー!?」
二人の諍いを止めようとするシャイニャン。
「短気は損気。ほっとけばいいと思いますよ」
止める気のないトルエシウン。
「はーいはい。やめなさーい。お仕事なんですからねー。続けるならば、二度と呼び出しませんよ」
迪の言葉に、一気に青白い顔になる二人。
「自分から、この本の住人になってるんですから。契約者の指示には従って下さいね」
侑子は会話に口を挟めない。
ただただ見守っているだけだった。
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