243.無茶-Reckless-
1991年7月14日(日)AM:11:59 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟一階一○三号
テーブルに座っているのは四人。
ヘッドセットを被っている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
真面目な表情で耳元に入る報告を聞いている。
隣の稲済 禮那(イナズミ レナ)。
少し不安そうな表情だ。
稲済 禮愛(イナズミ レア)は彼女の対面に座っている。
テーブルの上で震えている禮那の左手。
禮愛は右手で優しく握っていた。
「義彦さんは行った方がいいんです?」
義彦の対面に座っている少女。
彼女はセセリア・ベナヒデス・アルカラ。
その声は少し震えていた。
「相手の目的がわからないが、西通を北東に向かっている。割り振り的に俺はここにいた方が良さそうだ。それにそんなに不安になる事はないさ」
ゆっくりと立ち上がった義彦。
テーブル越しにセセリアの頭に手を置いた。
愛でるように優しく撫でる。
テーブルには、食べ掛けのオレンジ色のパイ。
義彦と禮愛がコーヒー。
紅茶が禮那とセセリアだ。
「ファビオさんの指示もあるしな。それにどの寮にもそれ相応の戦力はいる」
「でもどうやって侵入者の数とか動きとかを把握しているの?」
不思議がっているような眼差し。
義彦を見つめた禮愛。
「あれ? 禮愛さん、理事長から説明は受けてないのか?」
「今のところは何も。学園に関する説明は聞いてないかな?」
「そうなのか」
何処から説明するべきか迷う義彦。
その間に、禮愛が口を開いた。
「うんと、学園の外と中の公共施設は、目と耳で監視しているって先生が言ってた」
「目と耳で監視?」
「特殊な魔法陣で学園敷地内の映像と音声は、それ専用の部屋で確認出来るようになっているって事だな。詳しい原理とかは知らないが、監視カメラの魔法バージョンみたいなものだ」
「他にも一定の出力を超えると魔力霊力妖力に関わらず、わかるそうです。先生と兄が言ってました」
二人の説明を補足するセセリア。
「まぁ、そうゆうことだな。統合管理している使い手達がまだ慣れてないから、映像からの相手の特定とかは少し時間がかかるようだけど。それに映像が見れると言っても、映せる場所は固定だしな」
「色々と問題もあるって事なのかしらね?」
説明を聞いていた禮愛。
彼女の口から出て来た言葉。
義彦は肯定も否定もしなかった。
説明を受けた禮愛は少し思考する。
その中で、色々な考えが浮かんでは消えていく。
とりとめもない思考の中。
無意識に禮愛は、思わず呟いていた。
「捕捉は出来てるなら問題は無いのかな?」
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1991年7月14日(日)PM:12:02 中央区精霊学園札幌校北中通
魔力のフィールドが展開中だ。
敷地内のあらゆる物を覆っている。
その中を東に進む藤村 間(フジムラ ケン)と白髪の男。
白髪の男の両目は色が異なっている。
左目が緑で右目が白だ。
その手に握られている黒い金砕棒。
彼が持つのは、柄の両側が金属製の拵えになっていた。
その両側の金砕棒は全く同じ形状。
「そこの二人待ちなさい」
背後から聞こえて来た声。
面倒そうに振り返る二人。
そこには、巫女姿の黒髪の少女が立っていた。
袴は青くかなり短い。
更に、腰には一振りの刀を差している。
「あいつの相手は俺がしよう」
「まかせたよ。それじゃ」
「あ、待ちなさいよ」
走っていく間を追いかけようとする。
しかし、白髪の男が道を塞いだ。
「女、お前の相手は俺だ。追い駆けたければ俺を倒す事だな」
男の言葉と共に、吹き荒れる重圧。
只者ではないと感じた少女。
追い駆けるのを諦め、腰の刀を抜いた。
「私は土御門 深春(ツチミカド ミハル)、あんたは?」
「ふん。構えは中々だがまだまだだな。もしお前が俺に一撃でも当てれたら教えてやろう」
「その言葉に二言はないでしょうね?」
「あぁ、男に二言はない」
男の言葉に、更に闘志を燃やす深春。
刀をしっかりと持ち直し、男に斬りかかった。
深春の太刀筋は悪くはない。
しかし、男は金砕棒で軽くあしらって行く。
六度目の横薙ぎも、あっさりと弾かれた。
「土御門の刀剣術か。なつかしいな」
男の言葉に怪訝な表情になる深春。
「何で? 知っているって事? でもこんな短時間で普通見破れるの?」
「知っているな。あの時は本当楽しい勝負だった」
過去を思い出すかのようだ。
今ここではない遠くを見つめる男。
「さて、そろそろこちらから行こうか」
男の一撃になんとか反応出来た深春。
辛うじて防ぐ事が出来た。
しかし、強力な威力だった。
刀を握っている手に衝撃が走る。
「な・なんて威力?」
「一撃目でそれか? どんどん強くしていくぞ」
なんとか受け続ける深春。
しかし、四撃目で弾き飛ばされた。
「魔力で補強してなきゃ折れてるかも」
空中で一回転をして、何とか体勢を立て直した。
彼女の額を流れる冷や汗。
絶対的な実力の差が、二人の間にはあった。
「こんなものか? そらそらそら」
再び繰り出される攻撃。
一撃目は何とか躱した。
しかし、二撃目を防ぎきれなかった。
弾き飛ばされる刀。
体勢を崩しかける深春。
そこへ突く様に繰り出された三撃目。
足を踏ん張り、彼女は躱したつもりだった。
突如左脇腹に痛みが走る。
白衣(シラギヌ)と袴を破き、肉を少し抉っていた。
痛みに耐え、横に飛んだ深春。
即座に横に振られた男の金砕棒。
直撃は避けたものの、深春は吹き飛ばされた。
痛みに顔を顰めている。
それでも体勢を立て直し、追撃に備えた。
しかし、男は追撃をして来ない。
怪訝な表情になる深春に、男は静かに言った。
「貴様では俺には勝てん。大人しく退け」
唇を噛みながら、自分の刀を拾う深春。
「実力差を見せ付けられても退く気はないという事か」
「勝てないまでも足止めぐらいにはなるでしょ」
「声が震えているぞ。退かぬならば容赦はしない。お前、死ぬぞ」
「そんなのやってみないとわからないじゃない」
痺れ始めている手。
刀を握り締めている深春。
「やれやれだな。まぁいいか。その戦意に敬意を表して全力の一撃で葬ってやろう」
突如男に溢れ出す力。
頭に角が三本、肩口からも二本。
徐々に伸びていく。
角の伸展に伴っているようだ。
どす黒いエネルギーがオーラの如く吹き荒れた。
今までとは桁違いの重圧。
恐怖で震える深春の手。
だが彼女は、己の胆力で恐怖を捻じ伏せた。
いつでも反応出来るよう身構える。
目だけは相手の男をしっかりと見ていた。
「胆力だけは認めてやるよ」
次の瞬間、深春の視界に飛び込んだ光景。
振り下ろす直前の金砕棒。
穂先で絡め取っている十文字鎗。
「全く。我が娘ながら、無茶振りにも程があるだろうに。誰に似たんだか?」
ヘッドセットをした男。
黒髪で黒い顎鬚の土御門 春季(ツチミカド ハルキ)。
彼が鎗を突き出して立っていた。
予想外の状況に、思わずへたり込む深春。
「母様でしょうね」
「私もそう思う」
更に聞こえて来た声に驚く深春。
声のした方に視線を向ける。
そこには少し衣装の違う巫女服を着た二人。
土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)と土御門 茅秋(ツチミカド チアキ)がいた。
乙夏は緋袴の巫女服。
茅秋は膝丈の黄の袴だった。
二人は、心の底から安堵したような表情。
じっと深春を見ている。
「パパに乙夏!? それに茅秋まで? 何でここに?」
「深春が侵入者の一人と交戦中って聞いたからね。相手が誰かわからないし、一応見に来たんだよ。乙夏、茅秋、退く事を知らない馬鹿深春を連れて離れておくれ。ちょっと周辺は酷い事になると思うから。いや、こっちが移動しようか。寮に被害を出すわけにもいかないし」
思考が追い付かず、唖然としている深春。
「君が許してくれるならだけど」
「俺は構わないぜ。だが何処に移動するんだ?」
辛め取られていた金砕棒。
十文字鎗から男は引き抜いた。
「すぐそこに競技場がある。その中でどうかな?」
「わかった。いいぜ」
「それじゃ、付いてくるといい」
何か言いたそうな深春だった。
しかし、結局何も言えない。
離れていく二人を見送っていた。
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