第五章 黒塊追跡編

042.異質-Heterogeneity-

1991年5月31日(金)PM:19:19 中央区環状通


 歩いている少年と少女二人。

 真ん中は、スポーツ刈りに眼鏡の少年。

 赤みのさした黒髪を、三つ編みのポニーテールにしている少女が左側。

 右側の、銀髪に白い肌の少女が、少年の方を見つめながら問う。


「義彦兄様は、今日は何が食べたいです?」


「何って言われてもな・・・」


「義彦さん何食べたいんですか?」


 左側の三つ編みの少女。

 彼女も三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)を見つめつつ問うた。


 二人の問いに、思案する義彦。

 本来は料理を教えるのが目的での集まり。

 その為、まさか自分が聞かれるとは義彦は考えていなかった。


 最初は、あんまり手の込んだものは、選ばない方がいいとは思う。

 ――かと言って、何がいいのかわからん。

 何が無難なんだろうか?

 考えてみるも、義彦には何がいいかわからない。


 そんな事を義彦が考えていると、手前の道路に、三台のベンツが止まった。

 中からは、黒いスーツにサングラスの男達がぞろぞろと出て来る。

 無視して行こうと思った義彦。

 しかし、彼等が義彦達の前に半円状に立ちはだかった。


 相手の意図がわからないが、どうやら友好的ではなさそうだ。

 立ちはだかる男たちは八人。

 武器らしきものは特に、持っていない。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)と十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。

 二人は義彦の後ろに隠れるように、少し下がった。


「三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)だな」


 先頭のスキンヘッドの男が、睨みつけるように言い放った。


「だったら何だ? 邪魔なんだけど?」


 睨みつけ、吐き出すように義彦は返す。


「お前達に、ボスが会いたがっている。大人しく着いて来てもらおう」


「突然現れて、随分一方的だな? お前らのボスが、俺と吹雪に何の用か知らんが、従う義理はない」


 義彦の言葉に、スキンヘッドの男がイラついているのがわかる。


「たかが子供が、下手にでてれば、力尽くでも連れてくぞ」


 スキンヘッドの男は拳を、義彦の顔目掛けて突き出した。

 しかし義彦の手に、あっさりと受け止められる。

 そのまま、握った手に徐々に力を入れる義彦。

 スキンヘッドの男の顔が、徐々に苦痛に歪んでいく。


「吹雪、柚香を頼んだ」


 義彦の意を察した吹雪と柚香は、更に後ろに下がった。

 スキンヘッドの男は、苦痛に膝をつく。

 苦悶の表情で義彦を見上げる。


 握っているスキンヘッドの拳を解放。

 見下ろす瞳には、怒りがこもっている義彦。

 膝をついたまま、その視線と痛みからの解放に、唾を飲み込むスキンヘッド。


「もう邪魔はするな」


 威圧するように言い放った義彦。

 顔を後ろに向け、吹雪と柚香の方に微笑んだ。

 しかし、スキンヘッドの放った次の言葉。

 その言葉に、義彦の怒りのボルテージが再び上昇する。


「後ろの二人の女を、先に捕まえろ!」


 その言葉に瞬時に行動した義彦。

 膝をついているスキンヘッドの男の顎を、横から蹴りつける。

 飛び出した、他の黒いスーツを巻き込み倒れこんだ。


 義彦は蹴りの勢いを殺さずそのまま回転。

 上げた足を戻し軸足に変える。

 軸足を変えると同時に、逆の足で回し蹴りを放った。


 吹雪と柚香を捕まえようとする、黒いスーツの男達。

 手前から蹂躙して、気絶させてゆく義彦。

 相手をただの子供だと思っていた彼等。

 碌な抵抗をする事も出来ずに、無力化されていく。

 ほんの数秒で八人の大人は、その場に呻きながら、倒れる事となった。


 停車していたベンツの一台から出てきた男。

 灰色のスーツに、軽薄そうな表情。

 おどけた雰囲気を醸し出している。


「あーらら、任せろって言うから、任せてみーたらこれだよ」


 おどけたように、そう言った軽薄そうな男。

 三井達の前に歩いて来る。


「ごめんねー、丁重に扱うように言われてたのに、こいつらは何を勘違いしたんだろーね? 本当ごめんよ」


 言葉だけは、お詫びしているように見える。

 しかしそのおどけた雰囲気の影響で、余りそう感じられない。

 スーツの内ポケットに手を入れて、何か出してきた。

 一瞬警戒した義彦だったが、ただの名刺入れのようだった。


「僕はこーゆーものだから。もし、僕達のボスに会う気になったーら、連絡頂戴ねー?」


 そう言うと、名刺入れから一枚名刺を取りだした軽薄そうな男。

 義彦の制服の、胸ポケットに入れた。

 怪訝な表情のまま、義彦は彼のその行動を止める事はしなかった。


 目の前の男はぱっと見ると、ただの軽薄そうな男に見える。

 しかし、何か物凄い異質感を感じている義彦。

 男から視線を逸らさず、その理由を考える。


「ほーら、お前達ー、これ以上恥を晒す前に、かーえるよ」


 軽薄そうな男は、スキンヘッドを含め、気絶していた男達を揺り起こしていく。

 ばつが悪そうにしながら、車に戻っていく男達。

 スキンヘッドの男は、三井を睨みつける。

 しかし、睨み返されるとすぐに視線を逸らした。


 男達は、まだ痛む体のまま、車に乗り込んでいく。

 一番最後に、軽薄そうな男が、こちらに手を振りながら車に乗り込んだ。

 乗り込むと同時に、前の車からその場を後にする。

 義彦は三台目がその場を去るまで、その場で睨みつけていた。


 三台目の車が去ると、吹雪と柚香が三井の手を抱きつく様に握ってきた。

 柚香はともかく、吹雪の瞳も少し怯えている。

 あの軽薄そうな男に、二人も何かを感じたのかもしれない。

 義彦は何も言わず、握られた手を優しく握り返した。

 吹雪に視線を向け、更に柚香に視線を向けてから、優しい声で話しかける。


「さて、夕飯どうするかね? 何でもいいなら、俺が今食べたくなったものリクエストするけど?」


 吹雪と柚香はきょとんとした顔で、視線を義彦に向けた。

 予想外の話題だったのだろうか?

 金魚みたいに口をパクパクさせている二人。

 その顔に、義彦は思わず噴出してしまった。


 思わず噴き出した義彦に、更に唖然とする二人。

 少しして、自分達が笑われていると思い至ったのだろう。

 二人共、頬を膨らませて、抗議の視線を、義彦に向けはじめた。


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1991年6月1日(土)AM:7:24 中央区桐原邸二階


 静かな寝息をたてて眠る少年と、少年に縋りつく様に眠る少女。

 少女は、握りしめている少年の手の温度を感じながら、瞼を開いた。

 少年はまだ、眠っているようだ。


 ただ一緒にいるだけなのに、それだけで安心出来ると感じている。

 少女にとっては、少年は白馬の王子様になのだ。

 感じている気持ちが恋なのだと、自ずと理解し始めている。


 片思いだと感じている少女。

 今の生活のままでもいいと思う自分と、一歩踏み出したいと思う自分。

 その気持ちに決着をつけれないのだ。

 狭間で一歩踏み込めないでいる。


 無防備な少年の寝顔を、優しい眼差しでじーっと見ている。

 どれぐらいそうしていたのだろう。

 少年の瞼がゆっくりと開かれた。


 ゆっくりと横を向く。

 少年の視界にはいる愛菜の顔。

 嬉しいような悲しいような、その表情の真意は、少年にはわからない。


「おはよー、愛菜」


「ゆーと君、おはよー」


 微笑む中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 彼も、その笑顔につられて微笑んだ。

 頭に手を当てて、ポリポリ掻きながら微笑んでいる。


「交流会だねぇ?」


「あぁ、そうだな」


 欠伸をしながら答える桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 まだ、眠そうな表情のまま、上半身だけを起こす。

 愛菜はベッドから降りた。


「お父さんもお母さんもいるから、うちでご飯食べよ」


 そう言うと、一度離した悠斗の手を握り、引っ張った。

 抵抗する事もなく引っ張られた悠斗も、ベッドから降りる。

 二人はパジャマのまま、部屋を出ていった。


 愛菜の両親は、愛菜がここ数日、悠斗の部屋で寝ている事を知っている。

 その素振りから、むしろ容認している感じを悠斗は受けていた。

 しかしその容認している意図が、何処に有るかまでは察していない。


 その為、気まずい様なむず痒い様な気持ちもある。

 かといって、愛菜を説得しようとしても納得しないだろう。

 一度は許可してしまった手前、断わり難さもある。

 それに仮に断ったとしても、いつぞやのように勝手に入ってきて、寝てるだろう。


 恋人同士が行う、夜の営みについて理解しているわけではない。

 かといって、彼も全く理解していないわけでもない。

 ドラマや映画などのワンシーンで、それらしい場面を見た事もある。


 いつか誰かと、そうゆう事になるとは思う。

 状況だけを考えれば、愛菜は一番近いのかもしれない。

 しかし、悠斗は、愛菜に対して沸き上がる自分の気持ちが何なのかわからない。

 その為困惑もしている。


 ちょっとしたスキンシップなら、日常的にされている。

 しかし悠斗はそれが、幼馴染ゆえの行動なんだと思っているのだ。

 実際の愛菜の気持ちを、彼は理解出来ない。

 まだまだ若さの為か稀に見る鈍感なのか。


 無垢な瞳で、今も悠斗を見詰めている愛菜。

 愛菜の、自分に向けている気持ちが何なのか、理解出来ないまま。

 また、彼自身の愛菜に向ける気持ちが恋なのかわからない。

 何なのかも自覚できないままなのだ。

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