305.凍結-Freeze-
1991年7月24日(水)PM:16:49 中央区人工迷宮地下三階
「久遠時、村越、私と下層の確認だ。倉方は残りの隊員の半分を連れて上層の警備、相模原は残りの隊員でこの階を念の為に確認。隊員の割り振りは相模原に一任する」
次々に指示を出す有賀 侑子(アリガ ユウコ)。
「行くのは構わんが、三人で大丈夫なのか?」
下層には何がいるかわからない。
その為、久遠時 貞克(クオンジ サダカツ)の指摘はもっともだ。
村越 武蔓(ムラコシ ムツル)も同意するように頷いている。
「それでは私も行きましょう」
予想外のリンダーナの提案。
侑子は一瞬判断に迷う。
しかし、結局彼女の申し出を受ける事にした。
「んじゃよ? 俺とシャイニャンは、この階の確認に協力するわ」
「協力感謝します。それでは行きましょう」
侑子の指示により、それぞれが行動を開始した。
リンダーナを先頭に、侑子、武蔓、貞克の順。
四人は下り階段を目指して真っ直ぐ歩いていく。
そして階段前に辿り着いた。
「これも事前の情報通りなのね。消滅してくれる事を願ったんだけど」
自嘲気味に呟いた侑子。
彼女の眼前には、四角い口を開けている下り階段。
ただし、それだけではない。
格子状のビームのようなものが、先に進むのを拒んでいた。
≪小水(インフィルマアクア)≫
リンダーナが前に突き出した右手。
瞬時に現れた水の塊。
格子状のビームのようなものに放たれる。
しかし、ぶつかった瞬間に消滅した。
「上の層にあったのと同じものと考えてよさそうですね。情報では、触れる物なら物体であろうがエネルギー体であろうが、問答無用に消滅させるとの事でお間違いなかったでしょうか?」
リンダーナに問いかけられた三人。
即座に反応したのは侑子。
「はい、その通りです。精霊庁、いや特殊能力研究所でしたか。そこの三井という人物が刀にエネルギーを纏わせて斬ったそうですが、刀の刃が消滅していたそうです。他にも、銃弾等を撃ち込んでみましたが無駄でした」
「そうですか。上層と同じであれば、壁の中に刻まれている魔法陣を何とかしなければいけませんね」
顎に手を当てて考えるリンダーナ。
「そうです。土御門という方のご協力により上層のものは無効化したのですが、その方も壁内の魔法陣そのものを無力化したそうです」
「なるほど」
≪大気凍結(アイリスデュラトゥス)≫
突然、吐く息が白くなった。
その事に驚いた三人。
白い息の原因を作り出したであろうリンダーナ。
彼女は涼しい顔をしている。
「何が!?」
武蔓と同じように、侑子と貞克も疑問の表情だ。
「階段周辺の空気を凍結させました」
確かに四人の前方から聞こえて来る音がある。
ピキピキピキというような何かが凍結しているような音。
徐々にビームらしきものが、根元から存在を霧散させ始めた。
「余波で私達周囲の気温も低下しているという事です」
「大気が凍結しているのはわかりました。でも、それって私達の呼吸する空気にも影響があるのでは?」
「後免なさい。言い方が簡潔過ぎましたね。凍結したのはあくまでも階段周囲のみ。範囲は限定してますので、直接的には影響ありません。ただ、熱移動までは完全には遮断出来ませんので、徐々にこちら側も冷えているという事です」
「それでは溶けてしまえば元に戻るのでは?」
「可能性はあるでしょう。その為に次の一手を撃ちます。あ、大丈夫かとは思いますが、私基準ですので、念の為離れていて頂けますか?」
する前に言って欲しかった。
そう心の中で思いながら離れる貞克。
侑子と武蔓も彼の後に続いていく。
リンダーナから距離を取った。
距離にして二十メートル弱。
リンダーナの周囲に浮かんだ百近い小さな氷の塊のようなもの。
それらが射出されたのがわかった。
「さて、これで完全に破壊させて頂きました」
首を後ろに向けたリンダーナ。
言うだけ言うと、前を向いて階段の側へ移動した。
三人を待つ事なく下り始める。
「あ、リンダーナさん!?」
咄嗟に追いかける侑子。
貞克と武蔓も彼女に続く。
三人は、寒気に体が震えている。
その事を自覚しながら階段に差し掛かった。
「行きましょう」
活を入れるかのような侑子の声。
武蔓は両頬を叩くと、足を前に進ませる。
一瞬眼を閉じた貞克も、階段を下り始めた。
「それでさっきのは?」
リンダーナに追いついた侑子。
彼女に更なる説明を求めた。
「そうですね。土御門さんが無効化したという事から、魔法陣はここの壁や床のような強固な素材ではないと判断しました。正直ここと同じような素材でしたら、一筋縄ではいかなかったでしょう。予想通り魔法陣を構成していた物質は、凍結させる事が出来ました。なので凍結した魔法陣にアイスマスバレット、簡単に言えば氷の弾丸ですね。それを撃ちこんで破壊したのです」
リンダーナの説明を受けている。
その間に、四人は下層、地下四階に到達。
予想もしていないものが彼女達を待ち構えていた。
「畑・・・?」
武蔓は思わず疑問の声を上げていた。
彼女達の視線の先に見えている。
石を積み上げて作られた長方形の囲い。
その中には黒褐色の土。
何かの植物らしき芽が見えている。
「何者かがここに畑を拵えたのか?」
自分で言ってて首を傾げた貞克。
「とりあえず、進んで見ましょう」
十五メートル以上はある直進の通路。
畑はその両端に並んでいる。
左右合わせて四つ存在した。
「誰かいるわね」
侑子の視線の先。
何人かの子供達が遊んでいるのが見える。
ぱっと見ると人間のように見えた。
近付く四人は、すぐにその異質さに気付く。
赤系統、青系統、黄系統、緑系統。
大まかに四色のグループに分けられる。
だが、どの子供も髪や肌、服の質感がおかしい。
のっぺりとしていた。
上から下まで、同系統の三色か四色。
体色はそのように構成されているようだ。
「郡粘(スライム)にも見えますが、あんな形を取るとは思えませんね」
「スライム・・ですか?」
リンダーナの呟きに、首を傾げる侑子。
四人がその正体を判断しかね、足を止めている。
その間に、近付いてきた子供達に囲まれていた。
何か語りかけられているようだ。
dふぁが、誰も意味を理解出来ない。
リンダーナが、その中の一人の少女の前で屈んだ。日 そして少女と視線を合わせた。
どちらも一切言葉を発してはいない。
しかし、時折少女が首を傾げたりしている。
「彼女の名前はナギラーニュ。隣が妹のナギリーニョだそうです」
リンダーナの前に並んでいる二人の少女。
カナリヤの髪に、菜の花色の肌。
瞳の色は生蘗色だ。
十二歳位と十歳位に見える。
「彼女達は人間ではないそうです。感覚的にはスライムの様なものかと」
リンダーナの言葉に、目の前の少女の姿が崩れていく。
不定形の黄色の粘液のような存在になった。
そして、すぐに少女の形に戻る。
「村長的立場の人物、じゃないですね。この場合スライム物ですかね」
「リンダーナ殿、どうのようにして会話をしたのだ?」
貞克の疑問に、リンダーナは微笑んで答えた。
「試しにテレパシー、念話してみたら通じました」
「なるほど。念話なんて事も出来るのだな。理解した」
しばらくしてナギリーニョに引っ張られてきた青年。
二十歳位に見えた。
彼は、子供達よりも幾分かは人間に近くなっている。
それでも、やはり違和感はかなり感じられた。
「正直、この展開は予想外ね。友好的なら特殊技術研究所にお願いする事になるかな」
「異質感はありますけど、子供とは敵対したくないな」
「武蔓の意見に同意する。出来れば友好的なまま解決出来ればいいのだが」
武蔓も貞克も難しい顔をしている。
二人の呟きのようなものを聞いているリンダーナ。
立ち上がって、目の前の青年と念話で会話を続けていた。
「とりあえずは、二人の念話での遣り取り次第か。終わるまで待ちましょう」
二人の遣り取りが終わる。
それまで、残された三人は周囲を観察していた。
「あれが住居なのだろうな」
貞克の視線の先に見えるのは鼠色の建物。
「石造りなのでしょうね?」
「見た感じはそうだな」
武蔓と貞克の遣り取りを聞いている侑子。
彼女は今後について考えていた。
「彼の名前はノイリーフムと言うそうです。人間と同義的な意味なのかまではわかりませんが、ナギラーニュとナギリーニョの保護者のようですね。そしてこの集落の代表でもあるようです」
リンダーナの説明に耳を傾ける三人。
「集落という事は、それなりの人数がいるという事ですか?」
侑子の当然の質問。
リンダーナが答えるまでは少し間があった。
「彼等と同族が三十三名。それとは別に四名いるそうです。その四名は、たぶん人間の事だと思われますね」
リンダーナの言葉を聞きながら、難しい顔をする侑子。
「そうですか。後一応確認なのですが、我々と敵対する意志はあるのでしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます