179.寂寥-Desolation-

1991年7月2日(火)PM:14:02 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階


「まったく。まさかこんな事までする羽目になるとわな」


 配られた弁当を食べている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 うんざりした顔でぼやいた。

 彼の隣には土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。


 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 二人も同じテーブルにいる。

 他のメンバーも比較的近く。

 違うテーブルに、同じ学年毎に固まっていた。


「義彦様、大変そうです」


 労わる様に声をかけた鬼那。


「しかしまさか土御門さんと、義彦が知り合いだったとは思わなかった」


 鬼那の話しで発覚した事実。

 義彦と土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)の接点。

 土御門 春己(ツチミカド ハルミ)に剣術や武術の指南を受けていた。

 その繋がりだ。

 彼の孫娘三人と縁が出来ている義彦。


「三井さんて、何気に顔が広いですよね」


「ガキの頃から所長達とは関わってるからな」


 そう言った義彦。

 弁当の具のウインナーを口に入れた。


「長姉と末妹もここに来てるのか?」


「はい、寮は違いますけど」


「そうか」


「姉上様は逢いたがってましたよ」


「いや断る。あいつは会うと喧嘩吹っかけてくるから面倒だ」


 その言葉にクスクスと笑う鬼那。


「喧嘩ってどんな関係なんですか?」


「そんなに強いんですか? 乙夏さんのお姉さんって事ですよね?」


 首を傾げる愛菜。

 鬼那は思わず苦笑した。


「そうです。乙夏様のお姉様になります。強いとは思いますけど、三井さんに挑むのは、また別の理由だと思います」


「別の理由って?」


「私が知る限りですが、姉上様は三井さんに勝った事が無いんです。あ、一度だけ不戦勝はありました。だけど、それでは納得出来ないのでしょう。きっとおそらく、意地になってるんじゃないかと思います。凄い負けず嫌いでしたから」


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1991年7月2日(火)PM:16:44 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟四階四○二号


 椅子に座っている悠斗と愛菜。

 愛菜と同室の土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。

 ベッドに寝転がっている。


「しかし、いろいろ僕達の常識外の学園だよな」


「うん、三井さんは刀持ってるし、鬼威ちゃんは、火縄銃みたいなの持ってるものね」


「炎纏五なんとかだっけ?」


「五号丸って言ってたと思う」


「確かに事前に持ち込み装備についての項目はあったけどさ」


「鬼威のは紫炎牙(シエンガ)という名前なのです」


「何かかっこいい名前だな」


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1991年7月2日(火)PM:17:32 中央区精霊学園札幌校北中通


 肩まである桃色の髪。

 露出の高い袴と巫女服を合わせたような服装の少女。

 道端で立ち止まっている。

 肩に乗っているエゾモモンガ。

 灰色と白色の毛に覆われている。

 喉を撫でていた。

 そこに現れた義彦。

 しかし、エゾモモンガは驚く素振りも見せない。


「鬼那、何してるんだ?」


「はい、鬼那です。栗鼠みたいなのと戯れております」


 鬼那の正面に立った義彦。

 肩に乗っているエゾモモンガを見た。


「何か、ずんぐりむっくりしている気がするな?」


「食べすぎなのでしょうか?」


「いやわからん。こうゆう種類の栗鼠なのかもしれないけど、野生の栗鼠ってこんなに人に懐くのか? 普通逃げると思うんだけど。そうは言っても俺も詳しいわけじゃないしな」


「栗鼠じゃないのでしょうか? 栗鼠なのでしょうか? でも可愛いのです」


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1991年7月3日(水)AM:7:42 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階


 テーブルで一人朝食を食べる義彦。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)と十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。

 二人を何とか説き伏せた。

 起こしに来るのを、やめさせる事には一応成功。


 目玉焼きの、半熟の卵黄部分を口に入れる。

 そこで視線を感じた義彦。

 一人の少女と眼が逢う。


 恨みがましい眼差しで義彦を見る少女。

 しかし、何処か寂しそうだ。

 彼女は、膝まである黒髪ストレートに黒眼。

 黒のフリルまみれのドレスを着ている。


 腰には、柄も鞘も鍔も黒い一振りの刀を差していた。

 六箇所均等に、真円の穴が開けられいる鍔。

 刀マニアであれば涎が出て来そう。

 そんな雰囲気の名刀かもしれない。


 そのまま、しばらく視線を交錯させている二人。

 しかし、その均衡は突如破られる。

 義彦の何もないはずの背後。

 少女が、そこに視線を移した。


 背後に誰かが来たのは彼も理解している。

 しかし彼は振り向けなかった。

 まるで、火花が飛び散っているかのような錯覚。

 背後に覚えていたからだ。


 突如、義彦の首に巻き付いて来る人の手。

 一つの椅子に二人で座るかのように密着してきた人物。

 視界に飛び込んできたのは吹雪の横顔。


 少女は二人の光景を見ている。

 その後、義彦がテーブルに立て掛けている刀。

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を見る。

 悲しみを湛えた瞳でその場を離れていった。

 吹雪の瞼は、少しだけ腫れぼったくなっている。


「吹雪ちゃん、義彦さんが凄い食べにくそうですよ。それで先程の少女は義彦さんの知り合い?」


 背後から聞こえてきたの柚香の声。

 正直義彦は、この二人には会い辛かった。

 一悶着あったからだ。


「知り合い・・まぁそうだな」


「何でしょう? 複雑な関係の方のような気がするので、深くは聞きませんね。吹雪ちゃん、朝食を取りにいこうよ」


 柚香は義彦から吹雪を引っぺがしてた。

 無理やり彼女を連行していく。

 少し離れた所から、義彦達の遣り取りを見ている。

 二人は冷たい眼差しだ。


 橙色の髪を、ポニーテールにしている凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)。

 アクアブルーの髪の毛をクアドラプルテールにしているルラ。

 冷たい視線の発生元は二人だ。


 再びテーブルに一人になった義彦。

 朝食の残りを食べ始める。

 バタートーストを一口噛んだ。


「黒恋か・・・」


 口の中のトーストを飲み込んだ義彦。

 まるで、先程の少女を呼んだかのような独り言。

 しかし、周囲にいる誰もがその声には気付かなかった。

 その後少しして、見知った声が聞こえてくる。


「ここ空いてます?」


「悠斗と誰? まいいや。空いてるぞ」


「それじゃお邪魔しますね」


 朝食の配膳されたトレー。

 テーブルに置いた悠斗と一人の少年。


「嚇、彼が話してた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)だよ」


「三井さん、あ・あのはじめまして。雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)です。よろしくです」


「あぁ、三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)だ。よろしく」


 二人が席に着いた。

 見計らったように、義彦が口を開く。


「悠斗、話したって何話したんだよ?」


「え? 何ってそのまんまですよ。学園トップクラスの実力者の一人だとか」


「いやまて、そんなのわからんだろ?」


「わかりますよ」


「なんだ? その自信は?」


 違うテーブルの四人。  席を取られたと、愚痴を溢した吹雪。

 彼女を宥めている柚香、朱菜、ルラの三人。

 若干膨れた顔で、朝食を食べ始める吹雪。


 その姿に一先ず安心した彼女達三人。

 やっと食事を始めた。

 その事に、悠斗達三人は気付いていない。


「三井さん、何かお疲れなのでしょうか?」


 首を傾げながらの嚇。

 素直に頷いた義彦。


「女って良くわからんな」


 彼の言葉に悠斗と嚇は首を傾げるしかない。


「悠斗に嚇ってば、置いていったな」


「ゆーと君に嚇君、先に来てたんだね」


 その後、直ぐに聞こえてきた声。

 愛菜と雪乃下 巫(ユキノシタ ミコ)だ。

 義彦から話しを掘り下げて聞くつもりだった悠斗と嚇。

 割り込んだ二人の声に、タイミングを逸してしまった。


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1991年7月3日(水)AM:11:42 中央区精霊学園札幌校中等部三階


「さすがに、朝六時に起こしに来られるのは私もやだなぁ」


「でもさすがに、泣かせるまでってのはどうかと思わない?」


 少し腫れぼったい瞼の吹雪。

 気付いた踝 珊瑚(クルブシ サンゴ)。

 彼女が発端になった。


 二度目の十分休憩。

 彼女に押し切られる吹雪と柚香。

 事の発端からあらましまでの全ての出来事。

 とうとう話してしまった。

 そして今は三度目の十分休憩だ。


 青のベールとドレスを纏った二人。

 サーヤ・ブルゥ・ヴァンナ=ヴォン・エルフィディキアとリーヤ・ブルゥ・エルフィディキア。

 遠巻きに聞き耳を立てている。


 我関せずのアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 無表情の黒金 佐昂(クロガネ サア)。

 黒金 沙惟(クロガネ サイ)も同様だ。

 興味無しの黒金 早兎(クロガネ サウ)。


 義彦にも非はある。

 だが、吹雪と柚香も悪い。

 どっちもどっちの考えの二人。


 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)や白紙 沙耶(シラカミ サヤ)だ。

 義彦に謝らせるべきという考えもあった。

 踵 黄緑(キビス キミドリ)と沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

 義彦と面識を持ってない二人。

 その影響もあるのかもしれない。


 様々な考えが交錯している女性陣。

 ぼんやりと眺めている悠斗。

 何となく、何が起きたのかを把握した。


 彼は一つの疑問を抱いている。

 朝六時に起こしに来るのを注意された。

 いくらなんでもそれだけで泣くとは思えない。


 何か決定的な言葉があったはずだ。

 そこまでは考える。

 だが、その言葉が何だったのかは思いつかなかった。

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