180.指先-Fingertip-

1991年7月3日(水)PM:15:40 中央区精霊学園札幌校中等部三階


「今日が最初の特別授業になります。基礎授業の間は私が教師をしますが、実技授業からは教師が変わる事もあります。それじゃ特別授業で何をするかですが、力のコントロールもそうですが、効率良い運用というのも、はい、やって、といって出来るものでもありません。原理を知っているのと知らないのでは変わってきますしね」


 そこで一度言葉を区切った山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。

 一度、生徒を見回す。


「さてそもそも精霊学園とは何か? という話しから入りたいと思います。この中には知っている人もいると思うでしょうね。私は知っていますって人はいるかな?」


 そこで手をあげたのは三名。

 最初に手を上げたのはリーヤ・ブルゥ・エルフィディキア。

 サーヤ・ブルゥ・ヴァンナ=ヴォン・エルフィディキアがその直ぐ後。

 最後が土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)だ。


「三人ね。それじゃ三人に一つずつ質問しますね。精霊学園、もっと言えば日本で言う精霊庁、エレメンタルエイジェンシィが組織されたのはいつかな? リーヤちゃん」


 名前を呼ばれたリーヤは真直ぐ惠理香を見た。


「はい。第二次世界大戦後の、国際連合が発端となります」


「その通り。歴史的に表沙汰になる事は余りなかったけど、日本で言えば、妖怪と呼ばれたりする者達と、人間とのいざこざというのは昔から存在していたの。もちろん中には創作だったりするものもあるから、全てが全てそうだとは限らない。でも普通の人間が彼等を対処するのは難しかった。それぞれの国で、独自に対処する為の組織はもちろん存在したけどね。それらを統合して情報の共有を図ろうとしたのが始まりなのよ」


 生徒達の間を歩きながら、説明を続ける惠理香。


「それじゃサーヤちゃん、今現在、本部があるのは何処?」


 サーヤは即答した。


「アメリカ合衆国です」


「そうね。それじゃアメリカの何処の州?」


「公式には公表されておりません」


「はい、正解。その後の詳しい経緯とかはいろいろあるけど、直接的に間接的に、対処する人員を育てる為に設立されたのが精霊学園。エレメンタルアカデミーね」


「それじゃ乙夏ちゃん、日本で最初に学園が設立されたのは何処?」


「東京です。精霊学園東京校です」


「その通りね。でも東京に一校だけでは、学園側も限界があった。人員の意味でも情報集積の意味でもね。それで今年、北海道は札幌市、東北地方は宮城県、中部は愛知県、中国・四国地方は広島県、九州・沖縄地方は福岡県、五校を開校する事になったの。東京も含めて六校体制。学園も含めた全ての統括をしているのが精霊庁ってわけ。最もこれは組織名を日本語に直してるだけなんだけどね」


 そこで一度教壇の前に戻った惠理香。

 チョークを一つ取る。

 黒板に文字を書き始めた。


「特殊な力と言っても、三種類に分かれてる。既に知っている人が大半だと思うけど、一つ目が精霊士、二つ目が魔賢士、三つ目が妖魔士、精霊士は火、水、風、土、光、闇の属性を扱える基本的には先天性の力、例外もあるんだけどね。次の魔賢士、これは聞き覚えが余りないと思う。魔術士と説明された人もいるかもしれないし。ただエレメンタルエイジェンシィでは総括して魔賢士と名称を固定している。他に魔剣士とか魔拳士というのもあるけど、これは蛇足だから気にしないで。さて悠斗君、確か研究所に通ってたよね」


「え?は、はい」


 突然話しを振られた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 若干しどろもどろに答えた。


「それじゃ、魔賢士には四種類あるって聞いてると思うけど、どれか一つ答えて」


「え? えっと、魔術士」


「そうね。私が答えを言ってしまってたけど。魔術士というのは、詠唱により魔力を行使させる人達を言うの。例えばこんな感じにね」


≪ナイフ オブ ライト ファースト≫


 彼女の詠唱が終わる。

 同時に、教壇の上に小刀が現れた。

 光の粒子で構成されている。


「私のは最初に形状を、次に属性を、最後に数を表しているわ。もちろんそれだけじゃないけど、簡単に説明するとこんな感じね」


≪パニッシュ≫


 再び唱えられた言葉。

 小刀は即座に消失する。


「詠唱と言っても様々な術式があるわ。詳しい事に関しては、興味があれば調べてもいいと思うわよ。それじゃ正嗣君、他には何がある?」


 突然当てられた河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 かなり焦りながら考える。

 答えるまでには、かなり長い間があった。


「ま・・ほーし?」


「疑問系なのね。当てずっぽうでしょ? 正解だから今回は不問にしますけど」


 彼女の言葉に、苦笑いの正嗣。


「魔法士、漢字ではこうね」


 言葉を続けながら、黒板にも記載してゆく惠理香。


「魔法士というのは、法則に基づいた陣により魔力を行使する事ね。それじゃ、珊瑚ちゃん。残り二つのうち一つは?」


「えっ? えーとえーと、えー、わかりません」


「そっか。そうよね。残り二つは難しいかも。わかる人いるかな?」


 女性陣のうち手を上げたのは十二名。


「じゃ、有菜ちゃん」


「魔道士、イメージに基づいて魔力を行使する事」


「そうね。正解。無詠唱で魔力を行使する事ね。指先に注目して頂戴」


 右手の人差し指を上に向けた惠理香。

 生徒達に視線を回した。

 指先に注目しているのを確認。


「こうやってね」


 彼女の指先には、小さな火が揺らめいていた。

 十秒程揺らめいてから火は消える。

 その様子に、様々な反応を示す。


 中里 愛菜(ナカサト マナ)は、純粋に驚いている表情。

 乙夏は真面目な表情のまま。

 黒金 佐昂(クロガネ サア)のように無表情な顔までいる。


「こんな感じにね。今私は、指先に小さな火をイメージしたのよ。さて最後は杏ちゃん、わかる?」


「はい。魔導士です」


「そ、正解。導く対象に魔力を行使する事ね。こう言葉にすると解りにくいけど、わかりやすく言えば、魔力で人形を操ったりとかね。動物とかも操ったり出来るそうよ。蛇足だけど、魔道士と発音がかぶっているから魔操士と名称を変更しようかという話しもあるみたいね」


-----------------------------------------


1991年7月3日(水)PM:17:34 中央区精霊学園札幌校中等部一階


「ゆーと君、どうしたの?」


 薄緑のボードに張られているポスター。

 悠斗はそのポスターを見ていた。

 彼を不思議がった愛菜。

 思わず声をかけてみたのだ。


 悠斗が見ているポスター。

 生徒会長立候補者の顔写真。

 顔写真の下には、名前が書かれている。


 立候補者の名前は、リィナ・アリィクアムゥ・ドルチェ=ヴェン・エルフィディキア。

 更にその下には推薦者として、ミィナ・アリィクアムゥ・エルフィディキア。


「エルフィディキアって聞いた事あるような?」


「サーヤさんとリーヤさんの苗字? ラストネームって言うんだっけ? それがエルフィディキアだったはずだよ」


「あぁ、それで聞き覚えがあるのか」


「たぶん。でもサーヤさんとも少し姓が違うみたい。確かサーヤさんは、ブルゥ・ヴァンナ=ヴォン・エルフィディキアだったと思う」


「そうなんだ。外国の名前の付け方ってよくわかんないや。でもよく覚えてたな?」


「なんか不思議な響きだったから。あ、三井さんだ」


「鬼那ちゃんと黒金・・佐昂さんかな? もいるね。暫定風紀委員、かつ暫定選挙管理委員らしいからね。来週の月曜日に各クラスからの委員が選出されるまで大変なんじゃないかな?」


「多忙極まる中で、朝六時に起こされて、さすがに怒っちゃったのかな?」


「かもしれないけど、吹雪さんがそれで泣くかなぁ?」


「ゆーと君、女の子の心は結構繊細なんだよ」


 そう言いながら悠斗をじっと見る愛菜。

 彼女の言葉の真意がわからない悠斗。

 若干たじろいた。


「なに? どうしたの?」


「なーんでもない。約束の時間まではまだ時間あるし、一旦寮に戻ろうよ」


「うん? あぁ、そうだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る