211.強要-Force-

1991年7月11日(木)PM:20:20 中央区精霊学園札幌校北通


「何で手を繋いで歩いてたのか聞いてるんだよ!?」


 明らかに激昂している表情のヴラド・エレニ・アティスナ。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)としては、彼の顔を見る。

 それだけでも苦痛であった。


 しつこく付き纏ってくる彼。

 吹雪は嫌悪感しか浮かんでこない。

 そんな彼女の心中を知ってか知らずかは不明。

 吹雪の前に立つ三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。


「先輩に答える必要はない。いい加減、吹雪に付き纏うのはやめろや?」


 まるでゴミでも見るかのような眼差しだ。

 義彦は冷たく言い放った。


「女は男の所有物だ! それが俺の国のルールだ。俺が愛しているって言ってるんだから、従うのが当然なんだ」


「知るか? ここは日本だ。てめえの国のルールを勝手に押し付けるなや。それとも頭いかれてんのか?」


 売り言葉に買い言葉。

 険悪な雰囲気になる二人。

 まさに一触即発の状態だ。


「てめえの愚行の影響で、申し訳なさそうにアティナ・カレン・アティスナだったか? 妹がお詫びに来てたぞ? こんな兄貴を持って大変だな」


「妹は、アティナは関係ないだろーが?」


「関係ないだ? てめえの行いで、妹がどんだけ肩身の狭い思いしてるかわかってねえのか?」


 二人の遣り取りを静観して聞いていた吹雪。

 しかし、何かを決意したかのような眼差しになった。

 彼女は一歩前に出る。

 侮蔑と敵意の目でヴラドを見た。


「ヴラド氏、私はあなたとお付き合いするつもりはありません。むしろ嫌いです。二度と話しかけて来ないで下さい。いえ、近寄られるだけで嫌悪感しか沸きません。二度と近寄らないで下さい」


 明らかに火に油を注ぐ行為にしかならない。

 わかっていても、はっきりとした拒絶を示すべきだ。

 そう判断した吹雪。


 彼女の言葉に、血管をピクピクさせるヴラド。

 プルプルと、握り締めている拳が震えているのがわかる。

 どう見ても激昂を通り越して、激墳していた。


 緑の髪に褐色の肌。

 少し野生の雰囲気をかもし出している彼。

 見た目だけならば、十人中九人はかっこいいと言うだろう。


 彫りの深い精悍な顔立ちで、美男子の部類に入った。

 しかし、激しい男尊女卑の考え方である。

 その事を理解され始めてからは、周囲の目が変化。

 同じクラスの女子生徒達からは嫌悪の目で見られるようになった。


 女子生徒達からの嫌悪の眼差し。

 彼を含めて三人しかいない同クラスの男子。

 残り二人からも避けられるようになる。


「もういい。もういいっ!! 力尽くで俺の女にしてやるっ!」


 義彦は、そんな彼の言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。

 ある人物の事を思い出さずにはいられなかった。

 しかし、物思いに浸っている時間はない。


 無数の紫色の手が現れ、徐々に浮上してくる。

 浮上を完了した十二体の紫色の手の持主。

 紫色で悪魔のような羽を生やしている。

 凶悪で醜悪な顔をしていた。


 その姿を見て、義彦はある記憶を思い出す。

 何かのテレビ番組でみたガーゴイルという石像の悪魔。

 連想せざるを得なかった。


「魔力で出来た、質量を持った擬似悪魔ってところか?」


 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 違う道から帰ったと思っていた義彦と吹雪。

 しかし実際には違ったようだ。


 走りながら梓弓を構える土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。

 土御門 鬼威(ツチミカド キイ)もいつでも銃撃出来る体勢だ。

 走りながら刀を抜いた土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)。

 三人を伴って北通を第二学生寮側から走ってくるのが見えた。

 愛菜は先に帰したのだろう。


「いけ、グルグーリオ! 三井をぼこぼこにしろ!」


 襲い掛かる十二体の紫色の擬似悪魔。

 吹雪も氷月(ヒゲツ)を抜き放った。

 義彦は擬似悪魔を魔力ごと燃やし付くす。


 吹雪は氷月(ヒゲツ)の斬撃を繰り返した。

 彼女はまだ氷月(ヒゲツ)をうまく使いこなせていないようだ。

 斬撃で斬りさいた部分。

 周囲を極低範囲しか凍らせる事が出来ないようだ。


 二人がいくら数を減らしても、どんどん現れる擬似悪魔。

 そこに銀色のナックルダスターを装備した悠斗。

 鬼那、鬼威、鬼穂の四人の攻撃が加わる。

 それでも消えた側から現れる擬似悪魔。

 無限ループの様相を呈して来た。


「古川理事長もこちらに向かっています」


 銃撃を加えている鬼威の言葉だ。


「奴本体を叩かなきゃ、きりがねぇな」


 瞬間的に凄まじい霊力が義彦から迸った。

 すぐ側にいた擬似悪魔を焼き尽くした義彦。

 他の擬似悪魔が反応出来ない速度でヴラドに斬り込んだ。

 彼の速度に反応出来ないヴラド。


 しかし、力の反動に耐え切れなかった義彦の体。

 傷口の痛みと出血に、踏み込みきれなかった。

 ヴラドの腹部を斜めに斬り裂く。

 しかし踏み込みが甘かった。

 彼の行動を止めるには至らない。

 勝ち誇ったような笑みになるヴラドと苦い顔の義彦。


 しかしヴラドは、即座に驚愕の顔になった。

 義彦に追従していた吹雪。

 彼女の斬撃の嵐に反応出来ない。

 斬り裂かれた複数の傷口が凍結。


 いつの間にか鞘を左手に持っていた吹雪。

 一回転して、遠心力をつけた鞘の一薙ぎ。

 を顎に喰らったヴラドは吹き飛ばされる。


 悠斗達四人の戦闘も佳境に入っている。

 その時には既に、紫色の擬似悪魔を全て消滅させていた。

 義彦達に加勢しようとしていたところだったのだ。


「終わったようですね」


「あぁ」


 悠斗の言葉に、膝をついて苦悶の表情の義彦が答える。

 制服の上からも、血が滲んでいるのがわかった。

 義彦の側に屈む吹雪と鬼那。

 とても心配そうに彼を見ている。


「八割程度でも数秒も持たないとわな。包帯とガーゼ、交換してもらわないと駄目か」


 吹き飛ばされたヴラド。

 体の至る所が凍結しており、気絶していた。

 悠斗と鬼穂が彼の元に歩いて行く。


 丁度そこに到着した二人。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)と赤石 麻耶(アカイシ マヤ)。

 手に手錠らしきものを持っている古川。

 状況をさっと見渡した二人。


 古川と麻耶はヴラドの側まで歩いていく。

 悠斗と鬼穂が見守る前。

 古川は彼をうつ伏せに寝かせた。

 その後、後ろ手に手を組ませる。

 手に持ってきてた手錠で拘束したのだった。


「そんな手錠で大丈夫なんですか?」


 悠斗の質問は尤もだ。

 手錠をかけたところで、異能力が使えれば意味はなさない。

 彼の質問に、安心させるかのように優しい声。

 諭す様に答える古川。


「この手錠は普通の手錠とは違ってな。魔力霊力妖力全てを封印する事が出来る術式が刻まれている。だから心配はないのさ」


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1991年7月11日(木)PM:20:47 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「そんな事があったのか」


 義彦の包帯とガーゼの交換。

 その事もあり、彼の寮部屋に移動した一同。


 鬼威と鬼穂は部屋に戻る。

 ヴラドは、古川と一緒に来てた麻耶が連れて行った。

 彼は騒動の原因という事で学園の牢屋に投獄されるのだ。


 今この場にいるのは五人。

 悠斗と古川、義彦。

 それと彼の包帯とガーゼの交換をしている吹雪と鬼那。


 古川はヴラドの吹雪への執着。

 その一部始終を聞かされていたところだ。

 彼女の変わりに説明したのは上半身裸の義彦。


「状況は理解した。少し遣り過ぎた感は否めないが、しょうがないな。あいつも腐っても夜魔族(ヤマゾク)だ。あの程度では死ぬ事はないだろうし。それにどう贔屓目に見ても情状酌量の余地はなさそうだ。もちろん他の生徒達にも確認はする。しかし、事実ならば送還するべきかもな。今後吹雪や他の女子生徒に危害が及ばないとも言い切れないだろうし」


 しばし思案に暮れる古川。


「まあ、とりあえず。義彦はお大事に」


 古川は、軽く手を上げて退出していった。

 包帯とガーゼの交換を終えた吹雪と鬼那。

 二人も立ち上がった。


「義彦兄様、今日はもうお休みになってください」


「ご自愛下さいませ」


「僕も戻るか。義彦、お大事に」


 ベッドに寝転がる義彦。

 鍵が掛けられる音がした。

 錠の掛かる音で、予備の鍵は取られたままだ。

 その事を思い出した義彦。

 まぁいいかと思い直し、彼は目を瞑った。

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