121.短剣-Dagger-

1991年6月10日(月)PM:11:58 豊平区久下達の隠れ家三階


「まさかまたここに来る事になるとはね」


 感慨深げに呟いた朝霧 拓真(アサギリ タクマ)。

 彼の言葉に不安な表情になる朝霧 紗那(アサギリ サナ)。


「・・拓兄」


 言葉にしたのはそれだけだ。


「ごめん、紗那。過去を悔やんでもしょうがない。気持ちを切り替えて一時まで勉強しようか。お昼はその後だ」


「うん」


 その光景を見ている三人。

 堤 火伊那(ツツミ カイナ)は慈しむような瞳。

 微笑んでいる友星 中(トモボシ アタル)。

 駒方 星絵(コマガタ ホシエ)も、ニコニコしていた。


 拓真が先生として、紗那に勉学を教えようとした。

 その時に、突然襲った違和感。

 五人は顔を見合わせる。


「何かの結界だね。かなり広範囲みたいだ。発信源は大通の方か? それにしては随分中心点が地下みたいだ。何故だろう?」


 瞬時に分析して得た状況。

 言葉にしてゆく拓真。


 呼応するかのような紗那。

 メモ帳にその内容を記録してゆく。

 拓真がそう教えたわけではない。

 しかし、いつの間にか紗那は、そうするようになっていた。


「だんだん近づいてくる気配が五。正面から入ってくるみたいだ。狙いはここにいる僕達かな」


 的確に状況を紗那に伝えていく。

 彼らは馬鹿正直に正面の玄関から入ってしまった。

 そこには久下達が仕掛けたのがそのままだ。

 嘗て、三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 二人を苦しめた罠。

 彼等は、その存在を知らないようだ。


「かかったみたいだね。動く気配がなくなった。火伊那、手錠足錠は車に何個ある?」


「確か七個だよ」


「じゃあ、大丈夫だね。荷物搬出用に借りてきたのが良かった。予定外の利用になるけど」


「そうだな」


 彼の意図を理解して答える中。


「三人で彼らを捕縛して車の後ろに」


 頷いた火伊那、中、星絵の三人。

 階段に向かった。

 更に指示を続ける拓真。


「紗那、悪いけど勉強は無し。外まで移動するのを手伝ってくれるかな」


「はい」


 紗那に車椅子を押されて後に続く拓真。

 火伊那と紗那の協力で二階の階段から外に出た。

 外側から正面玄関に移動。


 案の定、襲撃者達が廊下にいる。

 ある者は仰向けに、ある者はうつ伏せに倒れていた。

 彼らは五人全員が人狼。


 自分達も踏み込めば、同じ事になる。

 詠唱もせずに、拓真は心の中で念じた。

 手前の人狼から、順番に拓真の前に飛んでくる。


 彼は無詠唱で魔法を使える魔道師でもあった。

 交戦する事もなく襲撃者を撃退。


 ぐったりしている人狼達。

 抵抗する気力すら無い。

 これはこれでかなりの屈辱だろう。

 しかし体は正直で、グロッキー状態だ。


 成す術も無い。  手錠足錠を嵌められる。

 五人全員が捕縛され、車に乗せられた。


 火伊那、中、拓真の三人。

 監視を兼ねて後ろへ乗車。

 星絵が運転席、紗那が助手席の布陣。

 彼らは研究所へ車を発進させた。


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1991年6月10日(月)PM:11:59 中央区菊水旭山公園通


 日常的にそれなりの交通量。

 複数の車が走っている。

 その道路は中学校に面していた。

 木々とフェンスの間。

 校庭が見え隠れしている。


 長い青い髪に、ゴシックドレスのアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 隣には、短い青髪のゴシックスーツの少年。

 目付きの鋭いアルス・ファン=バンサンクル=ソナー。

 二人が歩いていく。


 木と木の間に見えるフェンス。

 通行人が見ている。

 構わず飛び越えた。

 校庭内に侵入。


 学校内は、いつも通りだ。

 授業が続けられている。


 授業中の教室の一つ。

 英語の教師である山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)が教鞭を取っていた。

 突然感じる違和感。

 僅かに顔を顰めた。


 説明の途中で止まった教師の声。

 数人の生徒達は怪訝な表情になった。

 壁に阻まれて見えないテレビ塔。

 そのの方角を凝視。


 直ぐに、それとはまた別の気配を感じた。

 敵意のある気配。

 動くべきか一瞬、逡巡した惠理香。


「私が戻るまで自習してて下さい」


 突然の教師の指示。

 生徒達は唖然としていた。

 そんな生徒達を尻目に、教室を飛び出した彼女。


 廊下を進んでいく。

 短い青髪にゴシックスーツの少年。

 にたぁと笑いながら惠理香を見ている。


「見ぃつけたぁ。【破壊の踊刃乙女】!」


「また随分と古めかしい呼び名を出してきましたね」


「えへへへぇ、楽しませてくれるよねぇ!」


≪ダガー オブ ポイズン モード フォース≫


 紫の禍々しい色合いをした短剣。

 刃渡り二十センチ程の刃。

 アルス目掛けて飛んでいく。


 しかし、一瞬アルスから魔力が感じられた。

 その後、四本のダガーは床に落下。

 目標を見失ったかのようだ。


 驚愕する事もない。

 前に走りこんだ惠理香。

 そのうちの二本、柄部分を手に掴む。

 直接斬りかかった。


 彼女の行動に驚愕したのはアルス。

 横薙ぎの一振り目を屈んで躱す。

 遠心力を利用して、放たれた二振り目。

 後ろにさがる事でやり過ごす。


 更に距離を取ろうと思った。

 惠理香の投擲。

 時間差で飛んできた二本のダガー。


 服にかするだけで済ませた。

 何とか躱す。

 惠理香は残りの二本を拾っていた。

 既に肉薄している。


 再び振るわれた斬撃。

 左頬と右肩をかすり、僅かに肉を削いだ。

 詠唱からもわかる。

 毒属性のダガー。


 時折蹴りも混ざる、惠理香の攻撃。

 毒が徐々に、全身を回りはじめた。

 苦悶の表情になるアルス。

 視界もぼやけはじめる。

 とうとうその場に、崩れ落ちた。


「数時間は動けないと思いますが、致死性のある毒じゃないから、安心して下さい。しかし魔力による現象への干渉ですか。流れを消失される事は出来ても、物質化した現象そのものを、消失させる事は出来ないようですね」


 一度見ただけの惠理香。

 自分なりの分析を披露した。

 アルスの表情から、おおよそ間違いなさそうだ。


「もう一人いるようですね。名前も知らない魔術師さん、あなたはそこで大人しくしててください」


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1991年6月10日(月)PM:12:14 中央区菊水旭山公園通


 通り沿いに群がっている人々。

 視線の先の中学校の校庭。

 そこで起きていた一連の出来事。

 目撃して集まってきたのだ。


 既に謎の光は消失している。

 しかし、いまだに興奮気味の人々。

 数名が騒ぎ立てていた。


 校庭での出来事。

 その中心にいた彼等。

 外野の騒乱に、気付く余裕はない。


「愛菜ちゃんは力を使い過ぎて意識を失っているだけよ」


 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 二人の側まで来ていた惠理香。

 安堵の表情になった悠斗。


「一体何がどうなったのかわかりますか?」


 河村 正嗣(カワムラ マサツグ)の側まで歩く惠理香。

 彼を揺すり、目覚めさせる。


「正嗣君、有紀ちゃんをよろしくね」


 再び戻って来た惠理香。

 悠斗の問いに答える。


「私も完全に状況を把握しているわけじゃないけど。たぶん襲撃してきたのは【獣乃牙(ビーストファング)】という集団よ。目的はわからないけど」


 そこで一度、言葉を区切った。


「余り予断を許さない状況かもしれないから簡単に説明するけど。悠斗君、あなたは一度死に掛けたわ」


「はい。そこはわかってます」


「でも愛菜ちゃんの持っている力で助かった」


「あの時とたぶん一緒か」


「あの時ってのは、あの村での事件の事かな?」


「え? 先生知ってるんですか?」


「概要だけね」


「そうですか」


「詳細は今回の騒ぎが収まったら話しましょう。愛菜ちゃんはしばらくすれば目覚めると思うから安心してね。保健室のベッドにでも寝かせてあげなさい」


「はい、わかりました」


「私はテレビ塔に向うわ。違和感の発生場所は、おそらくそこだから」


「あの少女はどうすれば?」


「戦意も喪失しているようだけど、一応監視しといてくれるかな?」


 惠理香は悠斗の反応を待たない。

 その場から走り出す。

 その小柄な体からは、想像出来ない速度だった。


 沢谷 有紀(サワヤ ユキ)に肩を貸して歩いてくる正嗣。

 悠斗は体が少し重かった。

 それでも愛菜を、お姫様抱っこして歩き始める。


 辿り着いた保健室。

 先生に許可を貰い、愛菜をベッドに寝かせる。


 正嗣に肩を借りていた有紀。

 落ち着きは取り戻していた。

 保健室の入口で悠斗を見ている。


「よくわからなかったけど。皆無事で良かった」


「そうだね」


 正嗣も安堵の表情で答える。


「とりあえず戻るけど、ゆう・」


 保健室から廊下に出た正嗣。

 彼の言葉がそこで途切れてる。

 吹き飛んでいったからだ。


 廊下に響き渡る有紀の叫び声。

 唖然となる悠斗。

 誰かが通り過ぎて行った。


 廊下に出て、叫び声を上げていた有紀。

 彼女も同時に消えた。


 握っていた愛菜の手を離した悠斗。

 廊下に飛び出す。

 有紀を抱えた何かが見えた。


 意識を失っているのだろう。

 有紀の叫び声は途絶えている。


 吹き飛んでいった正嗣。

 彼が立ち上がり、追いかけていく。

 悠斗も走り出した。


 校庭に出た悠斗。

 先程の少女の側。

 有紀を抱えた短い青髪の男。

 何かを話しかけている。


 彼の進んだ道なのだろう。

 血が点々と一定の間隔で続いていた。


 前方には正嗣も見える。

 青髪の男に半ば引っ張られた少女。

 校庭で崩れていた彼女も動きだす。

 こうして、追いかけっこが始まってしまった。

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