120.覚醒-Awake-
1991年6月10日(月)PM:12:02 中央区菊水旭山公園通
視界の左側、中学校を見ながら歩く二人。
ゴシックドレスの少女と、ゴシックスーツの少年。
手を繋いでいる二人。
軽々とフェンスを飛び越える。
校庭に着地した二人。
手を離すと、同時にウィンクをした。
何かの違和感を感じた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
中里 愛菜(ナカサト マナ)も同じように感じているようだ。
視線がぶつかった。
河村 正嗣(カワムラ マサツグ)と沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。
二人も怪訝な表情になっている。
更に校庭から感じる何か不思議な感覚。
教師の注意を無視。
窓から校庭を見た悠斗。
黒っぽい服に身を包んだ、長い青い髪の少女が立っている。
距離があるので、表情ははっきりとはわからない。
声が頭の中に響いてきた。
『桐原、私の目的はあなた。余計な被害を出したくなければ、ここに一人で来なさい。もし従わない場合はこうよ』
謎の声を聞きながら校庭を見ている悠斗。
少女から何かが放たれたようだ。
目視では確認出来ない。
だが、フェンスの一部が、真っ二つに斬り裂かれた。
「桐原、何処に行く?」
教師の声を無視。
教室を飛び出した悠斗。
その様子を見ていた生徒達。
しばし躊躇したものの、立ち上がった生徒が三人。
彼等も悠斗の後を追う。
教室を飛び出した。
「中里、沢谷、河村、待て。お前達まで何処に行く気だ?」
しかし先生の声に、誰も振り向かない。
銅郷 杏(アカサト アン)も立ち上がり教室を出る。
彼女だけは、悠斗とは逆方向に、廊下を走っていった。
「私の目的はあなたの排除。悪いけど死んでくれるかしら?」
少女の前に辿り着いた悠斗。
悠斗の装備。
以前、自分で作り出したナックルだ。
「理由はわからない。けど、はいそうですかって、おとなしく死ぬと思ってるのか?」
「思ってませんよ」
≪クリンゲ デス ウィンド デル ヴェルルテイルング≫
「魔術!?」
アルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。
彼女から放たれた何かが、悠斗に向う。
一瞬の出来事。
目視する事も出来ない。
悠斗は自分に、何が起きたのかわからなかった。
いともたやすく、ナックル毎左手を断ち切る。
脇腹も抉った。
両足も、膝上から切断。
成す術も無く崩れ落ちた。
状況すら、把握する事が出来ない。
意識が朦朧としている悠斗。
ほんのわずかな時間で起きた惨事。
体内から流れ出る血液。
血だまりが出来始めていた。
その光景を目撃した愛菜。
アルマの事などお構いなしだ。
フラフラと歩き出し、彼の側へ歩いた。
血に塗れた悠斗。
その体を抱きしめる。
「・・・ゆ・・ゆーと君、うそ・・うそだよね・・・・」
堤防が決壊し、状況も省みず涙を止められない。
同時に、徐々に体が光り輝き始める。
その惨劇は、有紀と正嗣も目撃していた。
有紀は絶句し、その場に膝をつく。
嗚咽とも泣き声ともつかない声を上げ始める。
怒りの形相になった正嗣。
コントロールすら覚束ない自身の力。
暴走気味に解放。
アルマ目掛けて突進してく。
≪レフレキオン≫
アルマの唱えた魔法。
弾き飛ばされた正嗣。
突如アルマの目が、驚愕に彩られた。
輝く愛菜を取り巻く光の粒子。
切り裂かれた悠斗の左手と両足。
その残骸に集まりだした。
光の粒子に包まれた左手と両足の残骸。
徐々に、悠斗の左手と両足の残骸が光の粒子になる。
悠斗の左手の先と、両足の膝上部分に集まっていった。
粒子が徐々に形を形成していく。
まるで復元しているかのようだ。
「何がどうなってるの? あの娘は一体何なの?」
無意識に自分でだした言葉。
少しだけ冷静さを取り戻した。
≪グランゼンデ ストラフレン デル ゼフン≫
アルマの足元に現れた魔方陣。
放たれた十本の光線。
輝く愛菜に着弾するも、掻き消えた。
予想外の出来事。
唇を噛むアルマ。
一瞬の差で、再び殴りかかってきた正嗣に気付く。
≪レフレキオン≫
僅かな差で反射させた。
だが、一瞬でも後れていれば、殴られていただろう。
目の前で起きている現実。
疑問符だらけのアルマ。
答えの出ない、迷路に迷い込んだかのような現実。
彼女が辿り着いた結論。
目の前の全てを吹き飛ばしてしまう。
何とも安直な答えだった。
吹き飛ばす事が出来れば目的は達成出来る。
なので問題はないという結論。
再び殴りかかってきた正嗣。
その拳を躱す。
彼の胸元に、手の平をあてて唱えた。
≪ショク ディフヒュセ レフレキチオン≫
無意識に手加減した。
それでも直接的に流された魔術。
吹き飛ばされた正嗣。
彼の体を乱反射するかのように、何重にも衝撃が襲った。
血を吐き出した正嗣。
立ち上がることすらままならなくなる。
≪ベウェイセン シエ ダスス リチョト ヴォン ドレイ ファルベン ブレンネン ウンズ エルスチュトテルト プファノメン ヴォル デン オウゲン ベルルサクト タギラ ハスス ウンド ハトレドム ゲボテ ウベルランント アウチ ウルデ アルレス ブリンクト≫
アルマは冷静なつもりだ。
実は既に冷静さを失っていた。
詠唱の長さやその特性から、遠距離から先制攻撃的に放つべき魔術。
この近距離で対象に放つ。
対象は倒せても、自分自身も無事ではない。
普段なら理解している。
こんな至近距離で、使用しようとも思わないだろう。
それ程に目の前で輝いている愛菜という存在。
彼女が起している現象。
両方に、未知なる恐怖を感じているのだ。
輝き始めた彼女の双眸を見てしまった。
その時点で、既に冷静ではなかったのかもしれない。
振り上げたアルマの右手。
放出される極太の赤と橙と黄に輝く光線。
着弾地点より、周囲数十メートルは吹き飛ばす魔術。
おもむろに立ち上がった愛菜。
まるで悠斗を守るかのようだ。
立ち塞がり右手を前に掲げた。
迸るエネルギーの奔流。
その流れをその右手だけで押さえ込む。
直進しようとする光線。
愛菜の右手とエネルギーの奔流。
その間に存在する光の粒子。
本来なら、着弾し開放されるはずのエネルギー。
その粒子が、押さえ込んでいるようだ。
愛菜の後ろでは、悠斗の体の復元が続けられている。
真っ直ぐアルマを見ている、愛菜の双眸。
その瞳に込められているのは、壮絶な怒りだ。
エネルギー越しで実際には見えるはずも無い。
なのに、彼女はそれだけで蛇に睨まれた蛙のようになる。
動けなくなっていた。
輝く愛菜の開かれていた右手の指。
徐々に閉じられていく。
呼応するかのように潰されていく光線。
その指が完全に閉じられる。
同時に、エネルギーの奔流、赤と橙と黄に輝く光線。
何もなかったかのように消滅した。
目の前で起こった出来事。
余りにもアルマの理解を超えている。
彼女は呆然となってしまった。
目の前の輝ける少女。
いつの間にか、半透明の天使の羽のようなものも生えている。
アルマは完全に戦意を喪失。
その場に膝から崩れ落ちた。
様々な感情が交錯しているようだ。
一連の出来事を、少し離れた場所から見ていた山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。
複雑な表情をしている。
倒れている悠斗と側にいる愛菜。
二人にゆっくりと近付いていく惠理香。
気付けば正嗣にも、光の粒子が纏わりついている。
正嗣と悠斗の復元が完了したようだ。
突如光の粒子が消失した。
愛菜を取り巻いていた、光の粒子も半透明の羽も消失。
意識を失った彼女は、悠斗の上に倒れる。
突然の衝撃に一瞬息を詰まらせた悠斗。
彼は、ゆっくりと瞼を開けた。
状況がさっぱり飲み込めない悠斗。
視界に入った愛菜の横顔を、見つめていた。
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1991年6月10日(月)PM:12:11 中央区西七丁目通
平和を謳歌し、平常通り運行している市電。
直ぐ側にある中学校で起きた出来事。
そんなのは、素知らぬ素振りだ。
道路を走る車も、歩道を歩く人々も同様だろう。
中学校の校庭には、二人の人狼と二人の中学生。
そこに血相を変えて先生が走ってきた。
彼の言葉を聞いた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
人狼を学校で最も頑丈な所に隔離。
複数人の先生で監視をするよう頼む。
即座に校舎に戻っていく先生。
何かを考えるような仕草の義彦。
数秒が経過し立ち上がる。
釣られて十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)も立ち上がった。
「柚香、こんな事本当は頼みたくないんだが・・・」
言い淀む義彦。
「気にしないで下さい。最悪あの二人が暴れた場合の為に、監視ですね。そして暴れてしまった場合の対処ですよね」
「あぁ、そうだが。本当最悪の時でいい。本当は力を使わせたくはない」
「だから気にしないで下さい。義彦さんが何をするつもりかはわかりませんけど、ただ事ではないみたいですし。止めたくないと言えば嘘になりますけど、事態を収拾する必要があるのは、私でもわかります。それよりも義彦さんの怪我だって決して軽症ではないんです。ちゃんと戻ってきてくださいね」
柚香は義彦に抱きついた。
ぎゅっと強く抱きしめる。
彼女の顔は義彦には見えない。
少し戸惑った義彦も、彼女を優しく抱きしめた。
「ちゃんと戻ってきてくれないと、やですからね」
震えている柚香の声。
義彦にはわからなかった。
実は耳まで真っ赤に染まった柚香の顔。
一筋の涙が彼女の頬を流れた。
抱きしめていた義彦を放す。
振り返ることもない。
先生方に運ばれていく人狼二人の後を追った。
義彦が先生から得た情報。
テレビ塔周辺で、空想の魔物のような生物がが暴れている。
だが、奮戦している人達がいるという。
おそらく研究所の主力だろうと判断。
空振りに終わるかもしれない。
だが念の為だ。
聞かされていた地下区画。
そっちに行くべきだろうと決断する。
痛む傷口に、顔を顰めつつ彼は移動を始めた。
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