098.開戦-Hostilities-

1991年6月10日(月)PM:12:04 中央区特殊能力研究所五階


 突然の謎の違和感。

 その原因が何なのか、即座に判断出来なかった古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 普段は付けないテレビのスイッチを入れる。


 そのまま、原因を考えていた。

 いまだに違和感が消えない。

 その事から、結界の類だろうと推測している。


 テレビのチャンネルを変えてみた。

 特に何が起きた、というようなニュースはなし。

 どうするべきか判断に迷う。

 思考が堂々巡りしている。

 そこに、愛刀を手に持った白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 彼女が入ってきた。


「美咲、どうする?」


「何かの結界が、広範囲にはられたのは間違いないとは思うが、その目的が何なのかがさっぱりわからん。迂闊に動くべきじゃないと思う反面、直ぐに行動するべきなのかと迷っている」


「そうだよね。迷うよね」


「何かが起こるにしても、情報が何も無いからな」


「とりあえず、皆には戦闘準備のまま待機を伝えたわ」


「さすが、彩耶だな。消息を掴めない【獣乃牙(ビーストファング)】が絡んでくる可能性もあるな」


 飲みかけのコーヒーを一口含んだ。

 落ち着く意味も込めている。


「研究員の同行数を減らしたのが、凶と出るか吉と出るか」


「今日は同行している研究員はいないはずだから、大丈夫よ」


「そうだったか。後は・・・義彦はいいとして、生徒達と連絡を取るべきか・・・」


 そこで、テレビで流れている番組が中断された。

 突然ニュースとなったのだ。


 テレビから聴こえるレポーターの声。

 耳を澄ます二人。

 テレビに映し出されたのはテレビ塔。

 その映像に、疑問を浮かべた表情の二人。


『私は今、大通二丁目から一丁目に向っております』


 レポーターは女性。

 黒髪をポニーテールにしている。

 歳は二十代前半だろう。


『テレビ塔の真上に、突如現れたアレは一体何でしょうか?』


 徐々に映像が、テレビ塔の上に向けられていく。

 そしてアレが見えた時、古川と彩耶は驚愕した。

 レポーターは移動しながら、言葉を続ける。


『黒い球体です。ときおりプラズマのようなものが見えてます。まるでブラックホールのようにも見えますが、アレは一体何なんでしょうか? 黒い球体から何か出てきているようです。あれは人でしょうか? 何故黒い球体が・・・』


 黒い球体から降って来たもの。

 それが何かわかった時。

 同時に、レポーターの言葉が止まった。


 遠めにも、明らかに蜘蛛だとわかる存在。

 それがテレビに映されている。

 何故遠めからでもわかるのか。

 それは、普通の蜘蛛では有り得ない大きさだからだ。

 古川と彩耶は、その映像をみて再び驚嘆するのだった。


「何かの冗談か・・・。もし冗談じゃないとするとあれは・・・歪曲点?」


 古川の呟き。

 頭では理解している。

 しかし、その事実を素直に飲み込む事が出来ない。


 彩耶も同様のようだ。

 彼女の呟きを聞いている。

 にも関わらず、咀嚼して、素直にそう思う事が出来なかった。

 最初に映像を咀嚼し、現実に戻ったのは古川。


「・・・彩耶、ここに今いるメンバーに、テレビ塔へ向うよう指示しろ。行く前に、家族や恋人の安全確認もさせておけ。お前も念の為、伽耶と沙耶の安全を確認に急げ。私は途中で茉祐子の安全を確認してから向う。おそらく近くに行くと大混乱になってると思うから、その場合は車での移動は途中までにして、自分の足で向うように言っておけ」


「わかったわ」


 古川の言葉。

 現実に引き戻された彩耶。

 即座に退室していった。


 その間も、テレビからは、映像が表示されている。

 現場は、大混乱に陥り始めているだろう。

 様々な声が聴こえてきている。

 しかし、突然その音声と映像が途切れた。


 古川は受話器を持ち上げた。

 忙しく、いくつか内線をかける。

 内線でいくつか指示を飛ばした。


 次に外線を利用しようとした。

 もちろん関係各所に連絡をする為だ。

 しかし、何処も繋がらない。


 回線が、大混雑しているのかもしれない。

 関係各所が、大混乱している可能性もある。

 忌々しく受話器を叩き付けた古川。


 部屋の隅に歩く古川。

 頑丈に鍵のかかっているロッカーを開く。

 ロッカーの中には、いくつかの装備が存在した。


 そのうち、魔術仕様にカスタムされた銃。

 SIG SAUER P220を手に取る。

 専用の9mmパラベラム弾マガジンを二つ装備した。


 特殊繊維を織り込んで製作されたバイクスーツ。

 ロッカーから取り出すと着替える。

 バイクヘルメットを手に持ち、足早に出て行った。


 このままいけば、間違いなく、被害は拡大する。

 誰も考えた事のない、最悪の事態になりかねない。

 そう思いながら、走り出した。


 エレベーターを待つのももどかしい古川。

 階段を駆け下りる。

 五階から地下一階まで一気に走り抜けた。

 その顔には、呼吸の乱れや疲労は微塵も感じられない。


 地下一階には専用の特殊区画があった。

 その中には、緊急時専用の特殊車両の駐車場もある。

 セキュリティカードを使い、特殊区画に入った古川。

 その中の、自分専用にカスタムされたZZR1100に跨り、発進させた。


 彼女の、その心に去来するもの。

 この予想を超える事態への対処。

 それよりも、竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)が無事かどうか。

 心配な気持ちの方が大きかった。


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1991年6月10日(月)PM:12:10 中央区大通公園一丁目


 電波塔として存在するテレビ塔。

 景観上、大通に必要な施設の一つだ。

 その頭頂部、四角の空間。

 中心から、空へ向けて聳え立つ中心塔の前面。

 そこから西側を俯瞰している一人の女性。


 波打っている長い赤紫の髪の彼女。

 眼下に見える逃げ惑う人々の群れ。

 それを追う、異形の物達の動きを見ていた。


「巨大凶蜘蛛(ジャイアントイビルスパイダー)に、闇鰐人(ダーククロコダイルマン)か。見る限りはあちらのと同じ種のようだ」


 衝撃を伴って、地上に衝突する異形の者達を見ている。


「それにしても、人がまるで紙のようだな。アラシレマなら嬉々として喜んでみていそうだ」


 視線を地上に向けている彼女は、無表情だ。


「人間というのは、何処の世界も脆いものなのだな。あの戦いも、おそらくイースフィリアが我々と共に転移していた事から、魔族の勝利で終わっただろう。それに、今回の実験で、少なくともイーノムの机上の空論は、空論ではなくなったという事か」


 視線を少し左に向けた彼女。

 市民を守ろうとしているのだろう。

 ニューナンブM60を手に持っている、二人の制服の警官。

 巨大凶蜘蛛(ジャイアントイビルスパイダー)に向けていた。


 しかし、発砲する間も無かった。

 背後にいた市民諸共、その巨大な歩脚で薙ぎ払われていく。

 その光景に、彼女は目を少しだけ細めている。


「見えすぎるというのも考え物だな・・・。私とした事がどうしたのだろう? 昔なら、こんな気分になるなんて、有り得なかったのにな・・・」


 彼女は、苦笑ともつかない表情。

 ただ眼下の光景を見下ろしていた。

 顔を上に向けると、異形の現れた原因。

 黒い禍々しい球体の一部が見える。


「私もこの球体に飛び込めば戻れるのだろうか? ・・・今更そんな事をして何になるというのだ」


 自嘲ともとれない言葉を呟いた彼女。

 再び顔を下に向けた。

 そこでは、一方的としかいえない殺戮の世界。

 その光景が繰り広げられている。

 本来この世界には存在し得ないはずの異形の存在。

 彼等による宴が、繰り広げられていた。


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1991年6月10日(月)PM:12:12 中央区環状通


「まさか、オートバイで単独で出て行くとは思わなかったな。想定外過ぎて面白過ぎる」


 体格の良い赤毛の短髪の男が笑い出した。

 隣の明るい金髪の少女の、手を握っている。


「でもどうするの?」


「そうだな。この後、彼女がどんな行動を取るのか楽しみになってきた事だし、追いかけてみよう。おそらく目的地は決まっているだろうがな」


「うん、そうだね。イシュの所かテレビ塔かどっちかだよね」


 金髪の少女は、楽しそうに微笑んだ。


「十年前のままならばテレビ塔に向うだろうが、今の奴ならイシュの所かもしれないな」


「どっち先にいくの?」


「イシュの所へ向ってみよう」


「はーい」


 走り出した二人。

 男の尋常ではない速度。

 少女は、微笑みながら並走している。

 二人は人込みを掻き分けていく。

 飛ぶように、その場を後にした。

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