099.集束-Concentrate-

1991年6月10日(月)PM:12:14 中央区西二十五丁目通


 SIG SAUER P220ウィッチクラフトカスタム。

 通称P220WC。

 正確に言うのであれば、カスタム元は9mm拳銃。

 一九八二年より、自衛隊にて正式採用されている。

 その銃を魔力仕様に、カスタム化した拳銃だ。


 発砲時に、P220WCに魔力を流す。

 その事により、初速の向上とそれによる反動の軽減。

 銃本体への発砲時の衝撃の緩和。

 他にもいくつかの、性能向上が図られている。


 しかしその反面、上級者向けとなってしまった。

 流す魔力を、精密緻密に扱う必要がある。

 その為、ある種ピーキーな銃となってしまったのだ。


 使用される9mmパラベラム弾マガジン。

 そこも改造されている。

 事前にマガジンそのものに魔術を送り込む。

 一度魔術を送り込めば、着弾時に魔術を発動させる。

 そんな事が可能となっていた。


 魔術を送り込み発動させる。

 その動作の為、個々の弾丸の構造も特殊となっていた。

 故に、ただ発砲するだけだと、通常の弾丸より威力が落ちてしまう。

 そんな欠点も存在している。


 ZZR1100ブラックメイデン。

 通称ZZR1100BM。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)個人が、実費で手に入れたオートバイ。

 それを更に改造を委託したものである。

 元々は、正式採用されたオートバイではない。


 一九八九年の東京モーターショー。

 その時に発表されたこのオートバイ。

 一目惚れした古川が、自身の立場等全てを利用。

 職権乱用までして手に入れた代物である。


 魔力を流す事により実出力の増強。

 本体も含めた耐久力の上昇。

 オートバイそのものに組み込まれた魔方陣。

 任意の障壁結界の発動などが可能だ。


 通常のZZR1100にはない機能。

 改造により、いろいろ組み込まれている。

 また武器ホルダーも備えられていた。

 拳銃やマガジンならば、そこに入れる事が出来る。

 完全に隠す事が出来きるのだ。


 推定では、時速350km以上でるのではないか。

 そう言われており、発端は古川の独断の行動だった。

 だが、その性能から正式採用される形になる。

 ZZR1100ブラックメイデン、という名称が与えられる事となった。


 しかし現段階では、全国合わせても、完成しているのは四台。

 非常に貴重なオートバイでもある。


 特に混乱を感じられない西二十五丁目通。

 巧みにZZR1100BMを操りながら古川は走る。

 大きい通りから横道に逸れた。


 ひたすら竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)の通う小学校を目指している。

 パトカーが近くにいれば、速度超過でとめられている。

 それ程の速度を出していた。

 それでも中心部へ向っている為、出せる速度にも限界がある。


 十分程で、最初の目的地である小学校に到着した。

 テレビ塔から比較的近い場所にある。

 そうは言っても、まだ情報は伝わっていないように見えた。


 月寒通を左折し、後門を見ると、一人の男が立っていた。

 歳は三十台前半といった所だろう。

 光沢の余り感じられない黄色の髪。

 顎にだけ、短く揃えられた髭。


 ジーンズ生地のポロシャツ。

 濃い紺色のジーンズからは、線の細さが感じられる。

 武器らしい武器は持っていないようだ。

 だが、その視線は明らかに古川の存在を認識しているようだ。


 ZZR1100BMを、校門の少し手前に止めた彼女。

 男との距離は五メートル程。

 オートバイを降りた古川。

 その側からは離れずに、警戒しながら男を見ている。


「ヘルメットを取って顔を見せてくれませんかね? 人違いはしてないとは思うんですけど。違ったらいやなのでね。【殺戮の言霊乙女】さん」


 ヘルメットを取った古川。

 ZZR1100BMのハンドルに引っ掛ける。

 その双眸で男を見た。


「随分なつかしい二つ名が出て来たものだな。もっともその名は余り好きではないのだけども」


「それは失礼しました。しかし、我々にとっては、忘れるわけにはいかない名前でしてね」


 男は、仰々しく一礼をしてみせた。


「自己紹介をさせてもらいます。私はイシュテバン・サンドバン=ファルケンズと申します。【獣乃牙(ビーストファング)】に所属しております」


「律儀な奴だな。お前達が、先進国のほとんどで、お尋ね者になっているのはわかっているのか?」


「もちろん。生死を問わないというのも含めましてね」


「わかっているなら何故こんな所に来た? そしてこんな所で何をしている? まさか世間話のためでもないだろう?」


「はい、もちろん。私の妹は十年前、東京で殺害されました。貴方達の手によってね。ここまで言えば理解してもらえるでしょうか?」


 彼の表情はあいかわらず穏やかだ。

 だが、その声には表情には似合わない何かが篭っていた。


「・・・なるほど。それでこの後どうするつもりだ?」


「あなたの動きを完全に封じた上で、義理の妹さんでしたか? その娘を、死にたくなる程の目にあわせて、私達の憎しみをぶつけさせてもらうというのはいかがでしょうね?」


「そんな事を私が黙って見ているとでも思うのか?」


 怒りの表情の古川。

 しかしイシュは、穏やかな表情を崩す事もない。


「だからまずは、あなたの動きを封じさせてもらいますよ」


 そう言うと、イシュの姿が徐々に変化を始める。


≪電撃麻痺≫


 古川の一言。

 イシュの体には、嘗めるように電撃が走った。

 それだけで彼は、一瞬失神しそうになる。


「悪いが何の変化か知らないが、終わるまで待つ程、お人好しじゃないぞ」


「・・・・・か・・痺れて・・動けな・・・馬鹿な・・・獣化・・すら・・」


「一級言霊師を嘗めすぎだな。こんな事で時間をかけるわけにはいかないのだが、ここに放置して、学校が襲われたりでもしたら寝覚めも悪いか。どうしたものか」


 顎に手を当てて思案する古川。

 しかし、中々名案が浮かばないままだった。

 ふと思い出したかのように、懐から一枚の図形や文字が書かれた紙を取り出す。


≪接続(コネクト)≫


≪通信(コレスポンド)≫


 紙を耳元に当てて、まるで電話するかのように話し始めた。


「彩耶か? 今月寒通だが、そっちは何処にいる?」


『テ―ビ塔に向―て―す。美―は―処――か?』


「どうした? はっきり聞こえないぞ?」


『ザザザザザザザザザザザ』


「く? 結界の影響か?」


≪切断(ディスコネクト)≫


 突如背後に飛び退った古川。

 今までいた場所で何かが空を切った。


「ほう、もう動けるのか?」


 そこには、先程まで動く事もままならなかったイシュがいた。

 徐々に口が裂けながら前に突き出されていく。

 耳も徐々に上方へせりあがっていった。

 背丈はそのままのようだ。

 だが、先程よりも若干筋肉質になっている。


「あんな一瞬でやられっぱなしなのは、我慢ならないのでね」


「狼化族か。それなら最大出力で放つべきだったか」


≪ロウプ ガロウ ラメリオラチオン デ ラ ヴィテスセ≫


「狼化族の魔術・・・なのか?」


 イシュを睨みながら、そう呟いた古川。

 瞬きをした瞬間に、彼の姿は消えていた。

 真後ろから、左の肩関節目掛けて突き出される爪。


 横移動し、なんとか躱した古川。

 だが、その爪が左腕の肉を抉り取っていた。

 彼女は苦痛に顔を顰める。


「さすがですね。まさかかわされるとは思いませんでした。でも次々いきますよ」


 イシュの繰り出す爪撃。

 紙一重でかわし続ける古川。

 目視では追いきれない速度。

 イシュの声だけが聞こえてくる。


「あなたは確かに強いかもしれません。しかし、魔術師というのは、接近戦には比較的脆いというのは常識。私の間合いで戦い続ける限りあなたには勝ち目はありませんよ」


 右頬を爪の先がかすり、一筋の血の線が出来た。


「さっきのは強化系の魔法か何かってことか。狼化族にしては爪撃の威力が低いから、速度強化系か何かだな」


「その通り速度強化です。それでも一撃でも直撃が当たれば、あなたは間違いなく死にますよ。いつまで躱し続けれますかね?」


 古川がイシュの爪激を躱しながら、会話は続いた。

 イシュは、既に古川しか見えてない。

 校門の向こう、窓際で二人の光景を見ている複数の視線。

 その存在に気付いていない。

 視線の中には、古川を美咲姉と呼び慕う、茉祐子の姿もあった。


「美咲姉、良くわかんないけどがんば」


 祈るようにそう呟いた彼女。

 口に出した言葉は聞こえるわけもない。

 しかし、一瞬古川が茉祐子の方を向く。

 そこで更に、ウインクをしたのだ。


「何処を見ているか知りませんが、余所見しているなんてたいした余裕です。しかしこれで終わりにしましょう」


 古川の左足を狙うイシュ。

 腿と腰の付け根のあたりを目掛けて、突き出される爪。

 しかし、それは古川には届く事はなかった。


≪乱紫電≫


 イシュの爪が後一歩。

 という所で、古川の体から全方位に放たれた紫色の雷。

 百以上の紫電が放たれ、そのうちのいくつかに触れたイシュ。


≪集束≫


 次の古川の言葉に、イシュに触れる事なく解き放たれた紫電。

 それら全てがまるで、追尾するかのようだ。

 進行方向を変えて彼を貫いた。


 突撃の勢いを全て殺されたイシュ。

 貫いていく紫電により蹂躙される。

 口から煙を吐いて、その場に崩れ落ちた。


 突然の紫の輝きに視界が覆われた子供達。

 何が起きたのかわからなかっただろう。

 しかし、茉祐子は、古川の仕事が終了した事を理解した。


 二人の戦いの勝敗が決したからだろう。

 小学校から、先生の一人らしき男性が出て来る。

 その男性の方に向かい、歩き始めた古川。

 意識の無いイシュに呟いた。


「イシュテバン、お前の敗因は、私を殺そうとせずに、動きを封じようとした事だ。そして見ていた子供達に感謝しろ。茉祐子達が見ていなければ、手加減等せず殺していたかもしれん」

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