097.消滅-Passing-

1991年6月9日(日)PM:14:44 中央区大通公園一丁目


 一定の感覚で備え付けられた人口の光源。

 広い部屋の中に設置されている。

 鈍く光っている、滑らかで平らな、金属製の光沢の壁や床。

 ここが、自然発生的に出来た場所ではない。

 その事を物語っている。


 等間隔で、同じ方向に並べられている、場違いなパイプ椅子。

 その数は凡そ四十程。

 実際に座っている人の数は三十名程だろう。


 座っている彼等は、比較的ラフな服装だ。

 普通に見えれば、ただの一般人に見えてもおかしくはない。

 全員が一様に、壇上の三人の男を見ていた。


 壇上の真ん中の男は、角刈りで鋭い目付き。

 彼の服装は迷彩服だ。

 それも、自衛隊で使用されている者に似ていた。


「アグワット・カンタルス=メルダー率いる【獣乃牙(ビーストファング)】諸君!! 形藁副師団長の呼び掛けに応じ、本作戦への協力感謝する!」


 男の言葉が合図のようだ。

 ラフな服でこの場にいる者達。

 彼等全員が、雄たけびをあげるように吼えた。


 声が幾重にも反響している。

 何重にも反響した音。

 それぞれの耳の中に、何度も流れ込んでいた。


 壇上の三人の一人。

 赤い短髪の男が手の平を前に差し出した。

 それだけで、ピタリと雄たけびは止まる。

 再び静寂が空間を支配した。


「作戦内容については個別に説明したとおりだ。作戦開始は明昼十二時、作戦第一段階終了後、誰一人かける事なく再開する事を願う!!」


 紅い短髪の男の言葉。

 まるで合図かのように、めいめいが思うがままに再び吼える。

 大地を揺るがすかのように、彼等は激しく咆えたのだった。


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1991年6月10日(月)PM:11:58 豊平区豊平退魔局五階


 椅子に座っている男。

 禿げあがりはじめた、バーコード髪。

 その側には、黒いサングラスをかけた男が控えている。

 彼は、髪の毛をオールバックしていた。


 彼等に相対するように、ソファーに座っている三人。

 左側に座っている少女。

 青系統のチャイナドレスを着ている。

 彼女は、彫りの深い白い肌をしていた。


 逆に右側に座っている少女は、目鼻立ちのはっきりした顔立ち。

 色白でくりっとした大きい瞳だ。

 彼女は赤系統のチャイナドレスを着用していた。


 真ん中の凛々しい少年。

 彼は色黒で彫りの深い顔。

 野性味溢れる感じだ。


「君達が、【十三黒死黒(シーサンヘイスーグゥイ)】の十二鬼(シーェ゛ァーグゥイ)である鬼 黒海(グゥイ ヘイハイ)が寄越した者、という事で間違いがないかね」


 バーコード髪の男、石見 多久助(イシミ タクスケ)。

 若干蔑むような目で、真ん中の少年をじっと見ている。


「是、石見局長」


 彼の返答に、一瞬眉根をよせた石見。


「日本語で話しは出来るかね?」


「これは、失礼しました。もちろん日本語で会話可能です。父より依頼され訪問いたしました」


「鬼 黒海(グゥイ ヘイハイ)の息子と言う事か?」


「是、私は七鬼(チーグゥイ)、鬼 闇海(グゥイ アンハイ)と申します。右の赤のチャイナドレスが妹の鬼 山紅(グゥイ シャンホォン)、左の青のチャイナドレスが、世話係の雷 橙蘭(レイ チォンラン)と申します。山紅と橙蘭は申し訳ありませんが、日本語が拙い為、必要な場合は私が通訳をいたします」


 彼の説明に、石見は一先ず納得した表情だ。


「そうか。それで黒海先生は?」


「父は小樽に停泊中の船におります」


 そこで石見以外の三人は、一瞬怪訝な表情になった。


「それでは、お前達に頼めと言う事なのだろうか?」


 訝しげな眼差しの石見。


「那樣、失礼しました。そのようにお願いします」


「そうか。それではお前達は何処まで聞いているのだ?」


「【ヤミビトノカゲロウ】でしたか? その全メンバー及び協力者の殲滅と伺っております」


「そうだな。その通りだ。しかし三人で出来るのか?」


「ご安心下さいませ。私達三人以外の【十三黒死黒(シーサンヘイスーグゥイ)】もおります。到着後、事前に情報を収集いたしまして、ある程度の事は把握しております」


 少年の説明に、何度も頷く石見。


「さすが黒海先生だな。話しがはやい」


「是、父からの伝言も言付かっております」


「おお、黒海先生は何と言っていた?」


「情報の横流し感謝する。だがお前の存在は必要無くなった。それに標的達の方がおもしろそうだから、依頼は断る事にする。との事です」


「何だ・・・」


 しかし石見は、最後まで言葉を紡ぐ事は出来なかった。

 燃え盛る巨大な炎が、足元から突き上がっている。

 彼は縦に一刀両断されてしまっていた。

 間違いなく即死だっただろう。


 側に控えていた河原崎 昌介(カワラザキ ショウスケ)。

 突然の出来事に、言葉も出ない。

 茫然としたまま、何の反応も出来ないでいた。

 残念ながら、彼も正気に戻る前に事切れてしまう。


「紅々、橙々、ご苦労様。終わってから言うのも何だけど、情報操作は終わってるんだもんね?」


「ええ、闇々終わってますよ」


「これから、哥哥、どーするの?」


「どうもしないよ、紅々。でもそうだね、特殊技術隊第四師団及びその指導者? 指令者? 何でもいいか。その人が何をするのかな? 観客席から楽しむ感じでどうだろう? 面白そうならちょっかいを出すかもしれないけどね」


 彼の言葉に頷いた二人。


「それに関係あるかはわからないけど、何かの結界が張られたようだから、それも調べてみないとね。」


「何か嫌な感じのだよね!?」


 自分で自分を抱き締めた山紅。


「そうですね。目的はわかりませんが、嫌な感じです」


 後ろから山紅を抱き締めた橙蘭。

 彼女の眼差しは、慈しむように山紅を見ている。


「二人は先に行ってていいよ。私はもう少しここでする事があるから」


「闇々、了解しました。紅々行きましょう」


「うん、哥哥後でね」


「あぁ、紅々」


 その場を後にする山紅と橙蘭。

 彼女達を見送り一人残った闇海。

 彼がそこで何をしたのかはわからない。


 それから三十分程後、豊平退魔局は消滅する。

 中にいた人間もろとも、崩れ去っていたのだ。


 建物を構成した物質。

 中にいたであろう人間。

 あらゆるものが混ざり合っている。

 崩れたという表現。

 それが正しいのかどうかすら、わからないような惨状だった。


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1991年6月10日(月)PM:12:03 豊平区喫茶店ローズソーン


 「くそ!? 一体何者なんだ?」


 突然厨房から出てきたマスターの浅田 碧(アサダ アオ)。

 明らかに彼の表情は焦っていた。

 何かの結界による違和感を感じる。

 直後、店の通りを挟んだ反対側。

 そこに、凄まじい魔力を感じたからだ。


 浅田 未空(アサダ ミク)も同様に、気付いていたのだろう。

 外に逃げるのは間に合わないと判断。

 店の中にいたお客を、厨房側に集めている途中だった。


「駄目!? 間に合いそうもない!?」


 それはほんの僅かな時間の出来事。

 碧には、未空を守る事しか考えられなかった。

 それ程、強大な魔力を感じていたからだ。


 碧が見たのは膨大な光。

 非常識な魔力密度で構成された光の束。

 それが意識を消失させる寸前。

 彼の網膜が焼き付けた、最後の映像。


 まるで今までそこには何もなかった。

 そう言われれば、信じてしまうだろう。

 喫茶店が、直線状の物を巻き込んで消滅していた。


 客として来店していた人達。

 彼等彼女等の死体も無い。

 マスターの碧も、未空も死体の欠片が一つもない。

 その場に残っていないのだ。


 彼等が一体どうなったのか?

 おそらく、誰にもわかる事はないだろう。

 もしわかる可能性が有るとすれば、この状況を起した発生源だけだ。


「任務完了だー。あ? でも自発的だーからー? 任務ですらなーいよねー? じゃあなんだろう? なんでもいいやー」


 軽薄そうな優男が、店の方を見ている。

 彼は店の消滅を確認した。

 その後、一人何事もなかったかのように、ゆっくりと歩き始める。

 騒然としている周囲の喧騒など、関係なかった。

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