065.身振-Gesture-

1991年6月2日(日)AM:10:19 中央区謎の建物一階


 しばらくして泣き止んだ二人の猫耳少女。

 元魏さんが持ってきていた水で、順番に少女二人の傷口を洗い流す。

 二人とも一瞬顔を顰めたが、抵抗する事はなかった。

 その上で、傷口の深い所だけを、元魏さんが手当てする。


 さすがにこのまま、一糸纏わぬ姿で連れて行くわけにも行かない。

 僕と元魏さんが、着ていた薄手のティーシャツを脱いだ。

 手振り身振りで説明しつつ、何とか猫耳少女二人に着せる。


 言葉をいろいろ投げかけてみたが通じない。

 仕方なく身振り手振りで付いてくる様に説明する。

 何とか通じたようで、僕の後ろをくっ付いて歩きはじめた。

 誰も予想すらしていなかった展開に、お互いに苦笑いしかでない。


「さっきの言葉といい、日本語でも英語でもかといって他の言語でもないようだが、どうゆう事なんだ?」


 古川所長の疑問と同じ事を僕も思った。


「所長、今ここでそんな事を言ってもどうしようもないのでは?」


 古川所長の疑問に釘を指した元魏さん。

 僕達は念の為、他の部屋も、時にクリスタルを破壊しながら確認する。

 古川所長がクリスタルを壊す度に、二人の猫耳少女は楽しそうにはしゃいでいた。


 巣穴の中を除く、全ての部屋を確認し、他に生存者がいない事を確認。

 壊れたカプセルはあるが、何もいない。

 何かの実験跡のようなものが、砕けたカプセルに浮いている部屋もあった。

 この二人の猫耳の少女を、結果的に救えた事は良かった事なのかな。


「一旦戻るか」


 疲れた様な表情の古川所長。

 僕達は遭遇した猫耳の少女二人を伴って、緑鬼邸に戻る事にする。

 猫耳の少女が何故僕になついているのかはわからない。

 しかし、あの場所にいたという事は、何かしらの実験体にされていたんだろうな。


 この二人の少女をこの後どうするべき何だろう。

 僕の家は、正直に言って部屋は余ってる。

 だから問題がないなら、うちに住んでもらっても構わないと思う。


 何故か僕に懐いているから、というのもある。

 問題は、言葉が全く通じない事だ。

 けど、教えたら覚えないかな、というのは淡い期待かな?


 猫だからなのか?

 猫耳少女二人は、予想とは裏腹に山道をさして問題なくついてくる。

 正直その事に、僕や古川所長、元魏さんが驚いたぐらいだ。

 一応少女二人に注意をしつつ緑鬼邸へ戻る僕達。


 往復の道中ともに、何事も問題は起きず順調だった。

 むしろ問題は緑鬼邸に戻ってから発生する。

 この状況を考えれば当たり前の事なんだけど。

 僕はそこまでは、考えが及ばなかった。


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1991年6月2日(日)AM:11:44 中央区緑鬼邸二階


 昨日の今日と言う事もある。

 朝食終了後も、皆は与えられた部屋には戻らずにいた。

 誰かが指示したわけでもない。


 そこに戻ってきた三人。

 苦笑いの古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 白紙 元魏(シラカミ モトギ)は、微笑んでいる。

 そして桐原 悠斗(キリハラ ユウト)は、困惑した表情だった。


 悠斗の左手にしがみ付いている人物。

 後ろに隠れているのは、濃いピンク色の髪の少女。

 右手には、濃い水色の髪の少女がしがみ付いして、彼の後ろに隠れている。


 安堵の表情になった女性陣。

 二人の少女の存在に呆然。

 その後、一部の少女達は驚愕。

 最後に、厳しい顔へと、目まぐるしく表情が変化した。


 ここに来て悠斗は己の失態を悟る。

 出発前の事もあり、中里 愛菜(ナカサト マナ)達女性陣の視線が痛い。

 今何を言っても、言い訳にしかならない。

 そう考えた悠斗、彼はこの後に飛んでくる罵詈雑言を覚悟した。


「これは一体どうゆ・・・」


「彼女達は事件現場の生存者だ」


 戦端の口火を切ろうとした愛菜。

 彼女の言葉に被せるような古川の発言。

 愛菜も含め、建物の存在を知らない者達は首を傾げる。

 それでも古川は続けた。


「詳細は言えないが、あの森の中でも事件が起こっていた。その現場でこの二人を保護した。しかし残念ながら言葉が通じないようだ」


 毅然とした表情の古川。

 愛菜は思わず、言葉を飲み込んだ。

 他の皆も言葉を発する事なく彼女を見ている。


「何故悠斗君になついてしまったのかは、わからない」


 一度その場にいる一同を見渡す古川。


「しかしながら、現場に閉じ込められていた所に現れた悠斗君。彼を命の恩人と感じてもおかしくはあるまい」


 愛菜を含め、いろいろと言いたい事がありそうだ。

 それでも古川の言葉に押し黙っている。

 ふと何かに気付いた愛菜が呟いた。


「――猫耳?」


 突然の愛菜の呟きに、一同が猫耳の存在に気付く。

 そこで再び唖然とした表情になる。

 唯一冷静な三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)が質問の形で口を開いた。


「それでその猫耳少女どうするんだ?」


「戻る途中で悠斗君とも相談したのだが、現状は彼になついてるし、彼の家に住んでもらうしかないと思っている。もちろん悠斗君の次に接点が出来るだろう、愛菜ちゃんさえ許してもらえるならばだが」


「――両親とかはわからないんですか?」


「現時点ではわからない。持ち物すらもないからな。名前さえ不明だ」


「――そうですか。悠斗君が同意したなら私は何も言いません」


「愛菜ちゃん、ありがとう」


「愛菜、ありがとうな」


 そう言って愛菜を見た悠斗。

 しかしぷいっと、そっぽを向かれてしまった。

 悠斗は苦笑するしかない。

 そこに碧 伊都亜(ヘキ イトア)が話しかけてきた。


「女の子がいつまでもその格好はどうかと思いますので服を」


「言われて見れば確かにそうだよな」


 そう言われて見れば、二人の女の子はティーシャツ一枚。

 心無しか二人とも恥ずかしそうな表情をしている。

 伊都亜に案内されて、その場を後にした悠斗と二人の猫耳少女。


「本当はお風呂にも入れてあげたいですけど、誤解を招きそうですね」


「――いや大丈夫だろ」


 一度戻った悠斗と伊都亜。

 彼は碧 市菜(ヘキ イチナ)に猫耳少女二人を風呂に入れたい事。

 更にその為に、伊都亜を少々借りたい旨を聞いてみた。


 快く了承してくれた市菜に感謝し、伊都亜に連れられて移動する。

 一度、伊都亜の部屋に寄った二人。

 少女二人分の服を、彼女に用意してもらった。


 その上で大浴場に移動。

 悠斗が身振り手振りで説明。

 伊都亜が少女二人を伴って大浴場の中に入る。


 即座に愛菜達の所に戻った悠斗。

 猫耳二人を伊都亜に風呂にいれてもらっている事を説明。

 着替えは彼女に借りた事をも伝えた。


「――もうすぐ昼食だから」


 何か言いたそうだった愛菜。

 だが、結局口を噤む。

 それだけを言って悠斗を見送った。


 不満げな白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 朝霧 紗那(アサギリ サナ)も、訝しげな眼差しだ。

 愛菜と同様に何か言いたそうではあった。


 罵詈雑言でも覚悟して聞くべきかなと思いつつ、その場を後にした悠斗。

 大浴場の前の長椅子で、ただ待つのは彼には苦痛だった。

 三十分程して出てきた三人。

 色違いのお揃いのワンピースを着て、伊都亜に連れられて出てきた。

 どうやらご満悦のようで嬉しそうだ。


 大広間に戻ると、しばらくして続々と昼食が運ばれてきた。

 刺身やら白身の天ぷらやら、中々に豪勢な内容だ。

 席をどうするか考えていると、翠 双菜(スイ フタナ)に案内された悠斗。


 案内された席で、猫耳少女二人に手振り身振りで説明。

 悠斗が座ると、猫耳少女二人にも通じたようだ。

 彼の両隣、右側にピンク色の方が、左側に水色の方が着座する。


 悠斗とテーブルを挟んで反対側に座った愛菜。

 彼女のその両隣は伽耶と紗那だ。

 ピンク色の猫耳少女の隣が銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 義彦は、少し迷ったが、彼女の隣に座った。


 白紙 沙耶(シラカミ サヤ)は水色の猫耳の少女の隣に座る。

 十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)は沙耶の隣だ。


 猫耳少女二人は意外にも、普通に箸を使って食事を始める。

 言葉が通じないだけなのかもしれないな、そう思った悠斗。

 美味しそうに食べている二人の少女に、彼は一安心した。


 昼食終了後は、いくつかの車に分かれる形で帰路につく事になる。

 健一は元魏の車に同乗し、最後に幌見峠近くに置き去りの自分の車を回収する予定だ。

 帰りの車中でも襲われる可能性を考慮した古川の案だ。

 帰宅後に緑鬼邸に残る古川に、到着した旨の連絡をする事になった。

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