304.大声-Megaphonia-

1991年7月24日(水)PM:16:24 中央区人工迷宮地下二階


 リンダーナが張った青色の水の膜。

 ぶつかり続けるエネルギーの奔流。

 その勢いに、波を打っている。

 階段の外側に何度も波紋を起こしていた。


 その様子を、驚愕の眼差しで見ている倉方 柚(クラカタ ユズ)。

 太腿の傷の痛みも忘れている。

 他の面々も彼女と同じように、驚きの表情だ。

 その思考の中には、幾許かの恐怖も含まれている。


「リンダーナのお仕事はいつでも完璧だー! そんなに不安にならなくてもだいじょぶだーよー!」


 シャイニャンの天真爛漫な発言。

 しかし、迷宮攻略組からしてみれば説得力は全くない。

 目の前の出来事、今にも水の膜を破りそうな光景。


 彼女とリンダーナの表情はそのまま普段通りだ。

 暇すぎて不貞腐れているファイクロン。

 一人少し離れた場所で、腕立て伏せをしていた。


 ほんの数秒でエネルギーの奔流は止まる。

 だが、迷宮攻略組は誰一人動こうとはしなかった。

 情報としては把握している。

 それでも、持っている情報と、目の前の出来事。

 即座に結びつける事が出来なかった。


「ただじっと待っているのも、時間の無駄です。負傷者はいるでしょうし、こちらから出向きましょう」


 指をパチンと鳴らしたリンダーナ。

 音と同時に、水の膜は消え去った。


「行こー! 行くのだー! ファイクロンも行くんだぞー!」


 腕立て伏せ中のファイクロン。

 飛んで来たシャイニャン。

 立ち上がりながら華麗に回避。

 何も言わずに歩き出した。

 不貞腐れたシャイニャン。

 少しだけ口元が緩んだリンダーナ。

 二人もファイクロンに続く。


「俺達が、躊躇してどうする? あの馬鹿共が死んだと決まったわけじゃないんだ」


 自分にも活をいれるかのようだ。

 大声を張り上げた久遠時 貞克(クオンジ サダカツ)。

 彼は自分の頬を両手で叩くと、歩き出した。


「その通りです。私達がこんなところで戸惑ってどうするの? 立ち上がりなさい。進みなさい。私達はこの先にも進まなければならないんですからね。いつまでも下を向いてなんていられないのよ」


 背後から聞こえて来た有賀 侑子(アリガ ユウコ)の声。

 誰もが昏い表情の中、彼女の凛とした声が響く。


「勝手に決め付けているようだけど、あいつ等がどうなったのかは見るまでわからないわ。もしかしたら想像通りかもしれない。でも、私達は見届けなければならない。いえ、私達が見届けるべきなのよ」


 階段を貞克とともに、下り始める侑子。

 彼女の言葉に、一人、また一人。

 重くなった体を奮い立たせ、歩き始めた。


「侑子が一番辛いはずなのにね。あんなに歯を食いしばっちゃって」


 若干足を引き摺りつつ歩む柚。

 時折痛みに顔を顰めている。


「たぶん、付き合いの長い私達しか気付いてないんだろうけど。あんなに食いしばって、歯大丈夫かな?」


 柚に肩を貸しながら歩く波野 漣(ナミノ サザナミ)。

 囁くような会話の二人は一度顔を見合わせる。

 その後、前を歩く侑子に、心の中で敬礼を送った。


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1991年7月24日(水)PM:16:39 中央区人工迷宮地下三階


「殿勝手にやって、更に生きるか死ぬかの瀬戸際真っ最中に助けられるなんてなぁ。超かっちょわりーな」


「死ななかったんだから良かったでしょ?」


 野流間(ノルマ) ルシアに肩を貸して歩いている刀間 刃(トウマ ジン)。

 二人は他愛もない遣り取りを繰り返している。

 直ぐ後を歩く鎗座波 傑(ヤリザワ スグル)と丸沢 智樹(マルサワ トモキ)。

 苦笑いで二人を見ていた。

 二人はお互いに肩を貸しながら歩いている。


 先頭のトルエシウン。

 彼は会話にも我関せずだ。

 ただただ彼等の速度には合わせていた。

 ゆっくり歩き続ける。


「おい、あれ侑子達じゃねーか?」


「そうみたいですね。刃隊長はどのような言い訳をするのでしょうかね?」


 からかうようなルシアに、口をへの字に曲げた刃。


「お前等だって同罪だろうがよ?」


「刃の指示に従っただけですと口裏合わせようか。な、傑」


「合わせるっていうか俺達別行動だったろ? タイミング的に無理なんじゃないのか?」


「あ、そうだった」


 傑と智樹のボケと突っ込みに苦笑するルシア。


「傑、てめぇ俺は生贄か何かかよ?」


「はい、そこまでね。喧嘩は後回しにしなさい」


 言葉を続けようとした刃。

 侑子の割り込みにより止められた。


「トルエシウンさん、四人の救助ありがとうございます」


 頭を下げる侑子に、トルエシウンは微笑んでいる。

 彼女の後ろに並んだ迷宮攻略組。

 同じように深々と頭を下げた。


「こうやってお礼されるのも、案外悪いものでもないのかもしれませんね」


「まぁなんだ。改めてありがとよ」


「知り合って間もないですが、あなたのそうゆうふてぶてしい態度も嫌いじゃないですよ。まぁ、とりあえず皆さん、頭を上げましょうか」


 刃とトルエシウンの言葉の掛け合い。

 隣のルシアは苦笑いだ。


「蟷螂殲滅とクリスタルは破壊しました。この階層の脅威は無くなりましたね」


「重ね重ね感謝致します」


 頭を上げた侑子は、再び一礼。

 一礼後、トルエシウンに向けている視線。

 刃、ルシア、傑、智樹の純に視線を移動させた。


「命令違反については後で。四人共無事で良かった」


 心底安堵したような表情の侑子。

 直ぐに生真面目な顔に戻った。


「波野、六名連れて行って、この命知らずの馬鹿共四人の手当てを」


 指名された漣は、即座に返事を返した。

 柚を別の隊員に預ける。

 その後、六名の女性隊員に目配せをした。

 漣の指示により動き出した女性隊員達。

 刃、ルシア、傑、智樹の四人。

 彼女達に連れられてこの場を後にした。


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1991年7月27日(土)AM:11:07 西区手稲左股通


「ここから福井五丁目みたいだね」


 黒髪ストレートに碧眼の江部野 夜茄(エブノ ヤナ)。

 両手で四角い大きい鞄を持っている彼女。

 背後に視線を向けた。

 袖や裾に赤いラインの入ったワンピース姿だ。


「夜茄、わざわざタクシーを途中で下車したのは、歩きたかっただけかよ!?」


 ぼやいた劉我島 筒朗(リュウガシマ ツツロウ)。

 金髪のリーゼントでダメージの入ったジーンズ。

 白い骸骨の描かれた黒いティーシャツ。

 左手には、大きな四角い鞄を一つ。

 右手には手持ちタイプの旅行鞄を三つ。

 少々無理やりに持っている。


「うん、そうだよ」


 彼女の答えに、彼は呆れた顔になった。


「荷物持ってるの俺なんだが?」


「筒朗が持つって言ったんだよねぇ?」


 黒髪でプリンセスカットの幹島 耶九南(ミキシマ ヤクナ)。

 彼女はマイクロミニのスカート。

 ぶかぶかのラウンドネックのティーシャツを着ている。

 右手で持っている大きな四角い鞄が重そうだ。


「そりゃそうだけどよ。タクシーを途中で降りて歩く必要あんのか?」


「あるかもよー? ないかもしれないけど」


 悪戯した子供のような笑顔の夜茄。


「夏休みだし本来のお仕事の指令があってもおかしくはないよねぇ?」


 耶九南は、言葉の後にうんうんと頷いた。


「それで態々片平の奴の所に来たわけか」


「あ、ここかな?」


 鞄を一度下ろすと、ポケットからメモを取り出した。


「住所的にはここだ」


「まさかの一軒家かよ!?」


 驚きの顔の筒朗。

 鞄を両手で持ち直し、玄関前まで歩く夜茄。

 筒朗と、耶九南も彼女に続く。

 インターホンを押すと、直ぐに反応が返ってきた。


「どちら様でございましょうか?」


「片平さん、夜茄です。筒朗と耶九南も一緒です」


「おお、夜茄お嬢様。今お開けいたします」


 玄関を開けて現れた片平 勝男(カタヒラ カツオ)。

 ぎょろりとした目で黒髪の彼。

 茶色のスラックスに灰色の半袖ワイシャツ姿だった。

 片平に招き入れられた一同。

 寝泊りする部屋をそれぞれが決める。

 その後、居間に集まった。


「夜茄お嬢様、江部野 畦斑(エブノ アゼフ)様からの命令書、それに第四師団からの指令書が二通ございます。どれも夜茄お嬢様がここに来てから開封するように申し伝えられておりますゆえ、中は拝見しておりません」


 片平から三通の封筒を受け取った夜茄。

 父からの一通目で驚愕した。

 二通目の第四師団からの一通目で首を傾げている。

 第四師団からの二通目を読んで苦い表情になった。

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