第十八章 黒狼翻弄編

313.本棚-Bookshelf-

1991年7月14日(日)AM:10:11 中央区赤魔ビル五番館地下三階


 目覚めて最初に目に入った光景。

 鮮やかで、図形や文字、数字がいろいろ描かれている魔法陣。

 おぼろげな思考で、自分の行動を思い出す。

 確か俺は・・・。

 そうだドラゴンフライ技術研究所で、地下のトレーニングルームらしいところに案内されたな。

 何故か形藁 伝二(ナリワラ デンジ)がいて、少し会話をした。

 その後、戦闘になり敗北したんだったな。


 あの時、頭を掴まれたのは覚えている。

 直後、なんで意識を失ったのだろうか?

 死んだと思ったんだけどな。

 何故俺は生きている?

 だいたい、ここは一体どこだ?

 何処かの部屋なのはわかる。


 窓一つないってことは地下か?

 そして、あの魔法陣は?

 あぁ、なるほど。

 異能を封じる陣か。


「やっとお目覚めになられたのね? 未来の旦那様」


 未来の旦那様?

 何言ってるんだ?

 ん?

 この声何処かで聞いた事があるような気がする。


 あの椅子に座っているのか。

 背凭れに隠れてわからないが、声からすると女か。

 律儀に俺は鉄格子の中か。

 魔術的にも物理的にも捕われているって事ね。

 それに、俺はどうやら、寝かされていたようだな。

 律儀にベッドの上かよ。


「何処かで聞いた事のある声な気もするが、未来の旦那様ってななんだ? 誰かと婚約した覚えはないんだけどな?」


「まぁ、あいかわらずつれないのですね。あの時もそうでしたわ」


 こいつは一体何を言っているんだ?

 この声まさか?

 いや、そんな馬鹿な事な?

 あの女は牢獄の中のはずだ。

 そんなわけはない。

 たまたま、声が似ているだけだろうさ。


「あの時が、いつを指しているのかな? わからないが、ここは研究所の地下か?」


「地下なのは間違いありません。でも研究所の地下ではありません。あなたの事務所も近くにありますよ」


「何? 中央区って事か?」


「そうですよ」


 おっと、やっと姿を見せる気になったか。

 胸元にスリットのはいった、灰色のフレアスカートのワンピース。

 セクシーさを強調させたいらしいな。


「え? 何でお前がここにいる?」


 徐々に俺の視界に入ってきた姿。

 左が青く右が赤い瞳。

 赤紫のストレートの髪。

 前髪だけが燃えるような赤。


「十二紋 錐茄(ジュウニモン キリナ)!?? 何故お前がここにいる? ここにいるわけがないはずだ? 馬鹿な? 脱獄したとでも言うのか?」


「愛しの三井 龍人(ミツイ タツヒト)様、私(ワタクシ)を覚えていてくれるなんて、何て嬉しい事なのでしょう? 涙が出てしまいそうです」


 会話が噛みあってないな。


「ふざけてるのか? あれだけの事を仕出かしておいて!! 忘れたくても忘れられないってもんだ」


 俺の人生の中で、二度と関わりたくない。

 そう心底思っていた女がスラリと立っていた。


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1991年7月18日(木)PM:21:13 中央区赤魔ビル五番館地下三階


 龍人が目覚めた日から数えて五日が経過していた。

 彼がいる部屋は、鉄格子から十二畳程。

 およそ六メートル×四メートルの空間に閉じ込められている状態だ。


 ただ、実際には部屋にはいくつかの家具、電化製品が置かれている。

 その為、実際に利用可能な広さは十二畳程より狭い。


 家具としてはシングルベッドが、鉄格子とは反対側に一つ。

 そのシングルベッドを基点にして、左側にはタンスと本棚。

 タンスと本棚の間は、空間になっており、空間の奥、左右に扉が二つ。

 扉の奥は、左側がトイレで右側が風呂だ。


 右側には中型冷蔵庫と金属製のラックにゴミ箱。

 更に部屋の中心より少し鉄格子側には、テーブルが一つ。

 これが今、龍人が自由に動ける空間の配置だ。

 過去に誰かがここで生活していたようだ。

 家具にせよ電化製品にせよ、それなりの年月が経過しているようだった。


 タンスの中には男物の服。

 龍人が好みそうなものばかり。

 全て新品で収納されている。

 タンスにいれるのが難しい服もある。

 それらは、タンスの上だ。

 壁掛けタイプのハンガーラックが設置されていた。

 そこのハンガーに掛けられている。

 赤を貴重にしたライダースジャケットとベルトが二種類だ。


 反対側の中型冷蔵庫。

 その中身は、ほとんどが飲みので占められている。

 炭酸飲料系やスポーツドリンク系。

 他には楕円状の赤帯の中に、麒麟の絵が描かれている缶麦酒が並んでいる。


「あの女は一体何が目的なんだか?」


 龍人は、冷蔵庫から青字に白文字の缶のスポーツドリンクを取り出しす。

 ボトルの口を開けた彼。

 ゴクゴクと喉が鳴りそうな程の勢いで飲んだ。

 自然と彼の視界の左側に入ってくる金属製ラック。

 下段には、コーヒーカップやティーカップ、茶碗等。

 食器がいくつか並べられている。

 その上、中段には電気ポッドと金色のラベルとキャップのインスタントコーヒーの瓶。

 最上段だけは何も置かれていなかった。


 ベッドに座り、再び喉を潤す龍人。

 彼は飲み終えたスポーツドリンクの缶を、ゴミ箱に放った。

 放物線を描いて落下していく缶。

 ゴミ箱を通り越して、音を立てて鉄格子にぶつかった。


「龍人様、缶で遊ぶのはご遠慮願います」


「ちっ。やっぱりいるのか」


 缶の音に反応して歩いてきたのは女性。

 年齢は二十歳前半に見える。


「これで三人目か。日替わりならぬ、二日替わりなのかよ?」


「お答えは出来かねます」


「同じ回答かよ。ちっ」


 スリットが入った膝丈程のスカート。

 ブルーのワンピースに白いエプロン。

 見た目は家政婦に見える。

 しかし、龍人は一人目の家政婦を見た時に、脱出する為に利用するのを諦めている。

 それから今日で、三人目。

 がっかりと頭を垂れる龍人。


 彼の様子等には構う事はない。

 女性は鉄格子の中に手を入れて、空き缶を拾う。

 彼女が龍人の視界から消えると、何かが拉げるような音が聞こえた。


 諦めて本棚の前に立った龍人。

 今一度、一つ一つタイトルを確認していく。

 前に住んでいた人物の趣味なのだろう。

 上段には、赤ずきんや白雪姫、ラプンツェル等のタイトル。

 グリム童話らしきもの。

 他に恋愛物を彷彿させる小説のような装丁とタイトルの本。

 ずらりと並んでいる。


 徐々に視線を下げていく龍人。

 中段程まで行くと、魔法の国からきた少女の漫画。

 男装の麗人が戦う漫画等が並んでいた。

 下段に行くと、趣が全く変わり、人体の構造に関する本や、哲学に関する本。

 その他死に纏わる物や魔術に関する物なのが並んでいる。


 龍人は最初の一日目、錐茄がいなくなってから部屋を隈なく調べた。

 そして出した結論。

 今すぐ脱出するのは不可能という結論に至った。


 天井の魔法陣は、注意深く見ると透明なガラスか何かで覆われている。

 陣の一部を削り無効化する事は不可能。

 試しに、飲み終わった後のスポーツドリンクの缶を投げつけてみた。

 だが傷一つつかない。

 逆に缶の方が変形していた。

 蛍光灯が中心ではなく、ベッド側と鉄格子側の二箇所ある。

 そのは魔法陣の設置の為なのだろう。


 龍人は、魔力も霊力も展開する事は出来ないでいる。

 天井の魔法陣が阻んでいるのは間違いないと考えていた。

 だが、現状魔法陣をどうにかする方法は思い浮かばない。


 早々に脱出を諦めた彼。

 本棚にある本を、上から順番に流し読みしていった。

 一通り、本棚にある本の中身は、大雑把にだが把握している。

 それだけで彼は一日目を消費した。


 錐茄は朝昼夜のいずれかの食事時に、一日一回だけ顔を出す。

 二日目からは、おそらく彼女自らが調理したであろう料理を龍人に振舞った。

 毎食ごと、品の違う料理が出てくる。

 その事から、既製品ではなく調理したものだと彼は推測する。


 不安と思いながらも、腹は減るものだ。

 龍人は、覚悟を決めて錐茄がいない時の食事は食べた。

 事前に家政婦に誰が調理したのか確認。

 その上で家政婦が調理したというのを確認はした。

 彼はその言葉を信じるしかない。


「くそ、どうしたものかね」


 脱出する方法を未だ思いつかない。

 既に五日目も過ぎようとしている。

 鉄格子の向こう側では、家政婦が何かをしているようだ。

 聞こえてるのは音だけなので、龍人には彼女がしている事は見えていない。


 鉄格子の向こう側は、最低でも十二畳程の空間になっている。

 そこには年代物で高価そうな椅子が一つ。

 鉄格子の左側には、更に空間が広がっているようだ。

 龍人が確認出来たのは、キッチンラックに備えられた炊飯器。

 他には電子レンジ、後はオーブンだ。

 角度の関係から視界に納めることは出来なかった。

 だが龍人は反対側には台所があると考えている。


「見えない奥で何してるんだ?」


 少し大きめの声で、問いかけた龍人。

 答えが帰ってくるとは思っていなかった。

 だが、予想に反して反応がある。


「お客様、龍人(アナタ)様の明日の朝ご飯の用意でございます」


「鉄格子の中なのに、お客様か? なかなかシャレが聞いた言い様だな」


「ここにいる家政婦(ワレワレ)の与えられた仕事は、三井様の身の回りのお世話と、ここから外に出さない事でございます。軟禁、いえ監禁と言う事には変わりありませんが、それでもお客様でございます」


 彼女の言葉に、龍人は苦い顔をする事しか出来なかった。

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