301.呼応-Respond-

1991年7月24日(水)PM:15:40 中央区人工迷宮地下三階


 銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)の幼虫達。

 生まれて間もない為、装甲は柔らかい。

 銃撃により撃破するのは難しい事ではなかった。

 しかし、脱皮を終え、薄皮を脱ぎ捨てた個体。

 その数が加速度的に増えていく。


 奇妙な鳴き声を上げた女王蟷螂。

 まるで、その声に呼応するかのようだ。

 薄皮を脱ぎ捨てた子蟷螂達が前進を始める。

 続け様に報告を聞く有賀 侑子(アリガ ユウコ)。

 唇を噛んだが撤退を指示。


 刀間 刃(トウマ ジン)と野流間(ノルマ) ルシア。

 二人も近付いて来る子蟷螂を撃破している。

 同時に徐々に、後退していった。


「ルシア、先にいけ」


 スネークサーペントⅠで銃撃を加えている二人。

 しかし、弾は残り少ない。

 五メートル程の距離に見えている。

 十を越える子蟷螂が迫っていた。


「で、でも?」


「てめぇの武器じゃ、この数に押し切られるだろうが!」


 スネークサーペントⅠを投げ捨てた刃。

 刀を抜き放ち、刀身に魔力を纏わせた。

 魔力の斬撃を横薙ぎで放つ。

 刃状の斬撃が、次々に子蟷螂を斬り裂いて行く。


 突如、黒い球体から表れた存在。

 五十センチメートル程の、赤い蟻の大群。

 子蟷螂達の一部は、目標を変更した。

 蟻の大群に群がり始める。


 その光景を見ている刃。

 スネークサーペントⅠを拾い上げる。

 弓による攻撃を開始。

 ルシアの援護を受けつつ、刃は撤退して行った。


 ルシアが弓による攻撃を行う。

 矢の攻撃を逃れて側まで辿り着いた子蟷螂。

 刃が刀で斬り伏せる。


 そして、二人は十字路に差し掛かった。

 十字路の左右に、仲間達の姿が見える。

 女性の隊員が一人、子蟷螂の突進を受けた。

 彼女は完全に回避する出来ない。

 手に持っている小銃で攻撃は防いだ。

 だが、衝突の衝撃に吹き飛ばされる。


 別の子蟷螂が、跳躍して飛び掛った。

 素早く弓を射たルシア。

 放たれた風の矢。

 子蟷螂を、体ごと吹き飛ばし粉砕。


 蟷螂が排除されたのを確認した隊員三人。

 彼女と同じ班に配属された隊員だ。

 そのうち、二人が彼女を抱える。

 最後の一人は殿となり、子蟷螂から彼女等を守り始めた。

 そこに、丸沢 智樹(マルサワ トモキ)と鎗座波 傑(ヤリザワ スグル)。

 二人が合流し、殿となっていた隊員と交代する。


「やべぇな? このままだと数で押し切られるかもしれねぇ」


 子蟷螂を一体斬り裂いた刃。

 思わず呟いていた。

 隣で弓を射ているルシア。

 一瞬だけ刃を見た。


「でもどうするの?」


 既に、十字路の左も右も子蟷螂で溢れている。


「智樹と傑も撤退出来たようだしな。ルシア、先に行け! 殿は任せろや」


 刃の飛ばした魔力の斬撃。

 子蟷螂達を斬り裂く。

 更に衝撃で吹き飛ばしていった。


「刃を置いて行くぐらいなら、ここで一緒にくたばった方がましよ」


 彼女の弓から放たれた光の矢。

 子蟷螂達を貫通。

 弾き飛ばして行く。


「それにもう逃げるのは無理くさいかな?」


 唯一の逃げ道である後方の通路。

 そこからも、子蟷螂が現れ始めた。


「蟷螂のお子ちゃまに、貪り喰われるとか考えると、最悪な死に方じゃねぇの? これ俺でも寒気がするぞ? 本当、お前馬鹿だよ」


「一人命を捨てる覚悟で残った、刀馬鹿に言われたくはないかな?」


 無線から聞こえてくる侑子の声。

 あえて無視している二人。


「侑子の事だけがちぃっと心配だけどよ。正直答えてる余裕ねぇわ」


 刀を振り抜き、複数の子蟷螂を斬り裂いた刃。

 余りにも近距離まで近付かれ過ぎている。

 弦を引き絞る事の出来ないルシア。

 弓そのものに魔力を纏わせ、殴打する。

 その方法で子蟷螂と殺り合っていた。


 スネークサーペントⅠと64式7.62mm小銃。

 邪魔になると判断していた。

 二人は足元に置いたままだ。


 子蟷螂の連続攻撃に押し負けたルシア。

 弾かれてしまった弓が、背後の壁にぶつかった。

 振り向いて、取りに行く余裕は無い。


 ルシアは即座に屈む。

 好機と見て飛び掛る子蟷螂達。

 銃撃音が響き渡った。


 64式7.62mm小銃を手に持ったルシア。

 一体目は至近距離から銃弾を叩き込んだ。

 頭部を粉砕された蟷螂。

 更に銃本体で弾き飛ばす。

 飛び掛ってきた他の子蟷螂達。

 銃本体で攻撃を防ぎ、弾き飛ばす。

 至近距離で、隙を見て弾丸を叩き込んでいった。


「やべぇな。だんだん、捌ききれなくなってきたぜ」


 刃もルシアも致命傷は受けていない。

 しかし、体には複数の切り傷が出来ていた。

 絶命させたと思った子蟷螂の最後の抵抗。


 気付くのが遅すぎた。

 反応出来ないルシア。

 右太腿を斬り裂かれてしまう。

 傷は浅いものの、体勢を一瞬崩す。

 致命的な隙になってしまった。


 衝撃もあり、右側に傾く体。

 そのまま右側に転がれば、攻撃は回避出来た。

 しかしそれは、刃の背中ががら空きになる。

 その事とイコールであった。


 何とか踏ん張り、銃口部分を左に振るルシア。

 しかし、無茶な体勢の為、間に合うはずがない。

 刃は、自身を囲んでいる子蟷螂達。

 その相手をするだけで手一杯だ。


 子蟷螂達の鎌がルシアに届くかと思われた。

 その瞬間、子蟷螂達は吹き飛ばされる。

 ルシアの目と鼻の先を通り過ぎた衝撃。

 彼女は、思わず発生した方向に顔を向ける。


「間一髪だな」


「本当にね」


 智樹と傑が、子蟷螂達を蹴散らして行く。

 二人の体も傷だらけだ。

 しかし、いまだその動きは衰えていない。


「ったく。うちの隊員は馬鹿しかいねぇのかよ?」


「命を捨てて殿を務めるような馬鹿が隊長の部隊だからな」


「刃とルシアにだけ、押し付けるわけにもいかないさ」


 ルシアを中心に、三角を描くような位置取りの三人。


「智樹、傑、背中は預けたぜ。ルシア、当たらなくてもいい。隙を見て銃撃してやれ」


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1991年7月24日(水)PM:15:57 中央区人工迷宮地下二階


「あ、何か急いで戻ってくるようです」


 暇そうな眼差しのトルエシウン。

 彼がぼそりと呟いた。


「何かすっげー慌ててるよー?」


 何処か嬉しそうなシャイニャン。


「んじゃ、誰が行くか決めようぜ」


 ファイクロンは、やる気に満ちている。


「命令違反の許可は頂きましたが、本当にいいのでしょうか?」


 不安そうに俯いているリンダーナ。


「じゃー、じゃんけんだっけ? それで決めるのだー!」


 立ち上がり、シャイニャンは右手を突き出した。


「立つ必要あんのかよ?」


「のりなのだー! 気分なんだー!」


 ぎろりと睨むファイクロンだった。

 だが、シャイニャンはあっけらかんと答える。

 彼女の言葉に、仕方ないという表情。

 徐に立ち上がった三人。


「最初に勝ったら突貫、次に勝ったのが防御するのだー! じゃんけーんぽーんだー!」


 彼女の有無を言わせぬ気迫。

 他の三人も渋々じゃんけんを始めた。

 その第一戦目が彼女の運命を決める。

 笑顔から一点、絶望の表情のシャイニャン。

 彼女がグー、他の三人が全員パーだった。


「何で私だけグーなのだぁぁぁぁ」


 一気にテンションを落としたシャイニャン。

 膝から崩れ落ちる。

 尻すぼみの彼女の言葉に、他の三人は苦笑いだ。


「んまぁ、そうゆう巡り合わせなんだろうよ」


 ファイクロンの言葉にも、彼女は崩れ落ちたままだ。


「まぁ、さっさと決めた方いいと思いますよ」


 トルエシウンの言葉に、再びじゃんけんを再開する三人。

 シャイニャンは、恨めしい眼差しで三人を見ている。

 ぐー、ちょき、ちょき、ぐー、ぱー、ちょき、ちょき。

 示し合わせているわけでもない。

 なのに、三人共同じ手を出し続ける。


 次々と階段から撤退してくる迷宮攻略組。

 彼等を横目に戦いは続いた。

 あいこは通算十三回続いている。


 そして十四回目のじゃんけん。

 再び運命の分かれ道となった。

 ファイクロンはちょき。

 ぐーを出したトルエシウンとリンダーナ。

 二人目の脱落者が決まった瞬間だった。

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