293.動揺-Unrest-

1991年7月27日(土)PM:13:36 中央区精霊学園札幌校北中通


 雨が降りしきる中、一人ゆっくりと歩いている。

 彼はアルバトロス・小倉(オグラ)・バートマウス。

 若干挙動不振になりながら歩を進めている。


「繋がりは感じられるのに、いないってのはどうゆう事だ」


 彼は囁くように呟いた。


「そんなにキョロキョロしてどうしましたか?」


 突然声をかけられた。

 その事に、小倉は最大限警戒。

 ゆっくりと背後を振り向いた。


 雨に濡れた金髪に褐色肌の男が、側に立っている。

 ただの優男のように見えた。

 しかし、小倉は無意識に彼に恐怖を感じている。

 彼自身その恐怖の理由が何なのか皆目検討がつかない。


「な? 何者だ? おまえ?」


「元【紅血混沌(ブラッドケイオス)】のアルバトロス・小倉(オグラ)・バートマウスさん。こんな所で何をされているのでしょうかね?」


「な・なんの話しだ? そもそも手前は何者(ナニモン)だ?」


 明らかに動揺している小倉。


「これは失礼しました。私はシルヴァーニ・オレーシャ・ダイェフ。【神聖闇王朝(イエローズスコタビディナスティア)】所属のしがない親善大使でございます」


「イエローズ・・・アフリカの?」


「左様でございますよ」


 警戒の眼差しの小倉は、じっとシルヴァーニを睨みつける。


「そ・それでその親善大使様が俺に何か?」


 ニヤリと唇を釣り上げるシルヴァーニ。


「はい、もちろんでございます」


 一歩前にでるシルヴァーニ。

 気圧されて、一歩後ろに下がる小倉。


「浅村 有(アサムラ タモツ)」


 シルヴァーニの言葉に、小倉の表情が凍り付いた。


「彼は既に捕縛されており、いろいろと聞かせて頂きました。もちろん誰が彼を眷属にしたのかもね」


 彼の声が耳に入るや否や青褪めた小倉。

 彼は振り返り一目散に駆け出した。

 急いで追い駆ける事もない。

 ゆっくりと歩くシルヴァーニ。


「やれやれ。自分で直接的に手出しが出来ないというのは、こんなにも面倒なのですね。何故こんな融通の利かない内容にしたのやら? 帰ったらせめてもの仕返しに、たっぷりと時間を掛けてからかうとしますか」


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1991年7月27日(土)PM:13:41 中央区精霊学園札幌校北中通


 動揺したまま走る小倉。

 何人かの傘を差している学園の生徒とすれ違う。

 逃げる為の人質とする手もある。

 だが、彼は生徒全ての情報は持っていない。

 なので、強者はわかっても隠れ強者はわからなかった。


 傘に隠れて顔が見えない生徒もいる。

 判断に迷い続ける小倉。

 結局誰にも手を出す事はなかった。


 その中で見慣れぬメイド姿の女性を見つける。

 降りしきる雨の中、黄髪褐色肌で無表情。

 記憶にある限り小倉は彼女を見た事がない。


 そもそもが、学園内でメイド服を着ている。

 小倉はそんな存在を知らない。

 どうするか一瞬躊躇する小倉だった。

 だが、ゆっくりと彼女の直ぐ側をすれ違うように近づく。

 すれ違い、お互いが背中を向けた瞬間に彼女に飛び掛った。


 シルヴァーニの言葉による動揺。

 既に彼は正常な判断が出来なくなっていた。

 すれ違う前の魅了(チャーム)が抵抗(レジスト)されている。

 その事にすら気付かない小倉。


 指先が見事に宙を切った。

 小倉が捕まえようとした女性。

 彼の前、五メートル程離れた所に立ってた。

 回りからみれば、何も無い空中。

 小倉が抱き締めようとしている。

 そんな風にも見えていただろう。


「ヴラド・エレニ・アティスナがあなたの事を話してくれましたよ」


 突如紡がれたメイド姿の女性の言葉。

 それだけで、小倉は自分の愚かさを悟った。

 一目散に、北中通を西側に逃げる。

 その先にはありあベーカリーが存在していた。


「締結された以上、従うしかありません。しかし、自分から手が出せないというのはイライラしますね。この雨では尚更イライラが募ります」


 後ろから歩いてくるシルヴァーニ。

 彼にに聞かせるかのような声量。

 エレーナ・ア・ボボヌは洩らした。


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1991年7月27日(土)PM:13:43 中央区精霊学園札幌校北中通


 既にシルヴァーニの術中に陥っている。

 その事にも気付かない。

 走って逃げる走る小倉。


 見えてきたありあベーカリーの扉。

 乱暴を開けて、飛び込んだ。

 扉にCLOSEの札が掲げられている。日  その事にも気付いていない。


「あらあら、そんなに慌てた顔して。小倉さん、どうしたんですか?」


 いつも通りののんびりとした口調。

 店長のシャルロート・ 愛里星(アリア)・リュステンベーグ。

 店内に愛里星以外、誰もいない。

 その事で、少し冷静さを取り戻した小倉。

 彼は雨でびしょ濡れの状態だ。

 愛里星を訝しげな眼差しで見つめる。


「店長、何故誰もいないのですかね?」


「ちょっと捏ね機ちゃんの調子がおかしいから、一時的にCLOSEにしちゃった。えへ」


「そ・そうですか」


 いつもと違い、微妙にテンションが高い。

 愛里星の違和感に訝しむ小倉。


「ユーナとペリーラは? 休憩に行く時はいたはずが?」


「こんなんだからとりあえず休憩に入ってもらったの」


 確かにCLOSE中ならばそうする。

 店に残っているのが一人だけでも問題はない。

 そう考えた小倉。

 しかし、普通ならば悲しみの感情に陥りそうだ。

 なのに、とてもそう見えない愛里星。

 そのテンションに、彼は心の中で首を傾げた。


「それでは今日はどうするんですか??」


 注意深く愛里星を見ながら、ゆっくりと近づく小倉。

 直ぐ側まで近づいても、逃げる素振りすら見せない彼女。

 小倉は、愛里星の背後に立つ。

 それでも、彼女は小倉に注意を払うような素振りはない。


「今日は休みにしようかなぁ? どうしようかなぁ?」


 独り言の如く囁く愛里星。

 彼女を右手で後ろ手に捻り上げた。

 首筋に左手を添える。

 愛里星は呻き声一つ上げなかった。


「店長には悪いが、人質になって貰います。抵抗すれば命の保障はしませんよ」


 添えられた左手が、瞬間的に動く。

 愛里星の首筋に斜めに赤い線が入る。

 赤い血が静かに垂れた。

 休憩に入っているユーナ・ダンゲロウズ・ロブとペリーラ・ラヴァンドラ。

 二人と遭遇する可能性を考える小倉。


「正面からゆっくり外に出て貰いましょう」


「はーい」


 怯える事も、震える事もない。

 いつも通り、いや微妙にテンションの高い愛里星。

 彼女のその態度に不信感を抱いた小倉。


「何故そんな普通にしてられる? 普通なら普通にしてられないんじゃないのか? それとも、俺が本当に殺すことはないとでも考えてるのか?」


「いえ、そんな事はありませんよ。あなたは本気でしょうね。抵抗したら殺すといった以上、あなたは殺すでしょう」


 予想外の愛里星の反応。

 普通ならば人質に取られている側が感じる恐怖。

 それを何故か、人質を取っている小倉。

 彼が感じ取っていた。

 しかし、既に賽を投げてしまっている。

 その為、小倉に選択肢は一つしかない。


 ありあベーカリーから北中通に出た小倉と愛里星。

 外に布陣しているメンバー。

 小倉は驚き、渋い顔になった。


 彼を動揺させる要因になった二人。

 シルヴァーニはにこやかな顔で金髪を掻き上げた。

 隣で立っている黄髪褐色肌のメイド、エレーナ。

 彼女は不満げな眼差しで小倉を見ている。


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)とファビオ・ベナビデス・クルス。

 二人は呆れた表情で愛里星を見ていた。

 古川とファビオの表情の意味を理解出来ない小倉。

 あいかわらず愛里星はニコニコ笑顔。

 首筋の一筋の赤い線からの出血は止まっていた。


「動けばこの女殺すぞ?」


 小倉がいるありあベーカリー正面口前。

 そこを基準に、左斜め前にはシルヴァーニとペリーラ。

 右斜め前に古川、ファビオという布陣だ。

 更に半円状に、シルヴァーニの部下達が並んでいる。


「シルヴァーニ、人払いはしてるんだったな」


「はい。スペルにておこなっております。なので解除するまで、精通している者でなければ現れないと思います」

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