056.乱打-Pummeling-

1991年6月1日(土)PM:17:51 中央区謎の建物一階


 黒いローブを挟んで、桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は反対側に立っている。

 義彦の体が突如加速して突き進んだ。

 黒いローブとの間合いをつめ、繰り出される拳や蹴り。


 反応する事さえ出来ず、木偶の坊となっている黒いローブ。

 黒いローブは完全に焼けこげている。

 頭には、以前人形達が被っていたのに似通った仮面。


 状況から考えて、放たれた火の玉は、風の壁に弾かれて内側を蹂躙。

 まともに喰らった黒いローブは、防御もままならず炙られた。

 そのダメージで、膝をついていたって考えるのが、妥当な所だろう。


 義彦の暴風のような乱打攻撃に、悠斗は手を出す隙も見出せない。

 よく見ると、義彦の目は赤黒く輝いている様に見えた。

 渾身の力を込めた風を纏った拳が、額に打ち付けられ、吹き飛ばされていく。


 床にバウンドする事もなく減り込んだ。

 床が脆いだけなのか、威力が強烈なのかは言うまでもないだろう。

 死んではいないとは思うが、焼け焦げた黒いローブは動かない。


 仮面の額部分には、ひびがはいっていた。

 衝撃に耐え切れなかったようで、徐々に亀裂が増加していく。

 やがて、仮面そのものが砕けて現れた素顔。

 義彦の隣に既に移動した悠斗。

 二人の視線は自然にその顔に向いた。


 どうやら男性のようで、眼窩が窪んで睡眠不足なのか酷い隈取り。

 こけている頬に、煤けている汚い青髪。

 先が尖っている長い耳が、汚い青髪から見えている。


「随分長く、尖った耳だな」


 そう言った義彦と、全く同じ事を考えていた悠斗。

 呼吸はしているので、一応生きてはいるらしい。

 それでも口や額、体のあちこちからは出血しているようだ。

 おそらく体のあちこちに、痣なども出来ている事だろう。


「三井さん、前から聞きたかったんですけど」


「――なんだ?」


 少し間を置いて答える義彦。

 その瞳からは既に、赤黒い色は消えていた。

 顔は、床に減り込んでいる奴を見ているが、横目で悠斗の顔を見ている。

 その視線に、一瞬言葉を詰まらせた悠斗。


「――――さっきの力って一体?」


 何とか、そう言葉を捻り出して、疑問を投げかけた悠斗。

 視線を下に戻した義彦は、すぐには返答しなかった。

 表情からは、その意図は悠斗にはわからない。


「もしこの力を欲しいと思ったならやめとけ。対価と言う名の業を背負いたくないならな」


 義彦の答えに含まれる意味を読み取れない悠斗。

 彼の言葉を、心の中で何度も反芻する。

 何か対価が必要という事はわかった。

 だが、それ以外の部分の意味がわからない。


 戸惑いながら、深く追求するべきか迷っている。

 しかし、その迷いが、躊躇が、聞くタイミングを逃す事になった。

 階段から三井 龍人(ミツイ タツヒト)が下りてくる。

 その後ろには碧 伊都亜(ヘキ イトア)もいた。

 相模 健一(サガミ ケンイチ)、は相模 健二(サガミ ケンジ)に肩を支えられている。

 呼吸が幾分荒いが、何処か怪我をしたわけではなさそうだ。


「伊都亜さん無事で何より」


 そう言って伊都亜に微笑みかけた悠斗。

 伊都亜は、何も言葉にする事はなかったが、にっこりと笑顔を返す。

 悠斗には、今はそれで充分だった。


「無事終わったみたいだな」


 興味深そうな眼差しの三人。

 龍人、健一、健二は仮面の割れた黒いローブの顔を見ている。

 しばらくして、健一がそう言った。


「そっちもそのようだな」


 義彦が、答えるように言葉を返す。


「さて一旦戻る必要があるが、緑髪とこいつをどうするかだな」


 龍人が、全員の顔を見渡してそう言った。

 その言葉に、それぞれが思案に暮れる。

 最初に提案したのは健一。


「ひと仕事にはなるが、がっちりと手足を拘束した上で、連れてくしかないんじゃないか?」


「まぁそうなるよな。ここに放置するわけにもいかないしな」


 龍人の言葉に異論はないようで、全員が頷く。


「拘束は健二と悠斗が適任だろうな」


 床に減り込んだ元仮面の黒いローブの手を、腰の所で交差させた義彦。

 意図がわからない悠斗は、首を傾げる。

 その疑問を察したのか、義彦は言葉を続けた。


「悠斗自身に装備出来るなら、悠斗の触れている相手にも装備出来ないか?」


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1991年6月1日(土)PM:17:52 中央区謎の建物二階


 健二が読んでいる資料。

 緑髪についての考察と題された部分。

 彼は今、その内容を読んでいる。


 体内の魔力と思われる力を使い、身体能力の向上を行う事が得意。

 身体能力の向上は、攻撃力及び防御力も向上させる。

 上昇範囲は調べる限りは、物理的強度や反応速度等多岐に渡る。


 魔方陣も何もないにも関わらず、どのようにして行っているかは今後の研究課題。

 全体的に、能力スペックそのものが向上されるようだ。

 どの程度まで向上が見込めるかは、結果次第だが思わぬ拾い物だった。

 確か近くに、緑髪の者達が多数住んでいたはずだ。

 その中で、潜在的能力の高そうな子供を実験体にすれば、望ましい実験結果が得られる事だろう。


 緑髪の男の精神を、魔術で破壊した上で、その両腕に私と同じ魔方陣を施した。

 私程ではなくても、それなりの精度で使えるだろう。

 物理的にベクトルを逸らす魔方陣だ。


 幻獣とまで呼ばれたアレが捕獲出来ていなければ、この魔方陣を完成させる事は出来なかっただろう。

 しかしベクトルを逸らすとは言っても、現段階では、逸らす事が出来るエネルギーには限界がある。

 今後の研究の方針としては、ベクトルを完全に反射する事と、反射出来るエネルギー量を無限にする事だ。

 この魔方陣だけでは、あいつ等に勝つ事はおそらく不可能だろう。

 それでも、いつか必ず助ける、だからそれまでは何としても生きていて欲しい。


 記載されている内容に、いくつか気になる点があった。

 しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。

 ベクトルを逸らすってどうゆう事だろうか。


 もともと考えるのが得意ではない健二。

 彼の頭では、どうすればいいのかは一つしか思い浮かばない。

 書いてある通り、限界以上のエネルギーをぶつける方法。

 しかしその限界がどの程度かも不明。

 限界以上のエネルギーをぶつける方法も浮かばなかった。

 健一や龍人なら、何か思い付くかもしれないと考えた健二。


 少し前から静かになっている事に気付いてたはいる。

 だが、考えないようにしていた。

 自分自身の最悪の思考を否定しつつ、扉の側まで移動した。

 覚悟をして開いた扉。

 視界に映った光景に絶句した健二。


 予想すらしない状況になっていた事に唖然。

 何が起きたのか、考える事すらも放棄してしまう。

 静かになった事で、最悪の思考に陥りかけた自分が馬鹿馬鹿しくなっていた。


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1991年6月1日(土)PM:17:54 中央区謎の建物二階


 正気の感じられない緑髪の男と退治する二人。

 岩塊を、連続して射出している男の額に滲む汗。

 どうやら限界が近いようで、徐々に射出速度が遅くなっている。


 もう一人の男は、緑髪の男、吹 颪金(フキ オロシガネ)をじっと見ていた。

 ふと、岩塊を射出している健一に、視線を向ける。

 その表情から、そろそろ限界が近いのだろうと、考えられた。


 左腕を抑えながら、立ち上がってどうするか思案する龍人。

 余りこの力は使いたくないのだが、そんな事を言っている場合でもないな。

 と龍人は考えを改める。

 刹那、彼の瞳が徐々に白っぽい緑色に輝き始めた。


 横目でその様子が目に入った健一。

 颪金が直ぐ目の前にいるにも関わらず、数瞬動きが止まる。

 その健一の状態に気付きつつ、一気に颪金との間合いをつめた龍人。

 動きに気付いた颪金は、目標を健一から龍人に変える。

 しかし、颪金の繰り出した拳は空を切った。


 拳に足に、風を纏う龍人の繰り出す攻撃。

 颪金は反応する事が出来ない。

 両手に施された魔方陣が、ベクトルを逸らす。

 と言っても、それは両手の魔法効果範囲内に当たらなければならない。


 もちろん龍人はそんな事は知らなかった。

 それでも動きから推測する事は出来る。

 防げる限界はあるだろうとは考えていた。

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