057.拘束-Binding-

1991年6月1日(土)PM:17:56 中央区謎の建物二階


 吹 颪金(フキ オロシガネ)の動体視力では、捕捉しきれない速度で繰り出される乱打。

 一際、大きな竜巻を纏った拳が、颪金の顎を下から突き上げた。

 その勢いに、宙を舞う緑髪の男。


 そのまま床に叩きつけられる。

 脳に衝撃を受けながらも、颪金はなんとか立ち上がった。

 しかしそこに、更に巨大になった竜巻の拳が放たれる。


 壁に叩きつけられたところで、竜巻は消滅した。

 三井 龍人(ミツイ タツヒト)が、意図的に消滅させたのだ。

 予想外の龍人の戦闘能力に、呆然としている相模 健一(サガミ ケンイチ)。


「奴を壁に縫い付けてやれ!」


 龍人のその言葉に、健一は思考を現実に戻された。

 減り込んだ壁から崩れ落ちそうな颪金。

 彼の両手両足に刺又(サスマタ)状の石塊を壁に打ち付けて捕縛する。

 颪金は、体中に痣や傷をいくつも作り、白目を向いて気絶していた。


 余りの急展開に、いまだ言葉をかけられずにいる健一。

 ふら付いて、その場に膝をついた。

 疲れた状態では、頭の回転が鈍い。

 何をどうやって声をかけるべきなのか考えがまとまらない。

 その中で一番の疑問は、今の力は一体なんだったのだろうか、という事だった。


「――今のは一体・・・」


 自分で言いながら、健一は何て間抜けな聞き方してるんだろうなと思った。

 窓の側にあった、汚いカーテンを破った龍人。

 颪金の腰に、四苦八苦しながら巻きつけている。

 龍人は、健一の問いに、真面目な表情のまま答えた。

「――余り使いたくは、無い奥の手だな」


 少し躊躇した後に、そう言った龍人の表情は優れない。

 それ以上は言いたくない、という雰囲気を感じる。

 言いたくない理由に、皆目検討はつかない。

 しかし、言葉を続ける事の出来ないままの健一。


 しばらくしてから、ドアが乱暴に開かれる音がした。

 既に普通の瞳に戻っている龍人。

 膝をついている健一がと扉の方を見ると、相模 健二(サガミ ケンジ)が立っていた。

 部屋を見渡し、壁に縫い付けられている颪金を見る。


 その表情は、今視界に入ってきている現実に、呆然としているようだった。

 呆然としている理由は、龍人には何となく予想はついている。

 先程までは劣勢の状態だった。

 だからまさか颪金が倒されるという状況は、考えていなかったのだろう。


「健二、説明は後だ。下の様子が気になる」


 龍人は碧 伊都亜(ヘキ イトア)が寝かされているだろう部屋へ向かう。

 彼女は既に目覚めており、その場に座っていた。

 突然現れた龍人に顔を向ける。


「えっと・・・」


 その表情は、少し怯えているようにも見える。

 龍人の後ろに健一と健二も歩いてきた。

 二人が今どんな表情か龍人にはわからない。


「伊都亜さん、詳しいお話しは後でします」


 伊都亜の前に屈んだ龍人は、彼女に視線を合わせた。


「あなたは確か、市菜さんとお話しをされてた・・・」


 少し震えているようではあるが、思ったよりは落ち着いている。

 泣き出したり、騒いだりしないだけ、たいしたものだな。

 龍人は素直にそう思った。


「はい、そうです。とりあえず皆の所に戻りましょう。立てますか?」


「たぶん・・・はい」


 伊都亜は、少し危なげながらも一人で立ち上がる。

 立ち上がったのを確認した龍人も腰を上げた。

 伊都亜の歩く速度に合わせながら、部屋から出た四人。

 そのまま、階段に向かった。


 壁に縫い付けられた颪金をみた伊都亜。

 蒼白にはなったが、龍人に支えられて倒れる事はなかった。

 健二に肩を借りて歩く健一。

 彼を中心に、事情を伊都亜に説明しつつ、階段を下りて行く。


 一階に近づいても、激しい音が聞こえない。

 静寂が支配している。

 戦いは、既に終了しているようだった。


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1991年6月1日(土)PM:17:56 中央区宮の森


 顎に手を当てて、思考の世界に浸っている近藤 勇実(コンドウ イサミ)。

 裏口の扉の前で立ち尽くしている。

 近藤は、先程の仮面の子とのやり取りを思い出していた。


 藻岩早苗と名乗っていた仮面の子。

 苗字が藻岩で名前が早苗なのか?

 今までのわかっているメンバーは塩辛、薄羽黄、麦藁だったかな。

 名前に、何も共通性が無いと言う事も考えられるか。


 しかし塩辛は食い物だとして他は何だ。

 麦藁は帽子しか思い付かない。

 薄羽黄って、上履きならわかるけどな。


 そんな事を考えながら、扉のノブを回した近藤。

 扉を開けて、中に入っていく。

 歩きながら名前について更に考え続ける。

 いろいろと考えるてみるが、まとまらなかった。


 そうこうしているうちに、大広間が見えてくる。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)や碧 市菜(ヘキ イチナ)達の姿が見えてきた。

 そこで思考を一度打ち切った近藤。

 今後どうするべきか、思考のベクトルを向け直した。


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1991年6月1日(土)PM:17:59 中央区謎の建物一階


「悠斗自身に装備出来るなら、悠斗の触れている相手にも装備出来ないか?」


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)から出された拘束方法。

 今までそんな事を全く考えた事が無かったのだろう。

 なるほどいう感じの表情の桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 交差された耳長の黒いローブの両手。

 そこに右手を添え、肘まで覆っているナックルを変化させていく。


 交差された部分を一周して、覆っていくように完成した即席の手枷。

 両足も右足に装着していたレッグガードを使った。

 同じようにくっ付けて足枷としていく。

 巣穴の側の土を使い、健二が手枷足枷を補強した。


 見張りに健一を残した五人。

 再び二階に上がり、颪金の側に移動した。

 壁に縫い付けられている颪金の刺又(サスマタ)状の岩塊。

 義彦と龍人が短刀のような風の刃を使い斬り壊す。


 一度、床に寝かされた颪金。

 悠斗が左手のナックルガードを使い即席の手枷にした。

 即席の足枷は、左足のレッグガードを使って固定していく。


 その作業をじっと見ている伊都亜。

 一言も言葉を発することはなかった。


 仕上げに、散らばっている岩塊をつかって、健二が補強していく。

 そして拘束が完了した。


 カプセルの中身の事をすっかり忘れている健二。

 何か忘れている気がしながら、龍人の行動を見ている。

 颪金を何も言わず担いだ龍人に、怪訝な表情になった。


「俺の探し人だしな」


 階段をゆっくり下り始めた龍人。

 彼の態度に、何も言わずに従う。


 一階で見張っていた健一の表情。

 先程よりは少しましだが、疲労感は拭えない。


 義彦が耳長の黒いローブを担いだ。

 その行動に、皆言葉に躊躇する。


「こいつが目覚めた時に、即座に殴れる俺が担いだ方がましだろ」


 義彦は、一階から外に通じている壁の穴に歩き出して行く。

 彼の言葉に、全員納得してしまった。

 伊都亜だけが首を傾げている。


 壁の穴を抜けて、森の中に入っていく六人。

 二人が人を担いで進んでいる為、その速度はどうしても遅くなる。

 伊都亜の事を、悠斗が気にしつつ進んで行く。


「ところで、何処に向かっているんだ?」


 健二の言葉に悠斗が答えた。


「緑鬼邸ですね。ほら、今日交流会してるじゃないですか?」


「あぁ、そう言えばそんな話しがあったな」


 そう答えた健二に、健一が言葉を続けた。


「確か場所は宮の森だったな」


「健一さんの言う通りですね」


 獣道とも言い難い所を歩きながら、割と元気そうな健二と悠斗。

 二人とは対照的に、疲労困憊の健一、既に肩で息をし始めている伊都亜。


「という事は・・・げっ・・・もしかして反対側か・・・」


 車を駐車して来た場所。

 謎の建物を挟んで、ほぼ反対側だという事実に思い至った健二。

 一気にその表情が沈んでいく。

 その表情の真意を図りかねた悠斗は首を傾げた。


 悠斗と健二も、進むに連れて言葉数が少なくなっていく。

 それでも歩き続ける六人。

 健一と健二は、龍人と義彦を気にしながら歩く。

 悠斗は伊都亜の手を取り、逸(ハグ)れないように注意しながら歩いた。

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