125.処置-Treatment-

1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区大通公園一丁目


 山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)が操る光り輝く十三本の剣。

 たやすく黒翼竜(ブラックワイバーン)を蹂躙。

 既に大半を無力化していた。


 既に、どれ位の数が墜落。

 命を散らしたのかはわからない。

 それでもいまだに、終わりが無いように黒球から表れる。

 突然その場にいる全員が、謎の魔力の高鳴りを感じた。


「惠理香、まかせて大丈夫?」


「大丈夫よ。いってらっしゃいな」


 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)は、魔力の高鳴りを感じる車に向う。

 自分達がここに来るまでに、乗ってきた車だ。

 あの中には五人の狼化族(ロウカゾク)がいる。


 彼らが何かしようとしてるのかもしれない。

 そう考えた彩耶。

 突然轟音とともに車が四散。


 幸い周囲には民間人はいない。

 いくつかの車のフロントガラスが砕けた。

 破片が突き刺さったりの被害を蒙った程度だ。

 炎上する車、おそらく中にいた五人は無事ではあるまい。


≪水嵐(ウォーターストーム)≫


 車を中心に巻き起こった水の嵐。

 燃え上がる炎を沈下していく。

 完全に炎が消え去った。

 魔力をこめるのを止めた彩耶。


 完全に車は破壊されている。

 中にいたはずの五人の人狼。

 周囲に散らばっている車の破片。

 それらと、区別がつかないような惨状となっていた。


 彼女は唇を噛んでいた。

 思わず黙祷を捧げる。

 再び惠理香達のいる方へ、戻っていった。


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1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区西二十丁目通


 近藤 勇実(コンドウ イサミ)が運転する車。

 研究所に向っていた。

 意識を失っている人狼。

 彼から突然感じた魔力の波動。

 それも二つだ。


「ブリジット、何かわかるかい?」


 驚く様子もない。

 優しく問いかける倉橋 元哉(クラハシ モトチカ)。


「・・・ワカラナイ。ナンデ? ドウシテ?」


 運良く、前にも後にも車はいない。

 ブレーキを踏み、急停車させた近藤。


「車から降りて離れるんだ」


 完全に止まる前に倉橋は車から飛び降りる。

 転がる体を即座に建て直した。

 停車した車の後部ドアを開ける。

 ブリジット・ランバサンドを引っ張り出した。


 彼女が引っ張り出されたのを確認した近藤。

 ドアを開けてその場を離れる。

 備え付けの時計が、十三時になったときに発動した。


 車を四散させた爆発。

 三人を吹き飛ばす。

 周囲の民家の窓ガラスも粉砕。

 近藤が立ち上がり振り替えった。

 そこには燃え盛る車。


「一体何が起きた? 何故あいつだけ?」


 震えて呆然としているブリジット。

 倉橋は彼女を優しく抱きしめている。

 か細く力ないブリジットの声。

 近藤と倉橋の耳を打つ。


「ワタサレタ、チカクカクヘハイレルシルシ、ワタシノハカレニトリアゲラレテイタ、ソレガゲンインカナト・・・」


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1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区大通公園八丁目


 彼女は男性と少女の手当てを行った。

 その後に、二人を寝かせてその側にいる。

 病院へ運びたかった。

 しかし、近くにあった公衆電話から、いくらかけても通じない。


 その為、自身の知識を総動員。

 魔術と医術を駆使して、何とか治療を行なったのだ。

 むろん、たまたま近くにいた民間人にも協力してもらった。

 そのおかげで、二人の一命を取り留めることには成功した。


 そして今にいたる。

 決して安心出来る状態ではない二人。

 一休みした後に、彼女は、二人をとある場所に運ぶつもりだ。


 彼の医療技術は誰しもが認める所。

 彼女自身も、命を救われた事がある。

 そんな時に少女から突然感じる魔力の波動。


 しかし、彼女の意識は今だ戻ってはいない。

 一気に嫌な予感に蝕まれた彼女は、少女の体を弄る。


 そして見つけた魔力の波動の原因。

 何かの鍵を模した魔力爆弾。

 発動した状態でなければ、即座には見抜けないだろう。


 彼女は手に持つ本の、あるページを捲り何事か呟く。

 突如本から現れた赤き炎のような嘴。

 パクリと鍵を飲み込んだ。


 テレビ塔の時間が十三時丁度になる。

 しかし、特に何も起きる事はなかった。


 再び何事か呟いた彼女。

 男と少女が、ゆっくりと運ばれるように動きだした。


 そこには土色の龍が彼女を頭に乗せている。

 その左手に男を、右手には少女を乗せて歩き始めた。


 周囲にいる民間人はもちろん驚いている。

 だが、そんな事もお構いなしだ。

 ゆっくりと歩き続け、そして空へ飛翔した。


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1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区桐原邸一階


 突然感じた魔力の波動。

 三笠原 紫(ミカサワラ ムラサキ)は、窓を開けた。

 縛り上げて庭に放置してた人狼。

 彼を抱えて屋根に飛んだ。


 そこから更にフルパワーで空に飛び上がる。

 余波で屋根が凹んだ。

 その上で人ならざる、ありえない力を振るう。

 魔力の波動の発生源、人狼を真直ぐ上に投げ飛ばした。


 突如空中で爆発した人狼。

 その爆風は、自由落下していた紫を衝撃で吹き飛ばす。

 屋根に叩きつけられ彼女は血を吐いた。

 体勢を整える事もままならないままだ。

 そのまま屋根を転がり庭に落ちる。


 居間にいたミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 突然の紫の謎行動に、唖然としていた。

 開け放たれたままの居間の窓。


 謎の爆音の後に落下してきた紫。

 唖然としていた二人。

 今度は驚愕の表情になる。


 まともに受身も取れずに、打ち付けられた紫。

 しばらく呻いていたが、ふらつきながらも立ち上がった。

 口の端から滴る血。

 思わずミオとマテアは、紫に駆け寄ったのだった。


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1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区豊平川


 突然の魔力の波動に、覚醒した三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 左の手の平が、柔らかいものに触れている。

 その事に気付く。

 思わず揉んでみた。


「・・・コろスぞ?」


 ファーミア・メルトクスルも目覚めているようだ。

 魔力の波動は、彼女の胸元から発生している。


「かラだガうゴかナい。ムねノたニまノあイだニはサめテあル」


 言葉の意味を即座に理解した龍人。

 ファーの胸元に手を突っ込んで何かを掴んだ。

 引き抜いた手に握られている鍵。

 考える間もなく、彼はあらん限りの力で遠くに投げた。


 更にファーをお姫様抱っこしようとする。

 もちろん今の龍人に、そんな力が残されているわけもない。

 爆発した鍵の爆風で、煽られ吹き飛ばされた。

 再び彼はそこで意識を失う。


「よクしナなカっタもノだ。オたガいニ」


 意識を失う前のファーのそんな言葉。

 彼の耳には聞こえていた。


「そレにシてモじブんダけニげレばイいモのヲ。いクらオしエたノはワたシだトはイえ、コろシあイをエんジたアいテをタすケよウとスすルとカ」


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1991年6月10日(月)PM:16:39 中央区特殊能力研究所付属病院三階


 白紙 元魏(シラカミ モトギ)には珍しい日だ。

 医者として、目まぐるしい時間を過ごしていた。

 今も紫藤 薫(シドウ カオル)の処置が終わった所だ。

 彼は既に別室に運ばれている。


 片手を失った浅田 碧(あさだ あお)。

 彼の処置から始まり、龍人とファーミアの二人。

 更に相模 健一(サガミ ケンイチ)と少女。

 間桐 由香(マギリ ユカ)に紫藤。


「こんなに、医師として目まぐるしく動いたのは、いつ以来だろうな」


 特殊な患者を執刀する事はある。

 それでも、一週間に一度あれば多い方だ。

 普段のペースから考えれば、今日一日だけで一ヶ月分以上動いたわけである。


 血だらけの体で、ファーミアが龍人を担いで現れた。

 さすがの元魏も、その光景には驚く。

 姿を見ただけで、敵勢力だとわかった相手。


「こノおトこノちリょウをタのム」


 そう言って、廊下を歩いていた元魏の前に現れたファーミア。

 彼女もその後意識を失った。

 さすがに、他の医師達や看護士達は、彼女の姿に驚愕していた。

 しかし、叫びださなかったのはさすがだ。


 予定外の事態。

 一度退避させた彼女達を呼び戻した元魏。

 若干罪悪感を感じている。

 しかし誰も、文句を言う事もなく働いてくれた。


「今頃、彩耶達はどうしているんだろうか?」

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