281.欲求-Urge-

1991年7月17日(水)PM:13:15 中央区人工迷宮地下二階


「通常兵器は効かないのかしらね? 調べてみたら銅ってモース硬度低いみたいだし」


 有賀 侑子(アリガ ユウコ)の突然の発言。

 それぞれが思考の世界に埋没する。

 最初に言葉を発したのは、村越 武蔓(ムラコシ ムツル)。


「モース硬度は引っかいた時の傷の付き難さなので、ちょっと違う気もするんですけど。でも、通常兵器が効かないと頭から考えていましたが、実際には試してみないとわかりませんよね」


 久遠時 貞克(クオンジ サダカツ)が彼女の言葉に続ける。


「9mmは装弾数の問題もあるが、機関銃や散弾銃系なら使えるかもしれんな。ハチキュウは流石に回して貰うのは無理だろうが」


「一度試してみるとしてよ。有賀三佐よぅ? 効いた場合のその後のプランはあるのか?」


 詰問に近い口調の刀間 刃(トウマ ジン)。


「改まって階級で呼ばれると何かむず痒いわね。でもプランはあるわよ。もちろん試してみてどっちに転んでも問題はないかな? 効かないもしくは効果が薄い場合は、少し時間がかかる事にはなるけど」


「それで具体的にはどうするんです?」


 野流間(ノルマ) ルシアは少し首を傾げた。


「説明してもいいけど、通常兵器が利用可能かでも変わってくるから、まずは後藤陸補に相談してみないとね」


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1991年7月18日(木)PM:15:04 中央区特殊能力研究所五階


「不確定情報である事を念頭に置いた上で聞いて欲しいのですけど」


 目を開けた白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 彼女の言葉に、しばし躊躇した藤原 王華(フジワラ オウカ)。

 藤原 楠季(フジワラ ナビキ)も同じような表情をしている。

 二人は一度、顔を見合わせると頷いた。


「今朝方偶然もたらされた情報なんですが、白石区に【四赤眼の黒狼】が現れたのは知っていますね?」


「ええもちろん」


「あぁ、知ってる」


 彼女の言葉に、即答で答える楠季と王華。


「入手元は個人撮影らしく、身元までは教えては貰えなかったんですけど、白石区に以前お前達家族が助けた刑事がいたのを覚えてます? 彼からの情報です。【四赤眼の黒狼】と戦闘を繰り広げている柚華と柚季らしき少女が撮られていたらしいのです。あなた達二人は刑事へ会いに行ってみては?」


「白石だと?」


 驚きの王華。


「映像そのものは短い時間らしいので。途中でバッテリーが切れたとかで戦闘の途中までしかないそうですけどね」


「もしかしたら私達は見当違いの場所を探していたかもしれないという事?」


 楠季の驚きの言葉。

 しかしすぐには彩耶は答えない。

 言葉を選ぶかのようだ。

 しばらく考えた上で口を開いた。


「そうかもしれないですし。そうじゃないかもしれないですね。私も映像を見たわけではないから」


「俺達でそれを判断しろって事か?」


「そうなるかな。その上でもし柚華と柚季という事であれば、白石の何処かにいる可能性がある。契約そのものはまだ切れていないのですから。切れていないという事は生存しているという事になるでしょ。楽観出来る状況ではない可能性はあるけど、少なくとも戦闘からは生き残ったんだと思うの」


 彩耶の言葉に、微かに希望を見出す二人。


「また絶望を味わう事になるかもしれない。でも現状情報はそれしかないなら、縋るしかないと思う。王華、楠季、行くなら覚悟だけはしておきなさい。吉と出るか凶と出るかはわからないわ。その上で吉と出るようであれば、二人には安定するまでという名目で、白石に派遣させて貰います」


 そこで一度言葉を切った彩耶。

 ゆっくりとコーヒーを一口飲んだ。


「楠季、郵送した分も含めてクリスタルの残数は?」


「あ、はい。三個です」


「そう。映像を確認した後で結果を流子に。私は研究員の半分を学園へ引越しさせる指揮をこの後しなければいけないので。天国の目か地獄の目かは正直私も知るのは怖いの。でも二人はもっと怖いだろうけどね。覚悟が決まったら行きなさい。先方の刑事さんには数日中に伺う可能性があると伝えてあるから」


 彩耶は楠季と王華の反応を待つ事はない。

 コーヒーを一気に飲み干す。

 二人をその場に残して退室していった。


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1991年7月18日(木)PM:15:06 中央区精霊学園札幌校時計塔地下三階


「いいぞ。その調子で続けて」


 ファビオ・ベナビデス・クルスが見ている大画面。

 そこの四隅に表示されている映像。

 まるでテレビ画面のようだ。

 学園の施設の外、別々の場所が流れている。


「だいぶ慣れてきたんじゃないか」


「あ、三井さん、動けるようになったんだね。でも体重そうだ。鬼穂ちゃんが苦笑いだよ」


「吹雪さん、あんな所で何してるんだろ? 散歩かなぁ?」


「虫いっぱい。でもこんなの今まで見た事ない。山の奥にいる虫なのかな?」


「茉祐子ちゃん、買い物帰りなんだろうな。所長の所に行くのかな?」


 聞こえて来る少女達の声。

 彼女達は思い思いに何かしらを呟いている。

 もっともその声は小声だ。


 ファビオも、彼女達が何か言葉を発している。

 それは理解しているが、内容まではわからない。

 ただ、画面上の表示が正常に続けられている。

 その為、注意する事はなかった。


「今日は十五時で終わり。いつも頑張ってるから、後でパフェでも買いに行こうか。もちろん俺の奢りでね」


 彼の言葉に、喜びの余り声が大きくなった。


「わーい、やったー!!」


「ファビオの奢りだー!!」


「嬉しいな。あれ? でもパフェなんて食べれるとこあった?」


「あれじゃないかな? 開店準備中の喫茶店」


 エレメンタリ札幌に行くつもりだったファビオ。

 パフェみたいなのを買うつもりだったのだ。

 開店準備中なのに食べれるわけがない。

 そんな事を思っている。


 駄目元で浅田さんに頼んでみよう。

 そう考え始めていたファビオ。

 突如投げかけられた質問。

 彼は即座に反応出来なかった。


「ファビオー、前から疑問だったんだけど、ここって何で地下の他の部屋と繋がってないの?」


「ん? ツナガッテナイ?」


「確かにここだけ隔離されてるみたーい」


 まったく別の事を考えていた。

 その為、彼女の言葉の意味がわからない。

 ファビオはすぐに斟酌する事が出来なかった。


「あぁ、繋がってないか。ここは学園の心臓部と言ってもいい場所なのはわかるだろ? だから部外者が無闇に入る事がないようにってのが一つ。後は入れる場所が一つしかないってのは、守るべき場所がわかりやすいってのかな。まぁ、これはデメリットもあるからケースバイケースなんだけどね」


「ケースバイケース? 入れ物を入れ物に入れる?」


「えっと。目的によって変わってくるとでも言えばいいのかな?」


「目的の意味を調べてみたら、実現しようとして目指す事柄、行動の狙い、目当てだってー」


「決まった形でやらないで、その時の状況で変えるって言えばいいかな? ここは入る人が限られているから、出入口が一つしかないけど、学校の食堂はたくさんの人が利用するから、出入口が二箇所あるでしょ?」


「うーん? わかんないけど、わかったーかも」


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1991年7月18日(木)PM:17:58 中央区精霊学園札幌校時計塔地下四階


 階段を降り、先に進めば並んでいる鉄格子。

 鉄格子には、物理的施錠。

 更には魔法的施錠が施されている。


 その中は長方形の部屋となっていた。

 簡易ベッドにトイレ。

 そして洗面所が備えられている。


 聞こえてくるのは獣のような唸り声。

 その中に時折混じる別の音がある。

 意味を成しているのか不鮮明な単語が飛び出している。


 警備員らしき男が二人、その中を進んでいく。

 一人はその手に食事を載せたトレーを持っていた。

 彼等は言葉を交わす事ない。

 沈黙のまま、進んでいく。

 そして鉄格子の一つの前で停止した。


「夕食だ」


 配膳用の窓からトレーを差し入れる男。

 彼の視線の先に見えるのは声の主。

 包帯に塗れた緑の髪、褐色の肌の少年が見える。

 目は虚ろで、時折何かを呟いている。

 だが、ほとんどは唸り声を上げているだけだ。


「一時間後に取りに来るからな」


 それだけ言うと二人の男は、その場を後にした。

 男達が去った後、取り残された少年。

 徐にトレーの食事を貪り始める。


「血じゃない・・・三井殺す・・・吹雪は俺・・のもの・・血が欲しい・・・」


 時折、食べながら呟くように言葉を吐き出す。


「おいしい・・血じゃないと駄目だ・・おいしくない・・・許さない・・犯るのは俺・・吸血の快楽・・俺のものだ・・なぜ知ってしまった・・」


 虚ろ過ぎる眼差しは、何処を見ているのかも不鮮明だ。


「あいつが・・・この力で・・・教えてくれなければ・・・銀髪に白い肌・・・心も体も血も俺の俺だけの・・」


 二人の男は気付いていなかった。

 錠剤の入った瓶の存在。

 少年の傷が既に完治している事。

 だが、それだけでは彼は脱獄は出来ない。


 施錠と能力封印の為の魔法陣。

 そこにほんの僅かに生じている綻び。

 こればかりは、知識のない彼等にはわからない事だった。

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