150.朝食-Breakfast-

1991年6月13日(木)PM:16:32 中央区特殊能力研究所付属病院四階六号室


 因子の純度の正確な数字。

 図書館を利用しなければ確認は難しいらしい。

 しかし、図書館が稼動開始するのは、七月一日からだそうだ。


 それでも流子さんの魔術を用いれば、因子持ちかどうかの判断。

 更には種類、またその純度についても、ある程度は判断出来るらしい。

 愛菜が回復すれば、話して構わない。

 そう言われたけど、なんて彼女に話すべきなのか。


 僕が話すべきだ、という事らしい。

 古川所長も元魏さんも、この事については彩耶さんに話した。

 他には誰にも伝えてないそうだ。


「どうしたよ? そんな浮かない顔してさ」


「マサ、いやなんでもないよ」


「何だよ? どう見ても何でもないって顔じゃないぞ。まあ話せない事なら、しょうがないけどな。だけど彼女と逢えた時に、そんなしけた顔してたら駄目だぜ」


「・・・そうだな。マサの言うとおりだ。ありがとう」


「今更何言ってる? 俺達マブだろ」


「そうだね。本当、ありがとな」


-----------------------------------------


1991年6月13日(木)PM:21:34 中央区特殊能力研究所五階


 提出された報告書の山。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)は、一つ一つ目を通して確認している。

 猫の手も借りたい程多忙な状況。

 なのだが、借りるような猫の手も無い。


 人員不足なのは否めなかった。

 だが、怪我人に無理やり仕事をさせるわけにもいかない。

 そんな事を、させたくもなかった。

 その為、毎日遅くまで仕事に明け暮れている。


 彼女ばかりではない。

 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)や近藤 勇実(コンドウ イサミ)達もだ。

 残業して仕事を片付けるように言ったわけではない。


 無理はしないようにとは言った。

 しかし、自分も残っている。

 なので、早めに帰るように強く言う事も出来ない。


 何も言ってない。

 なのに残ってくれている。

 それは正直有難い事であった。

 なので彼女は、ある程度落ち着いたら、皆を労おう。

 そう考えて、何かしようと思っていた。


 突如なる電話のコール音。

 この時間に、直通で掛かってくる電話。

 正直、珍しい事だった。


「はい、特殊能力研究所所長室」


 電話の遣り取りそのものは短時間で終わった。

 受話器を元に戻した古川。

 しかしその表情は、少しだけ安堵した感じを受ける。


「そうか、由香と紫藤もやっと目を覚ましたか。とりあえず、死亡者が出なかったのは良かった」


 心底ほっとした顔。

 彼女はコーヒーを、一口飲んだ。

 再び手元の報告書に視線を戻して、確認作業を続けた。


-----------------------------------------


1991年6月14日(金)AM:6:32 中央区特殊能力研究所五階


 ふと、ソファーの上で目覚めた古川。

 仕事の終わる目処も立たない。

 その為、彼女は結局、所長室に泊まりこんだ。


 彩耶あたりに気付かれれば、後で何か言われそうだ。

 せめて、シャワーでも浴びようかと思った。

 だが、着替えを持ってきてるわけでもない。

 どちらにしても一度、家に帰るしかないなかった。


 自分にタオルケットが掛けられている。

 その事に気付いた。

 ここには、そんなものは常備してない。

 誰かが持ってきてくれたという事だ。


 それはよく見れば、自分の家にあるタオルケットだった。

 何故ここにあるのか疑問に思う古川。

 テーブルに置いてある、手紙に気付く。

 その内容にほころんだ彼女。

 と同時に、申し訳なさで一杯になった。


 おにぃと鬼那ちゃん、鬼湯ちゃんに付き合ってもらって、家から持ってきたよ。

 仕事が忙しいのはわかるけど、ちゃんと睡眠は取らないと駄目なんだからね。

 ご飯もちゃんと食べてるか心配だから、冷蔵庫に朝ご飯いれといたよ。

 美咲姉を心配しているマユより。


 その文面に、ほっこりしてしまった古川。

 ここ数日忙しくて、ほとんどまともに話しもしてない。

 改めて、こんなんじゃ駄目だなと思い直した。


 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)の学校も、事件の影響で現在休校状態だ。

 その為、現在はほとんど、隣の病院で過ごしているそうだ。

 古川は、白紙 元魏(シラカミ モトギ)から、彼女の話しを聞いた。


 率先して、食事の配膳等の雑用。

 自分が出来る事を、手伝っているらしい。


 古川は土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)を護衛につけている。

 なので、茉祐子に、普段通り家で過ごしていい。

 そう伝えてある。


 もしかしたら彼女なりに、古川を助けよう。

 そう考えているのかもしれなかった。


 古川は冷蔵庫から、包みを取り出した。

 茉祐子が持ってきて入れたらしい、朝ご飯だ。

 包みをテーブルに広げる。


 包みに一緒に入っていた箸を握った。

 所長室で一人、もそもそと食べ始める。

 自分の瞳が、少し潤んでいるのを自覚していた。


-----------------------------------------


1991年6月15日(土)AM:7:37 中央区精霊学園札幌校第二学生寮一階


 学生用に存在する、寮の一つに彼は今いる。

 食堂には、食事を楽しみに待ち望んでいる少女が二人。

 とても嬉しそうに、微笑んでいる。


 何故自分が、こんな事をしているのだろう。

 彼は疑問に思っている。

 しかし場所柄、おいそれとは買い物にもいけない。


 厨房の冷蔵庫。

 そこ食材が用意してある。

 食事については、そこの食材を使用してくれ。


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)に言われていた。

 なので、その食材を利用している。

 彼は食事の用意をしていく。


 今までは、自分が食べる為だけだ。

 その為にしか、自炊してこなかった。

 なので、味の保障はしないと伝えてある。

 にも関わらず、二人の少女は、きらきらとした眼差しだった。


 これじゃ護衛じゃなくてお守りだな。

 と、彼はそんな事を考えている。

 手際よくトマトをカットしていった。


 今日の朝ご飯は、簡単カルボナーラとサラダ。

 いや、正確にはカルボナーラモドキとサラダかもしれない。

 生クリームを入れるのは、卵が固まるのを防ぐ。

 その為の、レストランの方法だったらしいからだ。


「何やってんだろうな? 俺」


 自嘲気味に呟いた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 サラダが完成した所で、カルボナーラの調理にうつる。

 既に鍋にお湯を沸かして、沸騰させてあった。

 スパゲティは投入済みで、茹でている途中だ。


「料理は別に、苦に感じないのだけが救いか」


 ボールの中の生卵に、塩胡椒と生クリームを投入。

 適度に掻き混ぜる。

 フライパンでカリカリに焼いたベーコン。

 そこに茹でたパスタを、湯きりした後に投入。

 軽く絡めた後、パスタソースの入ったボールに入れる。

 更に軽く掻き混ぜた後に、三人分の皿に分けいく。

 上から少し胡椒をかけて完成だ。


「後片付けが面倒臭いんだけどな」


 サラダは手ちぎりレタス。

 それにキュウリ、トマトとシンプル。

 さすがにドレッシング類はなかった。

 なので、マヨネーズを添えるだけだ。


 そうして出来上がった料理。

 トレーに乗せて二人に取りに越させた。

 彼は自分の分もトレーに乗せる。

 そして、食堂で待つ二人の所へ辿り着く。


「こんな事になるなんて思いもしなかった。予想の斜め上どころじゃないな」


 護衛という名の、奇妙な共同生活。

 こんな事をする羽目になった義彦。


 図書館の管理者という名称。

 勝手に彼は、もっと年配の人物を想定していた。

 しかし実際に会ってみて、彼は唖然とした。

 年配どころか、見た目だけで言えば年下にしか見えない。


 実際接してみても、本当に管理者なのかと疑問を浮かべている。

 それでも、図書館そのものの価値に関しては、一応理解していた。

 その為、若干、諦めの境地ではあった。

 だが、彼はこの任務を放棄する気にはならないでいる。


 本当おいしそうに食べている二人。

 見ていると、不思議と、悪い気もしていない。

 感覚的に、妹がいるというのは、きっとこんな感じか。

 自分勝手に、感じている部分もあるのだ。


 弟はいても妹がいない彼。

 なので実際には、妹のいる兄の感情はわからない。

 実体験がない故に、想像に妄想を重ねている。

 こんな感じなんだろうと、考える事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る