081.威圧-Coercion-
1991年6月5日(水)PM:20:38 中央区菊水旭山公園通
制服姿の少女。
歩くたびに静かに揺れる長い銀髪。
彼女の髪の色はこの国では珍しい。
陰りを帯びた表情と相まって、誰もが振り返ってしまうだろう。
しかし彼女は、周囲のそのような視線等、眼中にないかのようだ。
昨日も今日も、彼に事情を問うべきかどうか迷い続けた。
結局答えもでないまま目的の場所に向っている。
十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)からの料理指南。
今日は用事があるからと断った。
研究所での授業が終了。
彼と別れるまでに、何度も問いかるチャンスはあった。
しかし結局問いかける事も出来ないまま、ここまで来てしまっている。
自分の不甲斐無さを呪いたくなる。
行動力の無さが忌々しい。
このまま目的の場所にいけば、遠からず彼とも会う事になるだろう。
そうなれば結果的に問われる事になる。
自分からも問う事になるのはわかっていた。
それでも決断を下す事も出来ずに、向っている状態なのだ。
傍目からどう見えてるかは、彼女自身はわからない。
自分自身にいらだっている。
それは間違いない。
結局どうするべきかの判断も出来ぬままだ。
目的の場所、地下鉄中島公園駅一番出入口前。
到着してしまった。
待ち合わせでもしているのだろう。
腕時計を見ている青年や、孫らしき子供と話しをしている年配の人。
自転車に乗ろうとしていたり、立ったまま腕を組んだりしている人もいる。
時計をみると、おもったより早く着いたようだ。
乱雑に並べられている自転車は、あいかわらず凄い数だ。
周囲を一通り見渡して、彼はまだ着てない事を確認する。
彼がこの後到着したとして、何と声をかけるべきなのだろうか?
答えの出る事のなさそうな自問自答。
始めようとした時に、視界に知っている顔が入ってきた。
紺色のストライプのスーツの男。
三井 龍人(ミツイ タツヒト)が一瞬驚いた顔をした。
その後に、自分に近づいて来る。
彼と親しいと言うまでの間柄ではない。
何度か会った事もあるし、会話をした事もあった。
悪い人じゃないと彼女自身思っている。
だが、ここで会うのは予想外所の話しではない。
その彼がわざわざこんな所まで来る。
というのは、誰かとの待ち合わせなのだろうか?
「義彦とでも待ち合わせしているのか?」
側まで来た彼が、微笑ながら発した最初の言葉。
酷く曖昧にしか、銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)は答える事が出来なかった。
その事をどうやら、違うように勘違いしてしまったらしい。
「義彦との待ち合わせじゃないって事かな。そうすると俺という余計な奴に会ってしまったって感じか。大丈夫、義彦には言わないでおくよ」
半分合っているが半分間違っている。
多大なる勘違いをしている龍人。
訂正するべきなのかどうかなのか?
こんな所でも即座に決断する事が出来ない。
自分が恨めしくなる吹雪。
「・・・・・・・・・・・・・義彦兄様も来るはずです。でも私がいる事は知らないと思います」
時間にすればほんの数秒だろう。
とてもとても長い時間迷った気がする吹雪。
何度も口ごもりながら、龍人にそう告げた。
そこからはもう一直線。
昨日の電話の内容を、彼女は勢いのまま伝えてしまった。
彼女の言葉に、頷きながら聞き終えた龍人。
内容を斟酌した彼の顔が、かすかに曇った。
「義彦の話しを聞いてみないとだが、俺達三人を集めたかったって事か? それとも罠に嵌めるつもりって事か?」
独り言とも言える位の声の龍人。
吹雪以外の耳には聞こえていなかっただろう。
何か答えるべきか迷う吹雪。
結局何も言えないでいた。
そこに近づいてくる黒の学ランに、スポーツ刈りの少年。
「吹雪に、龍人が何でここにいる?」
大きな瞳を細めて二人を見ている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
何て答えるべきか?
言うべき事はあるはずなのに、いざとなったら言葉に出せない吹雪。
眉間に皺をよせ、思案をめぐらせていた龍人。
彼の言葉に現実に帰還した。
「もしかしたら、俺達三人がここに呼び出されたのは、偶然じゃないのかもな」
「アラシレマか」
少し険のある声になった義彦。
彼は怒っているのだろうか?
ならば何に怒っているのだろう?
吹雪にはそれがわからなかった。
「呼びましたーかーねー?」
振り向いた義彦と吹雪、龍人の視界に入ってきた男。
相変わらずおかしな伸ばし方をするその言い方。
軽薄そうな顔のあの男だった。
彼は濃いグレーのスーツに身を包んでいる。
やけに鮮やかな赤のネクタイが目立つ。
「アラシレ―」
「俺達を呼び出して罠にでもかけるつもりか?」
義彦の言葉に、被せる様な龍人。
目の前の男に問いかける。
僅かに微笑みながら、やれやれと言った感じのアラシレマ・シスポルエナゼム。
すぐには返答せず、しばしの間が、四人を包んだ。
「罠にかーけて素直にかーかるよーなあなた達ではなーいでしょう?」
「それじゃ、電話で言っていた情報提供ってのはでたらめか?」
「でたらーめーではありーませんよ。その情報は後程伝えると致しまして。三人とも案内しーますのでー。もーちろん着いて来るーもこーないも、あなーた達の自由でーすけどー。そーの場合、こーの周囲にいーる一般の方々がーどーなっても知りまーせんよー。個人的にはそーの方が嬉しーいんでーすけどね。こーこからー見える位の人数なーらばすーぐにでも屍に変えてみーせまーすよー。」
突如アラシレマから放たれる威圧感。
三人の間には、一気に緊張感が走る。
嗜虐的な笑みを浮かべるアラシレマ。
三井兄様が側にいなければ、きっと圧し折れてその場にへたり込んでいた。
吹雪はそんな事を思っている。
それ程にアラシレマの威圧感は凄まじい。
今すぐにでも、この場から逃げ出したくなっている自分に気付く。
微かに震える足をなんとか止めたい。
思うが止める事も出来ない吹雪。
せめて、泣き出しそうな心悟られないようにしよう。
そう思い、平静を装うのが精一杯だった。
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1991年6月5日(水)PM:20:42 中央区特殊能力研究所五階
椅子に座り、一人頭を抱えている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
眉間には皺がよっている。
現在も、発見どころか、消息の手掛かりすら掴めていない女王蟻。
正体不明の、狼の様な生物と鳥の様な生物。
不穏な動きを見せ始めてるらしい防衛省の特殊技術隊。
大老の協力により、増員され人数は増えた。
それでも人手が足りない。
いまだに【ヤミビトノカゲロウ】の目的も、組織規模もわからない。
早急に対処しなければいけない事は、いくつもあった。
黒鬼族(コクキゾク)の派閥の一部とはいえ、協力してくれる。
それは数少ない嬉しいニュースであった。
「万里江と舞花ちゃんに感謝の意味もこめて食事でも奢らないとな」
まとまらなくなった思考に区切りをつけた古川。
椅子から立ち上がり、小さなハンドバックを手に持つ。
電気を消して所長室を後にした。
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1991年6月5日(水)PM:20:50 中央区菊水旭山公園通
一人の男と、睨み合うかのように顔を突き合わせている三人。
その中の一人、銀髪の少女の足は微かに震えている。
彼女の足が震えている事に気付いたのだろう。
眼鏡をかけている少年が、彼女の手に自分の手を重ねて囁いた。
「大丈夫だから」
そう言われただけで、銀髪の少女は勇気を貰ったようだ。
まだ足はほんの微かに震えていた。
しかし、表情に少し余裕が出て来ている。
伏目がちだった顔。
真っ直ぐ前を向いて、酷薄そうな男を見る。
その事を確認したのだろう。
少年も睨み付けるように男を再び見た。
「俺は別に正義の味方でも何でもないからな。正直見知らぬ人間がどうなろうが知った事じゃない。だがこんな所で無駄話しをしているつもりもない。案内してくれるって言うなら着いてくぞ。龍人はどうする?」
「赤の他人がどうなろうがって所は同意だな。これが知り合いならまた話しは違うが。まぁ、折角ここまで来たんだし、手の平で踊ってみる事にしようかね。吹雪ちゃんはどうだい?」
吹雪は龍人の問いかけに即座に答えた。
「私は大丈夫です。義彦兄様、龍人さんと一緒に行きます」
三人の遣り取りを、面白そうに聞いていた。
酷薄そうな表情のアラシレマ。
義彦と龍人の言葉。
薄情者とか人でなしとか聞こえてきそうではある。
しかし、人間なんてそんなもんだと思う人もいるだろう。
誰だって守る順番には優先順位があって当然だ。
彼等二人も、可能ならば守ろうとするだろうと吹雪は考えている。
しかし、アラシレマから感じる威圧感。
それは、彼女が知る中でも常軌を逸していた。
表情からはわからない。
しかし、おそらく義彦も龍人も、同じように感じているはずだ。
そこから導きだされる答え。
もしこの場で対峙すれば、この場にいる人全員を守る。
それは非常に難しいという結論。
「君達って本当面白ーいわ」
アラシレマは、心底嬉しそうに口角を吊り上げていた。
「ほーんじゃ、着いて来なさーい」
今まで威圧してたのが嘘のように、歩き出したアラシレマ。
アラシレマの後を龍人が歩く。
彼の更に後ろを、義彦と吹雪が手を握ったまま二人で歩いてく。
それでも三人は、前を歩いていくアラシレマを、最大限警戒していた。
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