237.弊害-Abuses-

1991年1月1日(火)PM:17:09 手稲区藤村鉄工場一階


≪引圧≫


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)が放った言葉。

 直後、凄まじい勢いで彼女の拳が減り込む。

 だが、実際のところはそうではない。

 彼女の拳は固定されている。

 藤村 畳(フジムラ チョウ)の腹部が減り込んでいるのだ。


≪斥圧≫


 次の瞬間、全く逆のベクトルの力が発生。

 畳が直線に吹き飛んでいく。

 彼はそのまま、壁の穴から外に放り出された。

 収まり始めた雪煙が、再び周囲を覆う。


「がっ、はぁはぁ。間、生きてるか?」


「た・たぶん」


 雪煙の中から聞こえてくる二人の声。


「桁が違うなんて・・・もんじゃねぇ・・レベルどころか・・世界が・・違う・・まじで・・このままじゃ殺される・・」


 そこで、突如二人の声が途切れる。


「所長、雪煙が晴れるまで待つか?」


「あぁ、そうだな。刑事達に頼んで、この周辺は封鎖してもらっている。元々この工場周辺には何もないから、少々派手に暴れても構わない」


「わかっ、うん? 何かするつもりだな」


 古川と三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)を守るようだ。

 展開された黒い炎の壁。

 無数の水の塊や、細かい雪。

 瞬時に気化されていく。


 凄まじい水蒸気の煙。

 周囲を満たしていく。

 二人の視界を覆った。


「逃げるつもりか?」


 古川は、言うが早いか行動する。

 黒い炎の壁を飛び越えた。


「逃がすと思うのかよ」


 黒い炎の壁を消滅させた義彦。

 黒い風を纏う。

 突風のように突き進んだ。


「義彦、お前は酸水の方の黒髪リーゼントをやれ」


「わかった」


 聞こえてきた車のエンジンの音。

 空高く舞い上がった義彦。

 水蒸気を抜ける。

 屋根に穴の開いた乗用車が見えた。


「見つけたぞ」


 車の前方方向目掛ける。

 一直線に急降下する義彦。

 車のすぐ上空まで近づいた。

 フロント部分に竜巻を叩き付ける。


 梃子の原理が発生。

 車の後部を浮き上がらせる。

 着地した義彦の上を飛び越えていった。

 一回転して着地した車。

 そのまま近くの電柱に衝突した。


 助手席から這い出てくる藤村 間(フジムラ ケン)。

 次の瞬間、彼の姿が消えた。

 車の助手席のドアに衝突。

 を引きちぎって飛んでいった。

 少し遠くに見えるスーツ姿の刑事。

 驚いた顔で見ている。


 間の側に着地した義彦。

 更に間の腹部を蹴り上げる。

 血反吐を吐きだした。

 放物線を描いて落下していく間。

 雪が少し積もった氷の上。

 打ち付けられて顔を顰めた。


 遅れて運転席から這い出た畳。

 古川の前蹴りを顎に喰らった。

 鈍い破壊音が響く。

 同時に、車の運転席のドアを巻き込んだ。

 吹き飛ばされる。

 痛みに呻き、呻きによる痛みでまた呻く。

 古川の蹴りが、彼の顎の骨を粉砕していた。


 立ち上がった畳。

 容赦なく拳を突き出す古川。

 水の鎧を左拳に纏め上げた。

 痛みに涙を流しながら迎え撃つ畳。


≪斥散≫


 円状に弾かれていく水の鎧。

 畳の左腕が内側から弾けるかのようだ。

 同時に、皮膚がいくつも断裂した。


≪極斥圧≫


 砲弾の如く、畳は空を飛んでいく。


≪極引圧≫


 古川も彼を追うように空を飛んでいった。

 まるで畳に引き寄せられるかのように宙を舞う。

 古川は義彦の方に一度視線を向ける。

 だが、直ぐに視線を戻した。


 氷の上に打ち付けられた間。

 左手を押さえている。

 力がはいらないようだ。

 だらりと垂れ下がっていた。


 彼は涙と鼻水を流している。

 恐怖の眼差しだ。

 義彦を怯えるように見ていた。

 股間の部分も徐々に濡れ始めている。

 微妙にアンモニア臭が漂っていた。


「くせぇな。洩らしたか」


「ち・近寄るなぁ」


 僅かに頭痛を感じた義彦。


「ちっ。全力の弊害とは言え、怒りに飲み込まれすぎたか。これ以上は俺が暴走しかねないな」


 独り言のように呟いた義彦。

 彼の纏っていた赤黒い霊気。

 まるで何もなかったかのようだ。

 突如、何の前触れもなく消失した。


「あひゃひゃ・・時間・・ぎれ? まだ・・・勝てる見込みあるのかも?」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で溢した間。

 右手を前に構える。

 今までに無い、極大の水の鏃を形成した。

 蓄積したダメージで左膝をついている。

 それでも、形成は止めない。


 横幅十メートル以上の水の鏃。

 義彦に向けて少し斜め上に放たれる。

 そんなわかりきった攻撃。

 簡単に義彦に躱された。

 攻撃対象の義彦に触れる事すらない。


「無駄な事だな。諦めろ」


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1991年1月1日(火)PM:17:16 手稲区北五条手稲通


 形状を留めたまま突き進む水の鏃。

 大きな看板を断ち切る。

 いくつかの電柱も切り裂いた。

 その後しばらく宙を飛翔。

 徐々に消滅していった。


 斜めに切断された看板。

 重力に引かれていく。

 徐々に滑り始めた。


 突如上空を何かが通過。

 その事に気付いた。

 三人は看板の下にいる。

 一人は狐色のダッフルコートの少年。

 他の二人は、彼と丁度すれ違う。

 そのタイミングで看板が落下を開始。


 すれ違った二人。

 一人はツインテール。

 左の眼元に小さな黶がある。

 もう一人は、顎に小さな黶があった。

 彼女はサイドテールにしている。


 赤みのさした黒髪。

 お揃いの赤のダッフルコート。

 マフラーもお揃いだ。


「えっ? 綾姉!?」


 頭上の看板が落下してくる。

 その事に気付いた三人。


「霧香ちゃん!?」


 サイドテールの女性。

 庇う様にツインテールの少女を抱き締める。

 しかし、看板は三人を押し潰す事はなかった。


 雪の中から伸びている巨大な灰色の手。

 その手が、頭上を守ってくれていたからだ。

 膝を付いて、右手を地面に付けている少年。

 両方の拳にはコンクリートが纏わり付いている。


 彼の前方のコンクリート。

 そこから生えている巨大な灰色の手。

 何が起きたのかさっぱりわからない二人。


「咄嗟とは言え、久々だったからな。うまくいって良かった」


 少年の自嘲するような呟き。


「助けてくれてありがとう?」


 半信半疑な呟きが、少年の耳朶を打った。


「ん?」


 少年は声に振り向いて、声の主のツインテールの少女。

 彼女と視線の高さを合わせた。


「大丈夫だったかな? えっと?」


「き・霧香です」


 少し涙目になりながら彼女は答えた。


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1991年1月1日(火)PM:17:22 手稲区北五条手稲通


「くそ、怒りが先走り過ぎて飛ばしすぎた」


 歩道を走る古川。

 極斥圧で吹き飛ばしたまでは良かった。

 だが、極引圧の射程範囲外。

 そこまで飛ばしてしまったのだ。

 その為、おおよその落下地点。

 そこを目指して走っている。


「いっそのこと、また引き戻すという手もあるか?」


 一人呟きながら、雪の中を走る。

 視界の端に映った光景。

 鏃のような形の水の塊が通過していく。


「溶かし斬ったのか? 常識外の酸ってのは厄介だな」


 遠くで、血塗れで倒れている畳。

 落下する看板。

 と盛り上がっていくコンクリート。


 落ちてくる看板を狙おうとしていた古川。

 灰色の巨大な手に形成されていくコンクリート。

 その存在に我が目を疑った。

 看板を受け止める巨大な灰色の手。


 僅かな時間、古川はフリーズしていた。

 畳はその僅かな間に消えている。

 次の瞬間、吹き飛ばされた畳が目に映った。


≪極引圧≫


 驚きながらも、極大の引力で畳を引き戻す。

 不自然に宙を飛ぶ畳。

 ぶつかる直前に魔術を解除。

 潰すように腹部に踵落としを叩き込んだ。


 先程よりも腫れ上がっている様に見える顎。

 歯も何本か欠けているようだ。

 そんな彼の状態に訝しむ古川。


「タフだな」


 ボロボロの状態。

 立ち上がろうとする畳。

 手加減無用の回し蹴り。

 四連撃叩き込んだ古川。


 蓄積したダメージは甚大。

 最後の四連撃により限界を越える。

 吹き飛ばされ、這い蹲った畳。

 涎を垂らし、白目を向いていた。

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