238.連打-Gatling-

1991年1月1日(火)PM:17:16 手稲区藤村鉄工場一階


 いくつかの穴が穿たれている壁。

 横たわる二人の少女。

 四人の制服姿の女性警察官。


 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)と稲済 禮那(イナズミ レナ)。

 二人は毛布で包まれていた。

 女性警察官が優しく抱き締めている。

 担架を持って現れた救急隊員。

 女性警察官の手で、担架に載せられた。


 彼女達は、事前に古川 美咲(フルカワ ミサキ)が手配した。

 前もって指示を出してある。

 藤村 間(フジムラ ケン)と藤村 畳(フジムラ チョウ)。

 二人をこの場から引き剥がした。

 その事を確認した彼女達警察。

 古川の指示通りに行動開始。

 黒恋と禮那を保護したというわけだ。


 彼女達からは少し離れた場所。

 左膝を雪の大地に触れさせている間。

 彼は三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)を睨んでいる。


「ひひひ。躱したな? 何かをぶった切ってると思うぞ。もしその下に人がいたらぺしゃんこだぁ」


「そうゆう事か。俺が躱せば後方に被害がでる。触れるものを溶かす水なら当然と言えば当然だが。お前救いようがない糞だな」


 再び巨大な鏃が形成されていく。

 しかし、義彦は動かない。

 射出された水の鏃。


「ぶったぎれ!!」


 義彦の周囲を舞いだす風と火。

 嵐と炎となっていく。

 水の鏃は、瞬時に水蒸気と化した。


「格の差ってのを思い知れ」


 義彦の左手に起きる変化。

 刀身状に形成された炎の刃。

 刃渡は十メートル以上ある。


 間の左側に振り下ろした。

 それだけで、周囲の雪が蒸発。

 白い煙となって二人の姿を隠す。


 だがそれだけでは済まない。

 間の体に発生する変化。

 高熱でも浴びたかのようだ。

 彼の体の左側が焼け爛れていく。


 痛みにのた打ち回ろうとした間。

 その顔を、義彦の右拳が打ち抜いた。

 一直線に吹き飛ぶ間。

 しかし、大地に口付けする事は適わない。

 吹き飛ぶ間を追い抜かした義彦の回し蹴り。

 進行方向を変えて雪の中に突き刺さる。


 雪煙の中、体中の痛みに叫ぶ間。

 それでも、逃げる方法を考えようとしていた。

 雪を踏みしめる足音に恐怖を抱いている。


「まだ動くのか? 案外タフだな」


 見下ろす義彦と、見上げる間。

 残りの霊力を込めた酸水の刃。

 間はありったけ放った。


 義彦の左手の巨大な炎の拳。

 その一撃に、間は飲み込まれた。

 吹き飛ばされていく。

 炎の拳に焼き焦がされていく間。

 パチンと鳴らした義彦の指の音。

 同時に彼は、火炎地獄から解き放たれた。


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1991年1月1日(火)PM:17:19 手稲区北五条手稲通


「どぎゃぇぇぇ」


 背後から聞こえてきた声。

 驚いて振り向いた少年。

 血塗れになっている男。

 水を体に纏っている。

 拳を振り上げていた。


 状況を理解出来ない。

 驚きの眼差しの二人。

 相手の拳を見ている少年。


 振り下ろされた拳。

 左手で受け止め、弾いた。

 少年が受け止めたと同時。

 男の体を覆っていた水が消え去る。


 その瞬間、男は一瞬動きを止める。

 信じられない光景を見た顔になっていた。

 反射的に右拳を振るった少年。

 即座に左手も攻撃に参加させた。


 わけもわからないままの男。

 少年の拳の乱打を喰らう。

 一回転して勢いをつけた蹴り。

 吹き飛ばされれいった。


 突如、奇妙な角度に男が方向を変更。

 予想外の非常識な動作。

 状況を理解出来ず、唖然とする少年。

 背後からの声に現実に帰還した。


「あ・あのありがとうございます」


 少女を抱き締めているサイドテールの女性。


「綾香と申します。私と霧香を助けて頂きました。命の恩人です。ありがとうございました。お礼をしたいと思うのですが」


「気にしないで下さい。自分の身を守っただけだから。そこにたまたま二人がいただけです」


「でも・・」


「お・お兄ちゃん、せめて名前だけでも教えて?」


「僕? 僕は悠斗だよ」


「ゆーと? ゆーとさん、ありがとう」


「何が起きてるのかさっぱりわからないけど、折角の元旦に面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁願いたいから、僕は失礼します。霧香ちゃんと綾香さんだっけ? 二人も危ないから離れた方いいかもね」


 そそくさとその場を退散する少年。

 十二紋 綾香(ジュウニモン アヤカ)と十二紋 霧香(ジュウニモン キリカ)。

 命の恩人の少年。

 彼が見えなくなる。

 それまで頭を下げて見送っていた。


「面倒ごとに巻き込まれたなんて知れたら、愛菜に何言われるかわからないからな」


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1991年1月1日(火)PM:18:16 手稲区北五条手稲通


「灰色の巨大なコンクリートの手か」


 巨大な灰色のコンクリートの手。

 義彦と古川は、その側に立っていた。

 近くには、一台のパトカーが待機している。

 中には二人の婦警が乗っていた。


「霧香と綾香の話しだと、狐色のダッフルコートの少年が助けてくれたそうだ」


「霧香と綾香? なんで二人がここにいるんだ?」


「龍人との待ち合わせに向かっていたようだ。何でも唯一まともだった分家が近くにあるんだとさ」


「初めて聞いたな」


 灰色の巨大な手に、触れてみた義彦。

 冷たいコンクリートの感触が伝わってくる。


「かなりの末席の分家だったらしいからな」


「その少年も探してみるのか?」


「一応な。面倒ごとには巻き込まれたくないと言ってたそうだけど。その前にまずは手稲区の戦力を何とかしないと」


「それもそうだな」


 厳しい眼差しで、空を見上げる古川。


「禮那と黒恋のところに行こうか」


「あぁ、そうしようか」


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1991年1月7日(月)PM:17:00 中央区特殊能力研究所五階


「コーヒーでいいか?」


「あぁ、くれ」


 コーヒーを二つ入れ始める古川。

 一つは自分の前に、もう一つは相手の前に置いた。

 その後で、彼女はソファに座る。

 反対側のソファには既に義彦が座っていた。


「あの後は柚香の御節にありつけたのか?」


「ん? 一応な。霧香と綾香も龍人が連れてきてな。次の日は、その末席の分家に行く羽目になったしな」


「そうか。それは良かったな」


「いや? 良かったのか?」


 コーヒーをお互い一口飲んだ。


「それで?」


「まずは黒恋と禮那だ。体には何もされてなかった。ただ、着物を水で溶かされただけだったようだ。しかし、精神のダメージはでかい。二人ともお前が死んだと思ってたそうだしな」


「あぁ、それで見舞いに行った時、驚いた眼になった後、二人して抱きついて大泣きしたのか」


「お前が生きていた事が、少しは回復の切っ掛けにはなったそうだがな」


「それで、三日の日に所長直々に同伴までして、俺を連れ出したわけか。そこまでしなくても行くつもりだったのに」


「そうゆうことだな。二人がお前が死んだと思ってる事を知ったのが三日の朝だったからな。早急に対処しないと駄目だと思った。言葉で教えるよりも本人を連れて行った方がいいだろうしな」


 少しだけ俯いた古川。


「禮愛はいまだ意識を取り戻してない。禮那は退院後、祖父祖母と一緒に住む事になった。黒恋は迷ったが、土御門家に預ける。今は一緒にいさせない方がいいと思ってな。黒恋は、守りきれなかった事で、自分をかなり責めているから。もっとも禮那にせよ、黒恋にせよ、しばらくは入院だがな」


「そうか。あいつが悪いわけじゃないのに。後で顔出してくる」


 苦い顔になる義彦。


「あぁ、それでだ。黒恋が退院した後、彼女の霊気補充の為に、お前には時間がある時でいい。毎週日曜日に土御門家に顔を出してくれ。黒恋が逢ってくれるかはわからん。だが、彼女の霊気補充の方法は用意してある」


「わかった」


 真っ直ぐ古川を見た義彦。


「あの二人は、ブラッドシェイクなる筆談で会話する人物の伝で、後天的に霊力を獲得したらしい。更にまだ解析中だが、そいつから貰った錠剤を常飲していたようだ」


 思案顔になる義彦。


「ブラッドシェイク?」


「何者なのかは不明だ。常に仮面で顔は見た事がないらしいからな」


「話しを聞けたって事は、あの二人は死ななかったわけか」


「あぁ、どっちも重症ではあるがな。大老が無理やり吐かせたようだ」


「大老が来てるのか?」


 驚きの表情の義彦。

 思わず反射的に聞いてしまった。


「あぁ、大老だけじゃないぞ。大老直属の部下が三人だろ。それに【銃撃の悪魔】と【女神の剣舞】と、彼らの直属の部下が数人。あわせて十五名だったか? 大老は数日中には戻るが、手稲区が落ち着いて、戦力が整うまでは他は残るそうだ」


「主戦力は新人を回して育成になるんだろうか?」


「そうなるだろうな。即戦力なんて、中々見つからないし。フリーは長く雇われるのを嫌うしな」

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