236.迷子-Stray-

1991年1月1日(火)PM:17:00 手稲区北五条手稲通


 サイレンを鳴らしている。

 過ぎ去っていく六台のパトカー。

 その音に振り返った少年。

 彼は狐色のダッフルコート。

 それに手袋とマフラー姿だ。


「やばいな。碁盤の目じゃない場所でこんなに迷うとは思わなかった。そう言えばこの当たりまで来たことあんまりないもんな」


 少年はトボトボと一人歩く。


「途中で降ろしてもらったのは間違いだったかなぁ? でもそうじゃないとお爺ちゃんは遠回りになるし。帰りに拾ってくれるって言ってくれたけど、そもそも辿り着けるのだろうか? この通り沿いって言ってたけど、住所的には合ってるはずなんだよなぁ」


 一人ぼそぼそと呟きながら歩く少年。


「毎年思うけど、やっぱり雪多いなぁ」


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1991年1月1日(火)PM:17:00 手稲区藤村鉄工場一階


 爪先立ちになっている。

 死んだ魚のような眼差しの二人。

 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)と稲済 禮那(イナズミ レナ)。


 溶けて肌蹴ている着物。

 気持ちの悪い視線が注がれている。

 藤村 間(フジムラ ケン)と藤村 畳(フジムラ チョウ)だ。


 黒恋と禮那は、間と畳みに視姦されている。

 その事に気付く素振りもない。


 黒恋は、左側は肩から脇腹まで肌が見えている。

 右は脇腹から膝まで着物が溶けていた。

 禮那は対照的な形だ。

 右肩から右脇腹まで溶けている着物。

 左側は脇腹から左膝までが露出していた。


 着物は徐々に溶けていく。

 しかし、露出している肌には異常は見られない。

 一切溶けた様子はなかった。


 意識を喪失したわけでもない。

 だが、二人には生気を感じられなかった。

 吊るされるままだ。

 手首より先が痺れ始めている。


「チラリズムって奴だよね」


「そうゆうことだな。間の力がなければ出来ない事だな」


「で、車から落としたのが三井って奴なんだよね?」


「そうみたいだな。後はおそらく古川を殺せば問題はなくなるな」


「義彦だっけ? 死に様見たかったな」


「誰の死に様を見たかったって?」


 突如崩れた天井の一部。

 そこから不意に聞こえてきた声。

 唖然する間と畳。

 しかし、畳は直ぐに平常心に戻る。


 直後、吹き飛ばされた畳。

 彼が視界から消えた事に驚愕した間。

 畳は壁に叩きつけられてた。


 間も次の瞬間には宙を飛んでいた。

 床を転がっていく間。

 何事もなかったように、畳は立ち上がった。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)の起こした風の刃。

 黒恋と禮那を縛り付けている戒め。

 水の蔓を斬り裂いた。


 半裸状態の二人を受け止めた義彦。

 黒恋と禮那を床に静かに寝かせた。

 死んだ魚のような眼差しに、唇を噛む。


 霊力をほぼ失いかけている黒恋。

 彼女の手を握った義彦。

 少しの間、直接自身の闇の霊力を流し込んだ。


 契約は譲渡されている。

 その繋がりからわかる事もあった。

 だからこそ簡単に出来る事だ。


「さて、六十キロ近くの速度で振り落とされ、更に酸水の弾を無数に喰らって、生きている理由を教えてはもらえないものかね?」


「何の為だ?」


 立ち上がった畳。

 憤怒の眼差しで見る義彦。

 転がっていた間。

 彼も立ち上がっていた。


「後学の為かな」


「お前達に、後学のチャンスなんてあると思うのか?」


 押し殺した声の義彦。

 だからこそ、逆に激しく怒っている。  その事が感じられた。


「あると思うけどね?」


「そうか。俺の霊力の一つは風。ぎりぎりではあったが、風の力で叩きつけられるのは回避した」


「しかし、それでは酸水を防いだ理由にはならないと思うけど? 降り注いだのは確かだし」


「こうしたんだよ」


 赤黒い霊気に包まれる義彦。

 まるで、彼の怒りを体言するかのようだ。

 霊気が雷のように迸る。

 瞳も赤黒く変化していた。

 まるで燃えているようだ。


「それが何?」


 間から放たれる酸水の八つの鎗。

 義彦が奮った左手。

 そこ放たれた黒い炎が飲み込む。

 瞬時に蒸発し、消失した。


「え? そんな馬鹿な?」


 驚きの眼差しの間。


「お前ら、大事な二人の妹分を辱め、その両親を手に掛けたんだ。楽に死ねると思うなよ」


 更に膨れ上がる義彦の霊気。

 圧倒的な力の差。

 無意識に後ずさりする畳と間。

 畳と間の表情が引き攣り始める。

 二人は自分の体に、水の膜を展開。

 まるで全身甲冑のようだ。


「お前にこの防御は敗れまい」


 次の瞬間、吹き飛んでいた畳。

 目の前に飛んで来た義彦。

 彼に蹴り上げられたのだ。


 更に下からの義彦の蹴りが彼を襲う。

 天井に叩きつけられた畳。

 血反吐を吐いた。

 余りに一瞬の出来事。

 動く事すら出来ない間。


 気付けば間も宙を舞っている。

 コンクリートの壁を突き破った。

 そのまま雪山に突っ込んでいる。

 畳も受身を取る事も出来ない。

 床にしたたかに打ち付けられた。


 それでも何とか立ち上がった畳。

 纏っている水の鎧はそのままだ。

 拳だけ更に集中させてで殴りかかる。

 殴り合いを展開する二人。

 しかし、力の差は歴然だった。


 悉く攻撃を防御され、逸らされる畳。

 合間に義彦から繰り出される攻撃。

 徐々に水の鎧が剥ぎ取られていく。


 一切畳本体にはダメージを与えない義彦。

 逆にいとも容易く剥ぎ取られる鎧。

 いつでもお前を殺せる。

 その事を暗示しているようだ。

 徐々に恐怖に支配されていく畳。


「化け物か?」


 畳が義彦と距離と取った。

 直後、義彦を襲った分厚いの水の壁。

 義彦の右手に纏わりついている黒い炎。

 一気に膨れ上がる。

 水の壁を、一瞬で蒸発させた。


「嘘だろ?」


 恐怖と驚きに口を開いたままの間。

 彼は完全に呆けていた。

 彼の目の前に来た義彦。

 黒炎を纏った拳の乱打。

 水の鎧が成す術も無い。

 あっさりと剥ぎ取られていく。


 畳に比べて頭の回転が悪い間。

 剥ぎ取られていく水の鎧を補充。

 並行作業で水の鎗を繰り出す。

 しかし悉く蒸発していく。


「有り得ない。そんな馬鹿な事?」


 至近距離から放つ酸水の鎗。

 一顧だにもしない義彦。

 だんだんと殺そうと思えば簡単に殺される。

 その現実を理解していく間。

 彼の瞳が変化していった。

 徐々に恐怖の眼差しになっていく。

 恐怖で膝を折りそうになった。


 水の鎧を纏ったままの畳。

 義彦の背後から殴りかかる。

 水で拳を巨大化させていた。


 だが、義彦に到達する事はない。

 二人の間に現れた人物。

 彼女に止められ、弾かれた。


 畳の巨大化させた拳。

 何でもないかのように右手で受け止た。

 そして、弾いたのは古川 美咲(フルカワ ミサキ)。


「禮那と黒恋は?」


「一応怪我は無いようだ。精神的にはわからん」


 義彦の言葉に激昂した表情の古川。


「なるほど。死にたくなるような恐怖を刻み付けるわけか。保護の手配はしてある。ここから引き剥がすぞ」


 間の水の鎧を剥ぎ取っている義彦。

 その光景を見た古川の言葉だ。


「まさか? 古川」


「そのまさかだよ」


 古川の左拳が唸りを上げた。

 畳の腹部を襲う。

 水の壁と衝突。

 その寸前、古川が囁いた。


≪斥圧≫


 拳がぶつかるべき場所。

 水の鎧を基点に、円状に弾けた。

 水の鎧を失った腹部。

 古川の左拳をまともに喰らった畳。

 がたいのよい体の彼。

 宙を直線に飛んでいく。


 壁に叩きつけられた畳。

 目の前へ来ていた古川。

 両の拳の乱打が炸裂する。


 義彦と同じような事を始めた。

 水の鎧だけを弾けさせていく。

 畳は反撃する間もない。

 水の鎧の再形成に没頭する。

 それしかできなかった。

 剥ぎ取られる速度が尋常ではない。

 攻撃に意識を向ける余裕はなかった。


「義彦と同じように、私も貴様らを許さん。楽に死ねると思うなよ!」


 底冷えのする低い、憎悪の篭った声。

 至近距離でその声を聞いた畳。

 それだけで、泣きそうになった。


 反撃する余裕もない。

 水の鎧を形成し続ける。

 その事に取り付かれている間と畳。


 水の鎧さえ形成し続ければいい。

 鎧がある限り本体は攻撃されないだろう。

 そんな勝手な安心感もあった。


 勝手な安心感。

 そんなものは、所詮幻想。

 涙を流し始めている間。

 恐怖に打ち震え始めている。

 彼の体が宙に持ち上がった。


 義彦の黒い炎を纏った前蹴り。

 彼の水の鎧を蒸発させ剥ぎ取った。

 その後、そのまま顎を打ち抜いたのだ。

 更に突如巻き起こった突風。

 天井まで持ち上げられる間。


 同時に飛び上がる義彦。

 空中で、彼の体を横薙ぎで蹴りぬいた。

 まるでサッカーボールを蹴るかのような感覚。

 人間ジャンピングボレーシュートだ。


 畳の横を通り過ぎていく。

 コンクリートの壁の一角を破壊。

 雪山に頭から突っ込んでいった。

 周囲に雪煙を撒き散らしていく。

 凄まじい雪煙が周囲を覆っている。


 一瞬、間に視線を奪われた畳。

 彼は反応する余裕もない。

 古川の拳が、彼の腹部にめり込んだ。

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