183.狼狽-Dismay-

1991年7月4日(木)AM:7:34 中央区精霊学園札幌校第三学生寮一階


 テーブルを挟んで対面で、朝食を取っている二人。

 一人は目元にかかる黒髪で、後ろを刈上げている少年。

 もう一人は、きれいな黒髪。

 一つ一つが非常に細い、八つのテールにしている少女。

 二人は不思議な刺繍の施された、着物のような服装だ。


「濡威兄、重霧君は?」


「起こしても起きないから置いてきたわ」


「酷いな? 同居人でしょう?」


「伊都亜ちゃんが、今頃起こしにいってるんじゃないか?」


 そう言った少年、地樹鎖爾 濡威(チキサニ ヌイ)。

 スライスされたゆで卵を一切れ、口に入れた。


「伊都亜ちゃんに会ったの?」


 ゆで卵を飲み込んだ後に答えた濡威。


「あぁ、澪唖が来るちょっと前かな? 重霧が起きないって報告したら、何も言わずに起しにいってしまったんだわ。そうゆう澪唖こそ、煉瓦ちゃんはどうした?」


「お風呂から中々出て来ないから、先に来ちゃった」


「人の事言えるのか?」


「私はちゃんと先に行く旨伝えてあるもん」


 地樹鎖爾 澪唖(チキサニ レア)。

 少し拗ねたような顔になりながら答えた。

 彼女の表情に苦笑する濡威。


「そうか。あぁ、そうだ。昨日三井・・さんが大怪我したらしいぞ」


「えぇ? なんで?」


「詳しい話しは知らんよ。昨日は第四研究所の医務室にいたらしいけどな」


「うそぅ? 後で見舞いに行かないとだね」


「俺は行かないぞ」


「えぇ? 何でぇ?」


「ついでにもう一つ情報をやろうか。桐原 悠斗(キリハラ ユウト)が昨日から三井を手伝ってるらしい」


「呼び捨てにしちゃ駄目だよぅ? でも、そうなんだ? それじゃ、桐原君にも会えるかもしれないかなぁ?」


「さあな? 会えるといいな」


「濡威君、澪唖ちゃん、おはようございます」


 朝食を食べている二人。

 挨拶してきた少女。

 向日葵色のストレートヘア。

 VとIの描かれたヘアピンをしている幼女。


 彼女の背後には、赤褐色の髪のポニーテールの少女。

 赤褐色の垂れ耳をパタパタさせている。


「おはようございます」


 二人は、挨拶をした後、移動する。

 別のテーブルで朝食を食べ始めた。


「別のテーブルで食べるなら、態々挨拶に来なくてもいいだろうに。律儀というか何というか? フィーアは無表情なのがちょっとあれだけど」


「いいじゃないの。でも義彦君と会った時はそんな事もなかったみたいだよ? 鬼那ちゃんが言ってた」


「そっか、別にいいけどよ。俺等と話す時も別に無表情じゃなくてもいいじゃないかよ」


「あ? 寂しいの? 寂しいんでしょ?」


「何言ってやがる? んなわけあるかよ」


 ぷいと顔を逸らした濡威。

 しかし、その行動は薮蛇になってしまった。


「やっぱ寂しいんだ? 顔を逸らすあたりが素直じゃないよぅ?」


 反論する事を諦めた濡威。

 先に食べ終わったので、席を立つ。


「濡威兄、逃げるのぅ?」


 しかし、彼女の言葉に、彼は振り向く事はなかった。


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1991年7月4日(木)AM:7:42 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階


「私、嫌われてるのかなぁ?」


 一人、呟くように囁いた幼女。

 ZとWの文字の描かれたヘアピンをしている。

 髪は向日葵色のストレートヘアだ。

 同じテーブルにいる土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。

 一緒に朝食を食べている。


「嫌われている?」


「ん? ごめん。聞こえてた?」


「はい、確か同室は黒恋ちゃんでしたね」


「うん、あ、知ってるんだっけ?」


「はい、ここに来るまでは一緒に住んでましたから。あの人はもともと口数も少なく、淡白な感じなのです。だらかもしツヴァイちゃんが、それで嫌われていると感じているならば、思い過ごしであると進言しますにゃん」


「にゃんってどうしたの?」


 少しだけ笑ったリアツヴァイ・ヴォン・レーヴェンガルト。


「可愛いかなと思いまして。でも少し恥ずかしいですね」


 ほんのりと顔を赤らめた鬼威。


「ちょっとだけ新鮮かもしれない」


「鬼那や鬼穂の前では絶対出来ません。今日は別のテーブルだから出来る事でした」


「そうなの?」


「いる時にやると、それをネタにしばらくいじられそうです」


「そうなんだ? 皆仲良しさんだよね」


「そうなのです?」


「鬼那ちゃん以外は、学園始まってから知り合ったけど、凄い仲良しに見えるよ」


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1991年7月4日(木)AM:7:47 中央区精霊学園札幌校中等部一階


「立候補者増えたんだね」


 薄緑のボードを見ている少女。

 そう口にしたのは、白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 すぐ後ろには白紙 伽耶(シラカミ カヤ)もいる。


「へぇ? えっと立候補者アイラ・セシル・ブリザードに、推薦者エレアノーラ・ティッタリントン? 誰?」


「誰だろう? 上級生なんじゃない?」


「そっか。沙耶も立候補してみる?」


「しません。中等部の代表挨拶をした伽耶こそ立候補したら?」


「いやだよ。あれだって古川所長に頼まれたから、渋々だったし」


「その割にはノリノリで話してた気もしたけど?」


「えぇ? そんな事・・あったかも・・」


「推薦しましょうか? 伽耶お姉様」


 からかうように、そう言葉にした沙耶。

 対して伽耶は心底嫌そうな表情になった。


「沙耶、お願いだからやめてよね」


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1991年7月4日(木)AM:7:48 中央区精霊学園札幌校小等部五階


 一人教室で椅子に座っているのは陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 こんなにも早く教室に来ているのは彼女位だろう。

 彼女は少しだけ、悲しそうな瞳で窓の外を見ている。


「わあ、陸霊刀さんだっけ? はやいね」


 声のした方を振り向いた黒恋。

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)が立っていた。


「竹原・・・茉祐子だっけ?」


「うん、竹原でも、茉祐子でも、呼びやすい方でどうぞ。何か悲しそうな瞳してる?」


 自分の席に座った茉祐子。

 彼女の的を得た反応。

 咄嗟に反論すべきか迷った黒恋。


「――してない」


「えぇ? そうかな? してるよ。話ししたい人と話せてない感じがする。私もおにぃと話ししたいな」


「おにぃ?」


「な・何でもないよ。陸霊刀さんも話せるといいね」


 余りにも図星の言葉。

 彼女は結局反論を言う事が出来なかった。


「――黒恋でいい」


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1991年7月4日(木)PM:12:52 中央区精霊学園札幌校中等部二階


 食堂で昼食を取っている中等部の生徒達。

 四人もその中のテーブルの一つにいた。


「三井さんの言ってた、ゆーと君に逢わせたい人って誰だろうね?」


「誰って聞かれてもなぁ? さっぱり見当がつかないんだよね」


 食事をしながら会話をしている四人。

 中里 愛菜(ナカサト マナ)の何気ない問い。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)は思っているまま答えた。

 何故かにやけている河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 沢谷 有紀(サワヤ ユキ)は、首を傾げていた。


「お前、一部の鬼人族(キジンゾク)? では有名人みたいだからなぁ? 案外初対面の相手かもよ?」


「鬼人族(キジンゾク)の一派のお嬢様を助けた事もあるみたいだし、そっち関連だったりしてね?」


「あの時は怪我して入院したし、大変だったんだから」


 少し拗ねたような声の愛菜。


「何で二人が知ってるんだ?」


「私はマサから聞いたのよ」


「俺は親父からだな」


「助けたって言っても、俺と三井さん、吹雪さん、それと、伽耶さんと沙耶さんの母親の彩耶さんの、四人で協力したわけだし」


「でも一番強いボス的な人は、悠斗君が倒したって聞いてるよ?」


「悠斗君が一番の功労賞だって言ってたよね?」


 隣のテーブルの伽耶と沙耶。

 二人もも話しに割り込んできた。


「悠斗さんも凄い強いんですね」


 伽耶と沙耶と同じテーブルにいる土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)。

 まるで英雄でも見るかのようだ。

 目を輝かせて悠斗を見つめていた。


「いやいや、乙夏さん、そんな強くないって。義彦に勝てないのは当然として、吹雪さんや伽耶さん、沙耶さんにだって勝てる気しないよ」


「私こそ、桐原君に勝てる気しないから。彼は凄く強いんだよ」


 乙夏の隣の銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 彼とは間逆の事を述べる。

 追従するように頷く伽耶と沙耶。

 そして、その言葉を真に受けて信じている乙夏。


「ゆーと君は、私も強いと思うな」


 この場での強いの意味合い。

 若干勘違いしている愛菜。

 しかし、彼女達の言葉に、突っ込む気も失せた悠斗。

 訂正する事を諦めた。


 そこにたまたま側を通りかかる黒金 佐昂(クロガネ サア)。

 黒金 沙惟(クロガネ サイ)と黒金 早兎(クロガネ サウ)も一緒だ。

 義彦の伝言を、悠斗に伝えたのは佐昂だった。


「丁度いい所に佐昂ちゃんだ」


「はい? 何でしょう?」


「義彦からの伝言だけどさ。僕に会いたい人が誰かは知らないのかな?」


「残念ながら、そこまでは教えてもらってませんでした」


「悠斗さん、モテモテですね」


「こら、早兎も余計な事言わない。そうじゃないかもしれないですし」


 何気ない彼女の言葉。

 それぞれの妄想を膨らませ始めた女性陣。

 中でも、愛菜は明らかに狼狽している素振りだった。

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