145.浴衣-Robe-

1991年6月11日(火)AM:10:12 中央区特殊能力研究所五階


 眠そうな古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 窓際に立ち、外を眺めている。

 ソファーに座っている白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 眠そうな彼女も眠そうだ。


 床に直に正座させられている男。

 ソファーに座る事は許されていない。

 彼の側にいる三体の蜘蛛。

 おろおろと動き回っている。


「さて、一条河原、何故、正座させられているかわかるか?」


 詰問調の古川の質問。

 しばし思案にくれる一条河原 鎮(イチジョウガワラ マモル)。

 しかし彼には、思い当たる節が浮かばなかった。


「さっぱりわかりません」


 その言葉に一瞬、青筋を立てた古川。


「そうか。わからないか。それじゃあ、アンジェラ、カロリーナ、リオネッラ、鎮の背後に移動した上で、人の姿になってくれ」


 まるで、彼女の言葉を理解しているかのようだ。

 鎮の背後に移動した上で、姿を変えた三人。

 蜘蛛型から、徐々に人型に変化していく。


 三人とも、全面シースルーの浴衣。

 アンジェラは赤と白を基調としたもの。

 青と白を基調とした浴衣は、カロリーナ。

 リオネッラは黄と白を基調とした色合いだ。


 ただ、シースルーなのだ。

 半透明になっている浴衣。

 三人の慎ましい胸などが、透けて見えている。


「アンジェラの話しでは、彼女等が着ているシースルーの浴衣は、お前お手製らしいがそうか?」


「え? はい、そうですよ。彼女達への愛情を込めました」


 悪びれる事もなく、のたまった鎮。

 そのうち、古川の血管が切れそうだ。


「浴衣を着せる事は別にいいと思う。三人にも似合ってると思うしな。だがしかしだ。何故、シースルーなんだ? 支障がなければどんな服装でもいいとは思う。だが、彼女達の服装は、支障がない服装だとはとても思えないのだが? 本人達にとっても回りにとっても。そこの所どう考えているのか一応弁明を聞こうか?」


 畳み掛けるように、詰め寄る古川。


「彼女達は式神になって日が浅いし、今回の事が実質、初仕事だったはずよね? それまでの間、ある程度の一般常識を教えてるはずなんだけど、そこの所も聞きたいかな?」


 古川の詰問とは対照的に、優しい声音の彩耶。

 しかしその声音とは裏腹に彼女の目は笑ってはいなかった。


「弁明はありません。ただ目の保養になるかと・・」


 しかし、鎮はその後の言葉を、続ける事が出来なかった。

 二人の女性から放たれる、殺気を通り越した殺意。


「短くない付き合いだし、おまえの趣味はわかっていた。だが、ここまで愚か者だとは思わなかった」


 にじり寄る古川。

 鎮は、今にも逃げ出したい衝動に駆られる。

 しかし、正座により足は痺れていた。


 アンジャラ、カロリーナ、リオネッラの三人。

 古川と彩耶に恐怖を感じ、竦んでいた。

 それでも自分を叱咤しながら、鎮を守るように立ちはだかる。

 何をするのかと見ていると、突如、土下座した。


「兄様、許して」


「お・お願いします」


「何かミスしたなら、私達にも責任あるはずです」


 三人は勘違いしていた。

 しかし人間としての慎みなど、常識を知らない彼女達。

 鎮が攻め立てられている、その理由がわからない。

 なので、当然といえば当然の反応だ。


「お前たち三人には罪はない。別に仕事でミスしたとかじゃないからな。そこだけは、理解して欲しい所だが、今のままじゃ無理だよな。アンジェラ、カロリーナ、リオネッラはまだ、話しがあるからな。このままここに残れ。鎮、こんな阿呆な理由で、叱責する事になるなんてな。処遇は後で伝える」


 反転した古川は、受話器を取り内線をかけた。


「霙はいるか? あぁそうだ。所長室に」


 しばらくして、所長室に現れた無表情な女性。

 まるで虫でも見るかのような眼差しで、鎮を見た。


「第一研究室副室長、出頭いたしました」


「霙、突然悪いな」


「いえ、この変態が何かし・・」


 そこで、彼女達三人の服装を見て、硬直した一条河原 霙(イチジョウガワラ ミゾレ)。

 普段無表情で感情を見せる事のない顔。

 突然豹変、憤怒の顔へと変わる。


 その後、彼女の取った行動。

 予想外すぎて、誰も反応出来ない。

 鎮の頭部へ、容赦の無い回し蹴りが叩き込まれた。


「この変態が、何してくれてん? そんなに一条河原家を破滅させたいんか? この虫けら」  放たれた回し蹴りは、鎮の額にクリーンヒット。

 古川も彩耶も、彼女が兄を嫌悪している事は知っている。

 だが、その反応は、予想の範疇を大きく逸脱していた。

 まさか何の躊躇もなしに、回し蹴りをするとは思いもしない。

 後頭部を床に打ち付けて、白目を向く鎮。


「み・霙やりすぎだろ」


「はっ? も・申し訳ありません」


 怒りの形相から一転。

 恥辱の表情になった霙。


 その後、白紙 元魏(シラカミ モトギ)が呼び出さた。

 しかし、状況が状況だ。

 変わりに、釉雅 友香(ユウガ トモカ)と浅木 姫香(アサギ ヒメカ)が来室。

 意識を喪失した鎮。

 彼の手当てをする事となった。


 そして、鎮は数日の安静と、室長としての全権限の一時停止。

 霙は、鎮が社会的に、問題のあるような行動を起さないように監視。

 更に、鎮の室長としての全権限の、一時譲渡が言い渡された。

 鎮が友香と姫香に運びだされ、女性だけになった所長室。


「所長、それで、彼女達の服装はどうされるのですか?」


「本人達が、服を変えるのを拒否している以上は、隠れるようにするしかないだろうな? 彩耶、霙、何かいい案はないか?」


「案ならあります」


 古川の質問に、霙が即座に答えた。


「どんな案だ霙」


「あの変態が縫ったというのならば、彼女達の服の素材は、彼女達の魔力を通した蜘蛛糸のはずです。ならば、必要な所は見えないようにすれば、いいのではないでしょうか?」


「浴衣とか着物については良く知らないが、かわいいのはかわいいからな」


「私も美咲と同じ意見かな。必要な所さえ隠れれば、それで問題は無くなるんじゃない?」


 彩耶の言葉に霙も首肯した。


「問題は誰が手を加えるかだよな。悪いが私には、そんな知識も技術もないぞ」


「美咲!? 勝ち誇って言う事じゃないでしょ」


「それは私がやります。元々、そうゆうの嫌いじゃありませんので」


「そうなのか。それじゃよろしく頼む」


 そこで古川は、蜘蛛娘三人に紙袋を渡した。


「霙が手直しするまでは、悪いがそれを着ていてくれ。好みに合うかどうかは、わからないけどな」


 その言葉に素直に従い、着替えはじめる三人。

 アンジェラがおずおずと口を開いた。


「兄様は? 大丈夫なのですか?」


「脳震盪らしいからな。数日安静にすれば問題ないと思うぞ」


 その言葉に、アンジェラを含む蜘蛛娘三人。

 安堵の表情になり、再び着替えを続行した。


 古川が渡したのは、ノーマルなワンピースと下着。

 胸のサイズはわからない事もあり、スポーツブラが用意されていた。


 着替えが終わったアンジェラ、カロリーナ、リオネッラ。

 霙の頼みにより、三人は、指先から糸を編み出し束ねていく。

 ある程度の量になり、霙が声をかけて止めるまで続いた。

 編み出された糸は、古川が用意したビニール袋に入れられ、霙に手渡される。


「さて、後は、三人に常識を教える指導係についてだが、候補が十一時に来るはずだから、それまで三人は、ソファーにでも座って休んでいてくれ」


「・・・はい」


 少しだけ、落ち着かない様子の三人。

 だが、アンジェラが代表してそう答えた。


「それでは私は、なるべくはやめに手直しをしますね」


「頼む。仕事の合間で構わないから。無理して急がなくてもいいぞ」


「はい、それでは失礼します」


 そうして霙が、所長室を後にした。

 彼女がいなくなり、残った五人。

 古川と彩耶は、アンジェラ、カロリーナ、リオネッラと会話を始めた。


「一つ聞きたいのだが、鎮を兄様と呼ぶのは、何かあるのか?」


 気になっていた事を聞いた古川。

 三人を代表して、カロリーナが口を開く。


「そう呼んで欲しいと兄様が」


「やはりそうか」


 その後は、三人の気持ちを考慮したのだろう。

 他愛の無い、世間話が続いた。

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