160.伝言-Verbal-

1991年6月17日(月)AM:10:23 中央区特殊能力研究所五階


「美咲、いる?」


 ドアを開けるなり、そう言ったのは白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)は一瞬、きょとんとした。


「ん? どうした? 随分早いけど、今日は昼からじゃなかったか?」


「そうなんだけどね。報告したい事があったから」


 そう言うと、彩耶はコーヒーを入れ始めた。


「美咲も飲む?」


 古川に視線を向けた彩耶。


「あぁ、お願いする」


 古川は、既にいれてあったコーヒーを飲み干した。

 コーヒーカップを彩耶に渡す。

 受け取った彼女。

 自分の分と一緒にコーヒーを入れ始める。


 二人分のコーヒーを入れ終わった彩耶。

 古川にコーヒーカップを渡し、自分はソファに座った。

 コーヒーカップを受け取った古川。

 一口飲んだ後に、彩耶を見た。


「それで、報告と言うのは?」


   彼女の質問に答えるように、口を開く彩耶。


「三井君からの伝言かな?」


「義彦から? 学園で何かあったのか?」


「うーん? 今の所は何もないけど、これからあるかもね?」


 微妙な言い回しの彩耶。

 思わず首を傾げた古川。


「これから?」


「そう、これから」


 古川は、顎に手を当てて、眉間に皺を寄せる。


「そんなに皺を寄せると、老けるのが加速するわよ?」


「冗談でもやめてくれ」


 彩耶の言葉に、古川は苦笑した。


「それで報告? いや伝言は?」


「学園を監視している一団がいるそうよ」


「監視!?」


 彼女の言葉に、怪訝な表情の古川。


「実際私もいるのは確認したわ。図書館の索敵範囲外で、距離があったから、所属とか人数とかは正確には把握出来てないけど。でも素人ではなさそうね。発見されたのに気付いたらしく、すぐ姿を消したわ」


 顎から手を離し、腕を組んだ古川。

 彼女の言葉を待つように、彩耶も無言のままだ。


「可能性としては監察官か? 図書館の奪還? いや、施設規模もあるし、そんな事は不可能だろう。それに崖っぷちに立たされているのはわかっているはずだ。そんな状態で何か事を起こすか? いや、だからこそ事を起こすのか?」


「目的はわからないけど、もし監察官だと仮定しても、彼等が事を起こしたら、今度こそ組織解体になるんじゃない?」


「解体の話しが出ているのは事実だからな。何か問題を起こせば、間違いなく確定するだろうな。だが確か今の支部長は、元精霊庁の人間のはず。何度か面識はあるが、そんな人物には思えなかったかな」


「監察官の相違ではないとしたら?」


「一部の独断って事か? 仮にそうだとしても、監視して何のメリットがある? 攻撃するのが前提ならわからなくもないが。そんな事をすれば、どうなるかはわかっているだろうし」


「そうよね。そんな事をしても、自分で自分の首を絞めるだけよね」


 困惑した表情の二人。

「とりあえずはその監視者が、何者か確認する必要があるか。問題は誰をいかせるか?」


「そもそもそんな余裕あるの?」


「そうなんだよな。しかし、放置するわけにもいくまいさ」


「そうよね」


「考えてみるが、彩耶も何か名案が浮かんだら教えてくれ」


「わかったわ。そう言えば学園の入学者はどうなの?」


 突如、全く違う話題を振られた古川。

 少し躊躇した彼女。

 机に置かれている資料を手に取った。


「今で百四十人位かな? 何故か国外からも入学希望者がいるな」


「国外?」


「そうだ。中国から三名とイギリスから三名、他にもいるかな。中国は東京でも受け入れてたし、わからないでもないが」


「そうなんだ」


「別に国外から来るのはかまわないのだが、イギリスは相手が相手だけに」


「相手?」


「これさ」


 資料を持ったまま席を立った古川。

 ソファに座りなおす。

 そして、彩耶に資料を渡した。

 渡された資料に目を通した彩耶。

 目を白黒させるだけだ。


「【獣乃牙(ビーストファング)】の情報は、こちらには余り入ってこないからな。知らなかった部分もあるから、しょうがないのだけどね」


「知ってたら考えは変わったの?」


「どうだろう? 変わらなかったかもしれない」


 苦笑する彩耶。


「知ってても変わらないのは美咲らしいとは思うけど」


「そうかな? しかし、トップが電話して来た位だし。それもわざわざ会いにも来るらしいからな。ただの学園の理事長如きに」


「そうなのね。何か凄い事になったりして?」


「やっかい事はさすがに勘弁してくれ」


 うんざりするような表情になった古川。

 その反応に、彩耶は苦笑するしかなかった。


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1991年6月17日(月)PM:12:33 白石区ドラゴンフライ技術研究所六階


 眼前に聳える大きなカプセル。

 中には紫色の液体が満たされていた。

 その中に浮いているのは、一人の男。


 カプセルの中にいるのは形藁 伝二(ナリワラ デンジ)。

 男を見つめているのは、アラシレマ・シスポルエナゼム。


「回復まで後数日だっけねーぇ? あいつらに薬の供給はしていーるけど、武器の供給もしちゃっていーのーかなぁ? いいよーねー? その方が面白そうだーし。でーも後数日かー? 待ってみるかーなー? どーしよーかーなー?」


 カプセルの前にいるアラシレマ。

 何処か嬉しそうに呟いていた。

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1991年6月17日(月)PM:12:43 中央区精霊学園札幌校第二学生寮一階


 包丁を右手に持っている黒金 佐昂(クロガネ サア)。

 至極真剣な眼差しだ。

 彼女は、野菜を切っている。


「当番制なのはいいのですが、良く考えれば、レシピを知っている数が非常に少ないですね」


 玉葱を薄切りにしていく。

 次々に野菜を切っていった佐昂。

 最後に鶏肉を切り始めた。


「んふふんふふ。親子丼!! 親子丼!!」


 じっと見ている黒金 早兎(クロガネ サウ)。

 彼女は手伝う事はない。

 当番ではないからだ。


 親子丼を食べれるのが嬉しいらしい。

 満面の笑みで、じっと見ている。


「見てて楽しいのですか?」


「うん!! 楽しいよ!!」


 黒金 沙惟(クロガネ サイ)は、ここにはいない。

 彼女は盤面をじっと見ている。

 図書館の管理者と勝負をしていた。


 市松模様の正方形の盤面。

 黒と白の二種類の軍勢。

 六種類、三十二個の駒が並んでいる。


 勝負は始まったばかりであった。

 今日だけで、沙惟は既に三敗を喫している。

 四度目の挑戦というわけだ。


 駒を動かすのに、悩む沙惟。

 それに比べて、相手は直ぐに動かしていく。

 一応彼女も、ルールは把握済みだ。


 お互いが、徐々に駒数を減らしていく。

 しかし、損害は沙惟の方が大きい。

 既に、キングも危うくなり始めていた。

 チェックメイトされ敗北。

 それも時間の問題だろう。


「ふむ。奥が深いゲームです」  タイミングが良かったのかもしれない。

 そこに、現れた佐昂と早兎。

 四人分の親子丼をトレーで運んできた。


「本日の昼食です。一時休戦ですよ」


 佐昂の指示に、一時休戦した二人。

 ほんの僅かに、沙惟の寿命が伸びた。

 ただそれだけかもしれない。

「おいしぃー!!」


「早兎、口の中に入ったまましゃべるのは、どうかと思います」


「えー!? 佐昂姉!? おいしいから、いいでしょ?」


 そんな遣り取りも、途中にあった。

 そして親子丼を食べ終わる。

 佐昂は後片付けで、既にいない。

 早兎が見ている、その中で再開された戦闘。


 何とか粘ってみようとする沙惟。

 しかし、悉く作戦は失敗。

 あっさりと、再び追い詰められる。

 結局、沙惟はそのまま敗北した。


 その後、佐昂と早兎が一度ずつ挑戦。

 しかし、実力の差は歴然。

 二人は今日も全く、歯が立たなかった。


 気分転換に、小等部の校庭に向かった四人。

 大型の鎌を持つ二人。

 沙惟と早兎が、修行がてら、戦い始める。


 興味津々に見ている図書館の管理者。

 隣には、佐昂が鎌を持って立っている。

 審判も兼ねている彼女。

 じっと、二人の戦いを見ていた。

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