185.介入-Intervention-

1991年7月4日(木)PM:21:01 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「こんな時間に来てもらって申し訳ない」


 二人分のオレンジジュース。

 コップに注ぎ終わった古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 ソファに座っている、二人の少女に差し出した。

 自身は愛用のカップを机から持ち出す。

 コーヒーを入れてテーブルに置いた。


「いえ、それよりもこんな時間に、ここに呼び出された理由の方が気になります。突如、学園に連れて来られた理由にも関係するようなお話しでしょうか? レインからも詳しい事はお話し頂けませんでしたし」


 長い耳に黒髪黒眼。

 左側が長く右側が短いツインテール。

 黒のドレスと、黒のベールに身を包んだ少女。

 探るように言葉にした。


 隣に座っている少女。

 長い耳に黒髪黒眼のボッブカット。

 彼女も黒のドレスに黒のベールだ。


「サリナ姫、イリナ嬢、それは私もわかりません。レインに頼まれた事は、あなた方十二名を学園に入学させて、出来うる限り守って欲しいとだけでした。本来であればレインに聞くべきだったのでしょうが、いろいろと立て込んでいたので失念してました。その点はお詫び申し上げます。その上でこれから聞く事は他言無用でお願いします」


 二人が頷いたのを確認した古川。

 少しだけ間を置いて、話しを続けた。


「アルドラ・エルフィディキアという人物に心当たりはありますか? とある建物で発見された資料に記載されていた名前です」


 その名前を聞いた二人。

 かすかに、驚きの表情になる。

 しかし、すぐに平静な顔に戻った。


「その名前は、エルフィディキアを建国したと言われる初代の王の名前です。尤も、わたくしも父達の目を盗んでこっそりと読んだ書物に書かれていた名前なので、詳しい事まではわかりません。ただ様々な魔術を応用させ、国の礎を築き上げた人物だそうです」


「そうですか。そうすると少なくとも、数百年は前の人物という事ですね」


「はい、そうなると思います。資料がほとんどありませんので、正確な所はわかりませんが」


「そうですか。わかりました。ありがとうございます。やはりレインからの連絡を待って聞くしかなさそうですね」


-----------------------------------------


1991年7月4日(木)PM:21:21 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟屋上


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と二人の少女。

 まるで、彼と対峙するかのようだ。

 仁王のように立っている。

 一人は白い肌で、アクアブルーの髪の毛。

 その髪を、クアドラプルテールにしているルラ。

 隣にいるのは橙色の髪の少女。

 凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)はポニーテールにしていた。


「確か君は、前に街中で声を掛けてきた三つ子の一人だったか? 隣は迷宮で吹雪と一緒にいた一人」


 二人をしばらく見ていた義彦。

 思い出したかのように言葉にした。


「そうです。私は凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)。銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)のルームメイトです」


「私は十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)のルームメイト。ルラ」


「吹雪と柚香のルームメイト?? 何となく話しの予想は出来るが、一応聞こうか。俺をこんな所に俺を呼び出したのは何故だ?」


「はい。確かに朝六時に起こすのはどうかと思う」


 そこで一度口を閉じたルラ。

 義彦を見上げている。

 朱菜は敵意の視線だ。

 義彦をじっと見ていた。


「でも断るにしても、もっと言葉を選ぶべき。柚香凄く悲しそうだた」


 一度目を閉じたルラ。

 瞼を開けた彼女。

 強い意志を込めた目。

 義彦を再び見た。


「その事について謝るべき。私そう考える」


「それで?」


「あなた謝った? もしまだなら謝るべき」


「謝ってもいないし、謝るつもりもない。俺は言い過ぎだとも思ってない。そんな誠意の無い謝罪に何の意味がある?」


「吹雪ちゃんは、あの日、朝方泣いていたんだぞ」


 今にも敵意が殺意に変わりだ。

 睨み付けるような目で義彦を見る朱菜。


「だから謝れってか? そんな謝罪に何の意味がある? 俺も忙しくて少々イライラしてたのかもしれない。それは俺自身否定は出来ない。その点は百歩譲って認めよう。だが、あの二人が一度突っ走ると、生半可に優しい言葉じゃ止まらないのは知っていた。だからこそ覚悟の上で言った。だから謝罪する気はない」


「ルラちゃん、言葉で言っても無駄みたい。こうなったらしょうがないよ。やるしかない」


「やる? やるってなにをです?」


-----------------------------------------


1991年7月4日(木)PM:21:23 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号


 雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)に請われたのだ。

 勉強を見てあげている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 しかし、彼は中々優秀だった。

 学年が一つ違う程度の悠斗。

 彼から教えれる事は余りなかった。


「嚇に教えれる事はやっぱり、あんまりないよ。学年が一つ違うだけだし」


 そこで扉がノックされる。

 嚇が言おうとした言葉を遮った悠斗。


「嚇はそのまま勉強続けてていいよ。僕が出てくる。はーい、どなたですか?」


 そう言いながら、扉を開けた悠斗。

 現れたのはヘッドフォンをしている土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。

 後ろには土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)もいる。


「悠斗様、夜分に申し訳ありません。義彦様はいらっしゃったりしますか?」


「いや、いないけど」


「そうですか。それでは申し訳ありませんが、暫定風紀委員として私達と同行して頂いても?」


「暫定でも風紀委員じゃないよ? あくまでお手伝いね。まあ、同行するのはいいけど、どうしたの?」


「出来れば向かいながら話したいのですが」


「わかった。嚇、ちょっと出てくるから」


 彼の返事を待つ事はしなかった。

 廊下に出た悠斗。

 鬼那と鬼穂が走りだした。

 しょうがないので、悠斗も走り出す。


「それで何処へ?」


「はい。ここの女子寮、屋上です。何者かが争っているようです」


「争いの仲裁、もうしくは停止って事かな?」


「はい、仲裁ならば私や鬼穂よりも、義彦様の方がいいと思ったのですが、部屋にいらっしゃらないようで。それで同じ位有名になりつつある悠斗様に」


「え? いや? 俺ってそんなに有名なのか?」


「鬼穂的には、有名と考えます」


 階段を走り上がる三人。

 屋上の扉を開けた。

 目に飛び込んで来た状況。

 それ以上会話を続けるのを忘れてしまった。


-----------------------------------------


1991年7月4日(木)PM:21:25 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟屋上


 両手の拳を覆うように展開されている。

 球状の橙色のエネルギーグローブ。

 殴りかかっている朱菜。


 義彦は防戦一方だ。

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を両手で持っている。

 鞘に入れたままで、何とか防いでいた。


 彼は怪我の影響もあった。

 動きが緩慢なのだ。

 防御に集中するだけで手一杯だった。


 言葉を発する。

 その余裕すらもない状況。

 その近くで佇んでいるルラ。

 何とか二人を止めさせようと朱菜に言葉を掛けている。

 だが、彼女の言葉は朱菜には届いていない。


 悠斗、鬼那、鬼穂の三人。

 そんな状況に現れた形だった。

 鬼那も鬼穂も、基本的に命令に従う形だ。

 その為、今まで自発的に動いた事がない。


 命令者は土御門 春己(ツチミカド ハルミ)。

 場合によっては古川や義彦。

 しかし今この場で、彼女達に命令を下せる人物はいない。


 ヘッドフォン越しに状況を説明する鬼那と鬼穂。

 しかし相手側も場慣れしてない。

 どうすればいいか、命令を下せずに困っていた。


 どうにかして二人を止めなければ駄目だ。

 そう判断した悠斗。

 彼の決断は、然程時間がかからなかった。


「鬼那、鬼穂、橙髪の方を止めよう」


 屋上の地面のコンクリート。

 ナックルを生成した悠斗。

 二人の反応を待たなかった。


 吹き飛ばされた義彦。

 落下防止柵に叩きつけられる。

 彼に一撃を加えようとしている朱菜。

 彼女の前に、悠斗が飛び出した。


 予想外の妨害者。

 攻撃の矛先を、悠斗に変えようとした朱菜。

 しかし、彼の顔を見て一瞬、隙が生まれた。


 彼女の一撃をいなした悠斗。

 朱菜と縺れ合い転がる。

 義彦と程近い落下防止策に衝突した。


 予想外の衝撃に、対応出来ないでいた朱菜。

 悠斗はそのまま馬乗りに、彼女を押さえ付けた。

 彼女の顔をしばらく見て、悠斗も気付く。

 以前声を掛けられた三つ子のような少女。

 その一人ではないかという事に思い至った。


「き・君は前に声をかけてきた? あ、そんな事より義彦、大丈夫ですか?」


「な・何とかな」


 朱菜は鬼穂に、喉元に刀を突きつけられている。

 その上に、悠斗が馬乗りになっているので動けない。


「桐原 悠斗(キリハラ ユウト)、何故ここに?」


「それはこっちのセリフかな? 何故、義彦を襲っていた?」


 しかし、彼女は何も語ろうとはしない。

 状況がさっぱり掴めない悠斗。

 もう一人の人物を横目で見た。


 悠斗の視線の先の少女。

 ルラはその場に座り込んでいる。

 だが安堵した表情だ。

 鬼那が彼女の隣に座って支えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る