035.招待-Invitation-
1991年5月30日(木)PM:18:33 中央区特殊能力研究所五階
事務処理に勤しんでいる古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
コーヒーを一口飲んだ。
丁度その時に、電話のコールが鳴った。
「はい、古川」
『中央警察署の笹木 宮(ササキ ミヤ)さんよりお電話です』
「わかった。つないでくれ」
『かしこまりました』
「みやちゃん、どうした?」
『協力要請です。一応仕事中なんで・・・』
「あぁ、ごめんごめん。で?」
『現時点で負傷者二名、行方不明者三名。黒い塊に襲われた、との報告です』
「はぁ!? 黒い塊って、なんだそれ?」
『わかりません』
「よくそれで、要請許可されたな?」
『負傷者の状態が異常でしたので』
「負傷者の状態?」
『はい。あんな酷い状態のは、見た事ないと言ってました』
「みやちゃんは、実際には見てないって事か」
『・・・そうですね』
「ふむ。わかった。相模兄弟をいかせる」
『よろしくお願いします。既に、現場周辺は封鎖済みです』
「わかった。場所は?」
『幌見峠です』
「幌見峠? 円山西町の奥だったか?」
『そうですね。状況を、まずは説明したいので、署の方にお越し願えますか?』
「わかった。そう伝えとく。じゃ」
『・・・美咲さん、あのですね』
「ん? 別に、みやちゃんでいいじゃない? それじゃね」
古川は、相手の返事も待たず、受話器を置いた。
再び受話器をとった古川は、何処かに電話をかける。
出た相手に、今の話しの説明を始めた。
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1991年5月30日(木)PM:18:35 中央区中央警察署四階
「・・・もう」
受話器を持ったまま呟いた女性。
灰色がかった黒髪。
ボーイッシュに短く刈り揃えられている。
彼女が所属するのは異能犯罪対策課。
大仰な名前ではあるが、窓際部署に近い。
形式上はともかく、実働として動いているのは二人だけだ。
そんな部署で、何かの資料を真面目に見ている男。
一瞬視線を彼女の方に向けた。
しかし直ぐに、資料に視線を戻す。
「また、みやちゃんって、呼ばれたっぽいな」
「そうですよ。何度言っても、直してくれないんですから」
「別に、みやちゃんでいいじゃないか、実際そうなんだしよ」
「笠柿さんまで、そうゆう事言うんですか?」
「別に呼ばれ方なんて、何でもいいだろ?」
「よくありません!!」
そう言った彼女、笹木 宮(ササキ ミヤ)。
ぶーたれている子供みたいに脹れている。
苦笑するしかない笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)。
「というか、何でここで見てるんですか? 笠柿さん?」
「ん? あぁ、自部署で見ると、課長にばれるからな」
「担当事件の資料じゃないんですか?」
「俺は担当じゃないな」
「何でそんなもの? そもそも資料はどうやって?」
「どっちも企業秘密だ」
「何ですかそれ?」
「さてと、出かけてくるわ。またな」
「ちょっと、話しの途中じゃないですか?」
「そのうち話してやるよ」
笠柿は軽く手を挙げて出て行った。
「もう、あいかわらず、突然来て、突然出て行くんだから」
でも、確かに最近、あっち絡みの事件だけがやたら多いし・・。
笠柿さんも、何か気になっているのかもしれないわね。
どうするべきか・・・。
そんな事を考え始めた宮。
「笠柿でも来てたのかね?」
白髪の交じりはじめた黒髪を、後ろに撫でつけるようにしている男。
彼は、部屋に入るなりそう切り出した。
「はい。古居さん、もう資料の準備終わったんですか?」
「終わったよ」
「あいかわらず、はやいですね」
「そうかね? まぁ、対した情報もないしね」
「そうですか。ところで古居さん、最近の事件の多さはどう思います?」
「そうさね、ちょっと連続してる気はするかな」
「そうですか・・」
「気になると言えば気になるね」
「・・・そうですか」
「たぶん、笠柿も、同じように思ってるんじゃないかな」
「・・・調べるべきだと思います?」
「そうさなぁ・・・」
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1991年5月30日(木)PM:19:00 中央区特殊能力研究所二階
「はい、今日はここまで。とりあえず初日だけども、今後もこんな感じでいくからね」
由香さんの先生っぷりは、予想以上に様になっていた。
難しい事を教えてもらってるわけじゃない。
でも非常に、わかりやすかった。
「寄り道しないで、真っ直ぐ帰りなさいね」
それだけ言うと、教室を出て行った由香さん。
山本さんは沙耶さんに、何か話しかけている。
どうやら、一緒に帰りましょう的な事を言ってるみたいだ。
もしかして口説いてるのか?
「三井兄様、何処へ?」
「隣に行くだけだが? 吹雪も来るか?」
「はい、ご一緒します」
瀬賀澤さんは、夕凪さんと出て行く所だった。
こちらを少し振り向いた二人。
「私達も行くので、一緒に行きませんか?」
向こうから誘ってくるなんて、珍しいな。
「沙耶、私達も行こうっか?」
「うん、行こう」
「ゆーと君と、紗那ちゃんも行こうよ」
僕と紗那さんを、交互に見つめる伽耶さん。
特に急いで帰る用事があるわけでもない。
お誘いに乗る事にした。
「わかりました、行きます」
「はい。行きます!」
僕が答えた後に、何故か元気よく答えた紗那さん。
「山本さんはどうする?」
「・・僕は帰るよ」
三井さんに声を掛けられた山本さん。
そう言うと、一人でさっさと出て行った。
その間、声をかけるものは誰もいない。
もう一度、声かけるべきなんだろうか?
僕は躊躇していた。
「いいんですかね?」
「本人がいかないって言ってるんだから、無理強いする事もないだろ」
「そうです・・ね」
「行きましょう」
三井さんの手を引いて、吹雪さんが歩き出す。
小走りについていった沙耶さんが、その隣に並んだ。
三井さん達の前には、瀬賀澤さんと夕凪さんが既に歩いている。
僕の左に紗那さん、右に伽耶さん。
松葉杖で歩く伽耶さん、大変そうだな。
そんな事を思っていた。
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1991年5月30日(木)PM:19:21 豊平区白石藻岩通
「長谷部が懇意にしていた、ここの店にも一年前から姿は見せてないか」
笠柿がくれた情報と、従業員の話しから間違いない。
少なくとも一年前までは、奥さんと娘さんが生きていた事も確実だ。
捜索依頼も出されているが、何故か半年前に取り消されている。
長谷部もその頃に、消息不明に。
自分の奥さんと娘さんを長谷部が殺したのか?
だが、笠柿の話しでは、アリバイは成立している。
そして二ヶ月前に、長谷部が最初の事件を起こした。
その間、奴は何処で何をしていたのか?
足取りがまったく掴めないな。
やはり最初の事件から捕まるまでの事件。
その情報を手に入れるべきか。
笠柿の話しでは、署にあるはずの長谷部の事件の資料だけが消えていた。
長谷部の事件の資料だけが消えるのは、ちょっと考えにくい。
もし、何かの手違いなだけなら、他にも消えているはずだ。
事件そのものの存在を消し去りたい誰かがいる。
そう考えるのが自然だろうな。
署内にいる可能性が高いという事にもなる。
ただの一般人が、署内の捜査資料をどうにかするとは考えにくい。
「とりあえず、事務所に戻るか」
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1991年5月30日(木)PM:19:24 中央区環状通
俺は今、吹雪と二人で歩いている。
遠回りにはなるのだが、執拗に吹雪に一緒に帰る事を願われた。
余りの真剣さに、俺が折れた形だ。
たかが一緒に帰るだけなのに、吹雪は何故か凄く嬉しそうだ。
「三井兄様って夕飯、どうされるんですか?」
「ん? 帰ったら適当に何か食うさ」
「確か一人暮らしですよね?」
「そうだな」
「料理するんですか?」
「一応ね。そんなにうまいわけじゃないけどな」
「そうなんですか?」
「まぁ、自分の分だけだしな」
「それじゃあ、今日これから、うちに招待しても大丈夫です?」
「ん? そうだな、それじゃご招待されようかな?」
「はい!」
吹雪が、料理するんだろうか?
そんな事を思いつつ、二人で歩いていた。
この先に地獄が待ち受けている。
その事を、俺はまだ知らない。
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