071.南蛮-Peperoncino-
1991年6月2日(日)PM:19:02 中央区桐原邸一階
テーブルに並べられている料理。
スパゲティとスープとサラダの三品。
薄切りのにんにく、千切りのピーマン、輪切りの唐辛子、拍子切りのベーコン。
スパゲティの中に見え隠れしている彼等。
一般的に、ペペロンチーノと呼ばれるパスタ料理の一つだろう。
アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ。
家庭料理として、イタリアでは頻繁に食べられるという話しだ。
イタリア語でアーリオはにんにく。
オリオはオリーブオイル、ペペロンチーノはとうがらしの意味になる。
絶望的な状況でも、少ない材料で調理可能。
その為に、絶望のパスタとユーモアをこめて呼ばれる事もあるとかないとか。
二品目のスープ。
鮮やかな赤で、玉ねぎらしき野菜が浮いている。
イタリア風に言えば、ミネストローネと言った所だろうか。
三品目のサラダには、輪切りのトマト。
その上に千切りの玉ねぎ。
ドレッシングとして、オリーブオイルと塩胡椒。
簡単手軽に出来るトマトサラダと言った感じだ。
今その席には四名が座っている。
少年は青みがかった黒髪。
彼の隣は赤みがかった黒髪の、ポニーテールの少女。
二人の反対側には猫耳の少女が二人。
青みがかった黒髪の少年、桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
中里 愛菜(ナカサト マナ)は、赤みがかった黒髪の少女。
この二人と、反対側の猫耳少女の二人。
この組み合わせでしか言葉を交わしてない。
しかし、これは決して仲が悪いわけではなさそうだ。
なにせ猫耳少女の二人は、満面の笑みで三品の料理を食べている。
その手に握られているのは、フォーク。
では何故、猫耳少女達と言葉を交わそうとしないのだろうか。
ここには簡潔にして、重大な一つの壁が存在している。
悠斗と愛菜の言葉を、猫耳少女二人は理解する事が出来ない。
そして猫耳少女二人の言葉も。悠斗と愛菜は理解する事が出来ないのだ。
「愛菜の料理はやっぱりおいしいな」
悠斗が呟くと、猫耳少女二人も頷いている。
しかし彼の言葉を、猫耳少女が理解しているのかと問われると否だ。
雰囲気から、その意味合いを察しているのだろう。
「そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいな」
愛菜は、はにかみながら少しだけ照れた。
「ミオとマテアも何言ってるのかはわかんないけど、凄い嬉しそうに食べてるしさ」
「うん、そうだね。二人にもおいしく食べてもらえてるみたいで良かった」
愛菜は二人の少女、ミオとマテアを見ていた。
嬉しそうな顔をしている。
ペペロンチーノをフォークで巻き取り、口に入れた悠斗。
咀嚼しながらも、猫耳少女のミオとマテアを見ている。
二人ともマナーをちゃんと心得ているらしく、食べ方は綺麗だ。
「一応、言葉が通じない点については、数日待って欲しいと言われてるんだ」
咀嚼していたペペロンチーノを飲み込んだ悠斗。
愛菜と視線を合わせると、そう言った。
「そうなんだ。数日かぁ」
「うん、家にいる時はいいとして、問題は学校行ってる間だよな」
「そうだよね。ご飯食べ終わったら考えないとだよね」
「だなぁ。愛菜に迷惑かけっ放しでごめん」
「ううん、妹が二人出来たみたいで、嬉しいって気持ちもあるから気にしないで」
「そうか、でもさ。僕ほとんど何もしてないような気がするし」
「そんな事ないと思うよ。名前聞き出したりとか、きっと私には無理だもん」
「そっかな? 手振り身振りですれば案外通じるもんだよ」
「うーん、そうかもしれないけど。どんな手振り身振りをするべきかって思い浮かぶのが凄いと思うよ」
食べ始めた最初の頃は。ミオとマテアも何か言葉を交わしていた。
しかし今は料理を食べる事に集中しているように見える。
しかし耳をピーンと立てて、悠斗と愛菜の会話を一言一句逃さぬようにしていた。
悠斗と愛菜の二人は、残念ながら二人のその行為には気付いていない。
ミオもマテアも何か粗相をする事はない。
穏やかに進んでいく食事。
ペペロンチーノの最後の残りを口に入れた悠斗。
何度も咀嚼してごっくんと飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
答えるようにそう言った愛菜。
彼女の声を聞き終わってから、食べ終わった皿を重ねてキッチンに運ぶ悠斗。
それから少しして、スープを飲み干して食べ終わったマテア。
少し何かに迷った顔をしたが、悠斗の真似をするように呟いた。
「ゴチャチャスデシャ」
ごちそうさまでしたと言いたかったのだろうか?
言語そのものが違うようなのだ。
一度聞いただけの言葉を、完璧に言えるわけもない。
うまく言えてないのを理解しているのか、少し照れている。
「おそまつさまでした」
照れているマテアを見た愛菜。
しばしの間きょとんとしていたマテア。
言葉の意味を理解したのかどうかはわからない。
けど、照れくさそうに微笑んだ。
そして、悠斗の真似をして皿を重ねてキッチンに向う。
キッチンに向かった彼女の皿を、悠斗が受け取る。
彼にも微笑を向けたマテアは、再び座っていた席に戻っていった。
「ゴチャソシャミャデタ」
食べ終わったミオ。
彼女も同じように、完璧ではないにせよそう言った。
「おそまつさまでした」
マテアの時と同じように愛菜はそう言葉を返す。
彼女の声を聞いたミオ。
嬉しそうにしながら、マテアと同じように皿を重ねてキッチンへ。
最後に食べ終わった愛菜も、ごちそうさまでしたと言葉を紡ぐ。
「オシャチャマデシャ」
マテアがたどたどしく言葉を発した。
おそまつさまでしたと言おうとしたのだろう。
それを聞いた愛菜。
にっこりとマテアに微笑んでから、重ねた皿をキッチンへ持って行く。
ミオの皿を受け取った悠斗。
更に愛菜からも皿を受け取り、皿洗いを再開した。
愛菜は食事が終わったテーブルに戻る。
の上に置く必要の無くなった物を片付け始めた。
ミオとマテアは興味深そうにその動作を見ている。
片付け終わった愛菜。
食事前に置いた布巾でテーブルを拭いていく。
テーブルを吹き終わった愛菜。
布巾をキッチンに置いてテーブルに戻る。
皿を洗い終わった悠斗。
冷やしてあった麦茶を冷蔵庫から取り出した。
更にコップを四つ用意し、注いでトレーに載せて運ぶ。
居間に戻りそれぞれの前に置いていった。
「ゆーと君、ありがと」
コップに入った麦茶を、興味津々に見始めたミオとマテア。
マテアに至っては、鼻を側まで近づけて臭いを嗅いでいる。
行動に差が出ているマテアとミオ。
性格の違いなのかもしれない。
席に戻り、椅子に座りなおした上で麦茶を一口飲んだ悠斗。
それを見ていた猫耳少女二人のミオとマテア。
マテアがコップを両手で持って、恐る恐るといった感じで飲む。
一挙手一投足見終わり、大丈夫そうだと感じたミオ。
彼女も恐る恐る麦茶を飲み始める。
その光景を見ていた悠斗と愛菜は、お互いの顔を見合わせて少し笑った。
「愛菜の名前も教えないとな」
突然思い出したかのように言った悠斗。
愛菜が何か答える間もなく、身振り手振りを始めた。
ご飯を食べる前に行っていたのと同じ要領。
順番に手を向けて、その時に名前を呼ぶ。
復習もかねて自分に手を向けてみる。
マテアは少し首を傾げてしまったが、ミオの反応で理解したのだろう。
ミオが最初にユートと口に出し、続けてマテアがユートと続けた。
マテアの言葉が終わった後に、愛菜に手を向けて悠斗が間を区切って言う。
「愛菜、愛菜、まな、マナ」
四回言い終わった悠斗。
濃桃色の猫耳少女に手を向けてミオと言った。
その後、濃水色の猫耳少女に手を向けてマテアと名前を呼ぶ。
その上で再度、愛菜に手を向けて見た。
最初に反応したのは濃桃色の猫耳少女ミオ。
「ミャナ?」
「まな」
ミオの言葉の後に悠斗が反応する前に、愛菜が自分で言った。
再びミオが口を開く。
「マニャ?」
愛菜が自分自身に手を向けて言う。
「まな」
ミオがその後に続ける。
「ミャニャ?」
何度かそのやり取りを愛菜とミオが繰り返す。
その間、悠斗とマテアは二人のやり取りを聞いていた。
「まな」
「マナ」
何度目のやり取りだったろうか? 愛菜が言った後に、続けたミオが正確に発音した。
それを聞いた愛菜は、今度は悠斗に手を向けた。
「ユート」
すぐに意図を察したのだろう、間違える事もなく発音したミオ。
愛菜は何も言わず今度は自分に手を向けた。
「マナ」
ミオは正確に愛菜の事を発音していた。
それに満足したのだろう。
愛菜は今度は、マテアの方に顔を向けた上で自分に手を向ける。
「ミャミャ?」
どうやらマテアの方が聞き取りは苦手のようだ。
それを聞いた愛菜。
もう一度自分の名前を言う。
「まな」
マテアは続けて愛菜を呼ぶ。
「マミャ?」
自分でもうまく発音出来てない事を理解しているのだろうか語尾が疑問系だ。
微笑を崩す事も無く愛菜は続ける。
「まな」
マテアも続ける。
「マミャ?」
「まな」
「マニャ?」
「まな」
「ミャナ?」
何度も繰り返す。
ミオよりも繰り返す回数は多かった。
それでも、マテアもちゃんと発音出来るようになった。
愛菜が自分の名前を呼びマテアが続ける。
「まな」
「マナ」
三度繰り返して、マテアも問題なく発音出来るようになった。
そこで今度は悠斗に手を向けた愛菜。
ミオ、マテアの順にユートとちゃんと呼んだ。
再び自分に手を向けてみる愛菜。
猫耳少女二人はマナと問題なく呼ぶ。
その間、悠斗は一切邪魔する事もなく微笑ましく三人を見ていた。
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