028.決断-Decision-

1988年6月3日(金)PM:19:54 豊平区朝霧邸一階


 突然鳴る電話。

 カイナだろうか?

 でも今日は仕事のはず。

 サナかな?

 そんな事を思いながら、何気なく僕は受話器を取った。


「はい、朝霧です」


『もしもし、はじめまして』


 その声は何とも嫌な感じがした。

 何でそんな事を感じたのだろうか?


『朝霧 拓真(アサギリ タクマ)さんでしょうか?』


「はい、そうです」


 こんな声の知り合いなんていたっけ?

 考えてみても思い浮かばない。

 そもそもはじめましてと言ってるから、知らない人なのかもしれないな。


『魔道人形の第一人者、紫炎 氷女(シエン ヒョウメ)が愛弟子の、朝霧 拓真(アサギリ タクマ)さんでお間違いないでしょうか?』


 何故その名前を知っているんだ?

 とりあえず碌な事ではなさそうだ。


「何の事でしょうか?」


『とぼけるんですか。そうですか』


 声が更に嫌な感じに変わった。


『私は【ヤミビトノカゲロウ】の薄羽黄。紫炎 氷女(シエン ヒョウメ)さんの消息が掴めない為、朝霧 拓真(アサギリ タクマ)さんに、かわりに魔導人形の作製をお願いしたいのです』


「申し訳ありませんが、仮に僕がそうだっとしてもお断りいたします」


『何故でしょうか? お金なら、そちらの提示する額をお支払いするつもりです』


「お金の問題ではありません」


 はやまったかなあ?

 これじゃあ自分がそうだと認めるようなものじゃないか。


『お金の問題ではないとすれば?』


「何処の誰かもわからない相手に、作製する気はありません」


『それは残念です』


「諦めて頂けますか?」


『人が下手にでて頼んでるのによ』


 突然薄羽黄と名乗った相手の口調が変わった。


『作製の依頼を受けてくれないのなら、おまえと親しくしている奴ら皆殺しにしてやるぞ!!』


 明らかに声に怒りがこもっている。

 何なんだこいつ。


「どのような目的があるのか知りませんが、そんな脅しで屈服するつもりはありません」


『なんだと?』


「何を言われようともお断り致します」


 僕は最後にそう言うと、乱暴に電話を切った。

 まさかそんな事はしないだろうと考えている。

 でも何故か嫌な予感が脳裏を過ぎった。


 一応不安に思った僕は、妹と恋人を迎えに行く事にした。

 しかし、その行動は裏目に出る事となる。

 冷静さを欠いていたのかもしれない。


 まずは彼女達と、電話で連絡を取るべきだった。

 なのに何故しなかったのだろう?

 そのまま家から出て、探しに行ってしまった。


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1988年6月3日(金)PM:20:25 豊平区羊ヶ丘通


「ただいまー」


 私はその時玄関の鍵が開いていた事を、もっと深く考えるべきだった。

 まだ帰ってないのかな?

 無駄に部屋数が多いこの家。

 住み慣れている私には普通だけど、カイナ達に言わせれば不思議らしい。

 拓兄の話しだと今日うちで集まるらしいし、そのうち帰ってくるだろう。


 無駄に広い三階の部屋。

 誰もいないだろうと思いつつ扉を開ける。

 誰かが椅子に座っていた。

 あんなところに椅子なんてあったっけ?


「拓兄、帰ってたの? 電気もつけないで何してるの?」


 電気のスイッチ何処だっけ?

 立ち上がり近づいてくる人影。

 え?

 誰?

 拓兄じゃない?

 逃げる間もなく、両手を掴まれたのは覚えてる。


「恨むなら、兄貴を恨んでね、サナちゃん」


 この声は誰?

 そう考えた瞬間の出来事。

 私は何をされたのかもわからない。

 突然意識が途切れた。


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1988年6月3日(金)PM:20:33 豊平区羊ヶ丘通


 インターホンを何度鳴らしても、出て来る気配がない。

 前から今日集まるのを決めていて、サナちゃんも楽しみにしていたはずなのに。

 私とホシエ、アタルの三人で顔を見合わせる。


「ねぇ、カイナ、玄関開いてるよ?」


 開いてないだろうと思っていたホシエ。

 かなり驚いた顔だ。

 玄関の中を覗いてみると、見る限りはサナちゃんの靴はある。

 逆にタクマの靴はないみたい。


「アタル、ホシエ、サナちゃんの靴はあるよ」


「えっ?」


 アタルが訝しげな視線になる。

 ホシエも何か思案顔だ。


「いるなら、鍵開いてるのはおかしいだろ? カイナは一階、ホシエは二階、俺は三階を探してみよう」


 私とホシエは同時に頷いた。

 三人で一度、顔を見合わせる。

 勝手知ったるタクマの家に入っていった。


 ホシエとアタルは階段に向かう。

 私は一階の部屋を確認していく。

 人の気配が全くしない。


「今二階で何か音がしたような?」


 しばらくして、上から何かが倒れたような音が聞こえた。

 急いで階段まで戻り駆け上がる。

 念の為、廊下を注意して早足で進んだ。

 角を曲がったところで、ホシエが倒れていた。

 周囲に誰かがいる気配は今の所感じない。


 駆け出したいのを抑えて、私はゆっくりとホシエに近づく。

 周囲を警戒しながら進んだ。

 ホシエの側に屈んだ私。

 息をしている事に安堵の息を漏らした。


 ふと何かの気配というか存在を感じる。

 ほんの微かに何かが擦れる音。

 しかし前にも後ろにも何もいない。

 頭上だと思考が回ったところで、私の意識はロストした。


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1988年6月3日(金)PM:20:44 豊平区朝霧邸三階


 四人共馬鹿正直に、玄関からはいってくるなんてな。

 危機感足りなさすぎ。

 馬鹿なんじゃないの?


 この光景を見たら朝霧はどうするかな?

 どんな顔をするのか楽しみだ。

 殺してしまえば、怒り狂うかもしれないけど。

 死にかけの状態にすればいい、目の前で即死しない程度にすればいい。


 そうだとすれば、あのお人好しはまずは助けようとするだろうな。

 助けるためには、魔導人形にするしかないと考えるだろう。

 まあ、死んでしまったのならそれはそれで構わないさ。

 この俺の頼みを断ったりするからだ。

 そして何よりも俺の前であんな事するからだ。


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1988年6月3日(金)PM:20:56 豊平区羊ヶ丘通


 僕が結局のところ、この結末を招いた事になるんだろう。

 サナとカイナを見つける事は出来なかった。

 二十一時にうちで五人で、集まる約束になっている。

 皆はもう、来ている頃だろう。


 それでも何故か不安を打ち消す事が出来なかった。

 薄羽黄の言葉を気にしているのだろうか?

 不安を振り払うように頭を振った。


 玄関の鍵はかけたはず。

 それなのに鍵が開いていた。

 僕の不安は、一気に膨れ上がる。

 三階に駆け上がった。


 ドアを開けた先に見えたのは、倒れている四人。

 そして椅子に座る仮面の人物。

 誰かわからないのに、何故か会った事があるような気がした。


「思ったより遅かったじゃないか。私が、先程電話した薄羽黄ですよ」


 声と同時の出来事。

 倒れている四人の胸の内側から、赤い何かが飛び出した。

 何が起きたのかサッパリわからない。

 四人の胸にあいた穴。

 溢れ出る血。

 僕はその場に崩れ落ちた。


「おまえが拒否するからだ」


 薄羽黄の声が、エコーのように頭の中を何度も木霊する。

 ふつふつと沸き上がる、怒りと悲しみと憎しみ。

 泣いているのか、叫んでいるのかすらわからない。

 ふと四人共微かに、呻いている事に気付いた。


 あいつを殺したところで、四人が助かるわけじゃない。

 今から救急車を呼んだところで、無駄だろう。

 魔力を使う事は出来ても、治癒魔術なんてものは僕は知らない。


 何か助ける方法を考えろ。

 方法はあるはずだ。

 何でもいい。

 考えるんだ。


 そうだ、方法はある。

 成功するかどうかもわからないが、やるしかない。

 やるしかないんだ。


 四人を人間ベースの魔導人形にしてしまえば、助けられるかもしれない。

 きっと成功しても恨まれるだろう。

 でも僕は迷わなかった。

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