029.仲裁-Mediation-

1991年5月26日(日)PM:23:40 中央区西二十五丁目通


 歩道の真ん中で立ち尽くす、四つの人影。

 何をするでもなく、少し遠くを眺めている。

 誰一人、言葉を発する事もない。


 その遙か後方の路上を、四人に近づいていく女性。

 ウェーブのかかった茶色い髪にスーツ。

 スレンダーな体の線は、モデルと言われても通じそうだ。


 近付いてきた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 四つの人影は彼女に向き直った。

 その顔は、金属製の仮面に覆われている。

 その為、瞳からしか感情を伺う術はない。


 黒いローブのようなものに覆われた体。

 その体のラインから四人のうち一人は女性だとわかる。

 四人の背丈はバラバラだ。

 以前悠斗達と対峙した人形とは、違うようにも見えた。


 古川と四人の距離が、だんだんと近づく。

 自分の進行方向の先にいる四つの影。

 まるで彼女の進路を塞ぐように、並んでいる。


 怪訝の表情の古川。

 歩く速度はそのままに、近付いていく。

 そしてとうとう、指呼の距離となった。


「仮面に黒いローブ、胸のはトンボの・・・いやカゲロウのマークか?」


 警戒の眼差しでそう口にした古川。

 四人の一番左側の仮面が、一歩前に出る。

 恭しくお辞儀をした。


「左様でございますよ。我らの事は、紹介する必要もなさそうで何よりです」


「それじゃ【ヤミビトノカゲロウ】のメンバーって事を、認めるって認識でいいんだな」


「はい、認識して頂いて問題ありませんよ」


 他の三人は一切会話に参加せずにいる。

 ただじっと、彼女を見つめていた。  一歩前にでた仮面だけが、古川の問いに答える。


「それで、その【ヤミビトノカゲロウ】が何のようだ? 挨拶にでも来たのか?」


「そうですね。挨拶もいいですね。死を振り撒きながらの挨拶などは、いかがでしょうか?」


「そんな挨拶は願い下げだな」


 仮面達から視線を外す事も無く、周囲を警戒する古川。

 四対一にも関わらず、彼女は怯える事もなく毅然としていた。

 仮面達からの彼女に対する敵意は、今の所感じない。


「それで本当は何のようだ?」


「我々としては余計な敵は増やしたくありませんので、特にあなた方の様な強者を敵にはしたくありません。なので今後、何が起きても見逃していただけないかなと、ご相談に参りました」


「下手にでてるような言い方だが、要するには裏で暗躍してても見逃せと言う事か」


 言葉に何ら感情を込める事もなく、そう答えた古川。

 その通りだとでも言うように、再び恭しく一礼をする仮面。

 しかし毅然とした声で古川は答えた。


「断わる。私の事を調べているなら、受け入れるわけがない事もわかっているはずだがな」


「それでは残念ですが、この場で死んで頂くしかありませんな。四対一だ、と言う事をお忘れになられてませんか?」


 四人の仮面から一気に向けられる殺意。

 しかし古川は気にした素振りも無い。

 逃げるわけでもなく、仮面達に視線を向けている。


「お前達こそ、私の事を見くびっているんじゃないのか?」


 古川から放たれた殺気。

 それだけで、四人は無意識に後ずさっている。

 しかし、その事に気付いていなかった。


 特に何かするわけでも無い。

 彼女はただただ呟く。

 ただそれだけが、開始の合図だった。

≪衝撃≫


 言葉の瞬間、仮面達は吹き飛ばされる。

 四人の仮面は空中で体制を立て直す。

 その上で左右から古川を挟撃する。

 四人の時間差攻撃。


 何でもないかのように、ゆらリゆらりと攻撃を躱す古川。

 一度も攻撃を当てる事が出来ないまま、四人は再び吹き飛ばされた。

 徒手空拳だけで翻弄されている。


「噂以上ですね」


「ちっ、冗談じゃねぇぞ」


「どーしましょうか? 目的も達成していませんが?」


「やっかいすぎるでしょうが!?」


 身長が違うだけで、同じ仮面同じ服装の四人。

 古川には、最初の仮面以外は、誰が言ったのか判別がつかなかった。

 相手の感情も視線もほぼわからない。

 にも関わらず、実力さは明白ではあった。


「真っ向勝負では相手にもならないという事か。一旦退却する事にしましょう。タイミングが悪かったという事かもしれませんね」


 突如、周囲を覆い始める霧。

 いきなり動いた影響で酔いが悪化した古川。

 周囲を警戒したまま、霧が晴れるまで動かなかった。


「まさかここで出会う事になるなんてな。折角良い気分だったのに、台無しだ」


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:23:44 中央区円山原始林


 倒れている木。

 黒いローブが四人。

 私達はそれでも近づいていく。


 こちらに気付いたのか、四人が振り向く。

 一人は、先程ゆーと君が長椅子に寝かせていた、黒髪ロングの女の子と似ていた。

 その中心で倒れている人と、座り込んで呆然としている人。


 倒れているのは何故か三井君だとすぐわかった。

 動く気配もない。

 また同じ事を繰り返したみたいだ。


「てめえら・・・・・・」


 聞いた事もないような、怒りの声の近藤さん。


「由香、三井と側の男を頼む」


 明かりに使っていた火の球が、もの凄い勢いで火の渦となった。

 黒いローブの四人は逃げるのも忘れて、近藤さんの右手の火の渦を、凝視しているようだ。

 私もじっと火の渦を凝視していた。


 近藤さんは狙いを決めたのか、一気に突っ込んでいく。

 黒いローブの一人が、相対するように動くのがわかった。

 でもまるで他人事のように、私は見ている。


 三井君に視線を戻した私。

 彼を凝視したまま、私は動く事も出来ない。

 あの時と同じように、私はまた守る事が出来なかった。

 そう出来なかったのだ。


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:23:44 中央区円山原始林


 炎を纏った拳が放たれた。

 迎え撃つような黒いローブの拳。

 でも、結局ぶつかる事はなかった。


「元魏? 何しやがる」


「双方、落ち着いて下さい。特に近藤さん」


 僕はその場にやっと到着した。

 突然先に行ってしまった元魏さん。

 彼が、近藤さんと黒いローブの攻撃がぶつかるのを止めていた。

 ほんの一瞬の事だったが、炎が消失している。

 どんな魔法を使ったのかさっぱりわからなかった。


「これが落ち着いてられ・・ぐふ」


 元魏さんから近藤さんに放たれた蹴り。

 宙を飛び、背後の木に叩きつけられる近藤さん。

 相当な衝撃だったはずだ。


「元魏・・てめえ」


「近藤さん、今は怒りをぶつけるよりもやる事があります」


 近藤さんは何か言いたそうだったが、何も言わなかった。

 彼が戦闘を続行しないのを見届けた元魏さん。

 三井さんの側に直ぐに駆け寄った。


 何をしているのかは良くわからない。

 そもそもこの状況が僕には良くわからなかった。

 出来れば状況を説明して欲しい。


「三井君は無事です」


 元魏さんがそう言うと、由香さんはほっとした表情になっている。

 その場にへたり込んでしまった。

 近藤さんも、一応怒りを収めてくれたっぽいな。


 とりあえず三井さんが無事で良かった。

 でも何で黒いローブは、敵なのに何もして来ないのだろうか?

 状況がさっぱりわからない。


「お互いに、色々と言いたい事や、聞きたい事もあるかと思います」


 確かに、立ち上がった元魏さんの言う通りだ。

 少なくとも僕は、この状況を全く理解出来てない。

 元魏さんが、黒いローブの四人に順に、視線を動かしているようだ。


「それに、朝霧 拓真(アサギリ タクマ)さん、朝霧 紗那(アサギリ サナ)さんがここにいる以上、あなた達も我々と戦う理由がなくなったと思います」


 元魏さんは、全ての事情を理解しているっぽい?


「けっ。それでどうしろってんだ?」


 近藤さんはちょっと不満げだ。


「お互いの行き違いを無くす為、三井君の手当をした後に、何故こうなっているのか、お互いに説明すべきでしょう」


 確かに説明してもらえるとありがたいかな。


「反対の方はいますか?」


 反対の意を表明する者は誰もいなかった。

 近藤さんはあいかわらず、不満そうではある。

 それでも、反対はしないようだ。


 由香さんが落ち込んでいる。

 そんな気がするのは、僕の気のせいか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る