268.爛々-Glaring-

1991年7月14日(日)PM:17:24 中央区精霊学園札幌校第一商業棟一階


「あり姉、片付け終わったよ」


「いり、ありがとね」


「でも無料配布なんて良かったの? 赤字でしょ?」


 白いシャツに、首元にはオレンジのリボン。

 胸を強調するかのようなデザイン。

 オレンジのエプロン姿。


 シャルロート・ 愛里星(アリア)・リュステンベーグ。

 妹のシャルロート・ 惟璃星(イリア)・リュステンベーグ。

 愛里星自身がデザインしたありあベーカリーの制服だ。


「いいのよ。学園がこんな状態じゃ、お客様も来店されないでしょうしね。最低限の種は残してあるから、様子見て焼くかもしれないけど」


 おっとりとしている愛里星が、惟璃星に微笑む。


「あり姉がいいならいいけどさ」


「いりこそ、ごめんね。お店の正面の掃除手伝わせちゃって。疲れてただろうに、更に手伝ってもらって」


「大丈夫だよ。久しぶりに全力で暴れたからスッキリしたぐらい」


「そう? それならいいんだけど」


 少しだけ、首を傾げた愛里星。

 納得したかのように、頷いた。


「そういえば、あり姉がパンを焼いてたって事は、小倉の奴はいないって事?」


「何? 会いたいの?」


「なわけ。どっちかというとあいつ嫌いだし。特に目付き」


「あらあらまあまあ」


 彼女の反応に怪訝な顔を浮かべる惟璃星。


「それで?」


「古川さんの終息宣言の少し前に戻ってきたんだけどね。こんな有様ですから、他の人達も含めて、本日は帰宅してもらいました」


「それまでは何処に言ってたの?」


「さぁ? 元々午後出勤でしたしね」


「そう。明日以降店は開けるの?」


「開ける予定かな?」


「後処理が時間かかるって事で、明日学校休みになったから、教えて貰いに来ていい?」


 彼女の提案に、少しだけ驚いた愛里星。


「もちろん」


 満面の笑みで答えた。


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1991年7月14日(日)PM:18:12 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「こんな格好ですまないな」


 ソファーに座っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 テーブルを挟んで相対する笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)。

 彼は、コーヒーを一口飲んだ。


「いや、気にしないで下さい。こちらこそ、突然の連絡にも関わらず、直ぐ時間を割いてもらって申し訳ない。事後処理に忙しいでしょうに」


「いや。この怪我だからね。おとなしくしてろと手伝わせて貰えない有様さ」


「そうですか。まぁ、でも片手が使えないんじゃ、大人しくしていた方がいいでしょうね」


 苦笑とも微笑とも取れない微笑み。

 笠柿は浮かべている。

 古川も微笑で答えた。


「それで、義彦はどうなんです?」


「幾らか負傷はしているが、命に別状は無いと思う。ただ消耗した上で無茶をしたらしくてな。今はまだ意識を取り戻してない。意識を取り戻しても、まともに動けるようになるのに、数日は要するだろうとの話しだ」


「そうですか」


「龍人の行方について聞きたかったんだろうけど」


 少し思案顔の笠柿。


「彩耶から電話貰った後に、東京にも一応確認してみたが、特に何か頼み事はしてないそうだ」


「そうですか。義彦か柚香ちゃんには連絡していきそうなもんですし。そう考えると、何か事件に巻き込まれて身動きが取れないか、動けないような状況の可能性?」


 眉間に皺を寄せた。

 厳つい顔を更に厳つくする笠柿。


「話しは反れてしまうが、何か変な薬を売ってる連中が存在するような話しは入ってきてたりしないか?」


「変な薬? ヤクって事ですか?」


「たぶんそうなんだろうな? それも錠剤のタイプのようだ」


 顎に手をやり、思案する笠柿。


「何故俺に?」


「問い合わせてみてはいるんだけど、どうやら渋ってるみたいなんだよ」


「関係あるかはわかりませんが、ブラッドシェイクなる売人が最近幅を利かせているそうです。三井も片手間にそいつについて調べてたようですが。ちらっと見せてもらっただけですが、たいした情報は手に入れてはいなかったですね。仮面を被ってて筆談で遣り取りをするらしいってぐらいですかね?」


「そうか。こっちで解決した事件のいくつかに、どうやらブラッドシェイクなる売人が関与しているようでね」


 眉間に皺を寄せ合う二人。

 古川の口腔をコーヒーが通過していった。


「担当案件ではないので、大っぴらには捜査は出来ませんが、担当にそれとなく聞いてみます。もっとも情報なんぞ集まってないと思いますけどね」


 苦笑しながら、そう答えた笠柿。


「お願いするよ。でも自分の業務に支障をきたさないようにな」


「ええ、わかってます」


「柚香ちゃんには会うのか?」


「そうですね。そのつもりです」


「部屋にいるか確認しよう」


 立ち上がった古川は、事務机の前に移動した。

 受話器を右手で取り右肩と頭に挟める。

 右手を動かして器用にダイヤルボタンを押し始めた。


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1991年7月14日(日)PM:18:33 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟二階二○五号


「柚香ちゃん、突然お邪魔して悪いな」


 玄関で軽く手を上げた笠柿。


「隣の娘は?」


「彼女は、私と相部屋なんです」


「ルラ、マダココノコトバフトクイ」


「そっか。俺は笠柿だ。柚香ちゃんの保護者の悪友って所かな」


 ルラの視線の高さに合わせるようだ。

 屈んだ笠柿は、そう自己紹介をした。


「厳つい顔してますけど、とても立派な刑事さんなんですよ」


「厳ついは余計だ。地味に傷付くだろうが」


「イカツイッテナニ?」


「あ? あぁ、知らなくていいぞ」


「立ち話も何ですから、笠柿さんどうぞ」


「あ? 長居はしないが、折角だしお邪魔するわ」


 歩きながらも、笠柿に並んだルラ。

 彼女は器用に見上げる。


「コーヒーでいいですか? ルラちゃんも何か飲む? オレンジジュースでいい?」


「あぁ、わりいな」


「ウン」


 椅子に座った笠柿。

 ルラは対面するような位置に移動。

 テーブルを挟んで反対側の椅子に座る。


「ルラちゃんだっけ? 俺の顔見ていて楽しいか?」


「イカツイガナニヲサスノカカンガエテル」


「あぁ、なるほどな。考えるってのはいい事だ」


「どうぞ」


 十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)はトレーを一度、テーブルの上に置く。

 コーヒーカップを笠柿の前へ置く。

 その後にルラの前へコップを置いた。

 最後に置いたのは自分の分のコップだ。

 そして、トレーを持って再び台所に向かう。

 戻ってくると、そこで始めて椅子に座った。


「ありがとな」


「アリガト」


 二人の声に、にっこりと彼女は微笑む。


「それで笠柿さん、龍人さんがしばらく帰ってないって事ですか?」


 少し躊躇した後、そう言葉に出した柚香。

 笠柿は、コーヒーを一口飲んだ。

 その後、一度頷いてから口を開いた。


「あぁ、とは言っても俺は中に入れるわけじゃないからな。仕事の合間に、用事もあったんで何度か行ったんだが」


「一度も事務所が開いてる事はなかったんですね」


「そうだ。加えて言うなら明かりがついてる事もなかった」


 二人が会話をしている。

 その間、ルラは何度かオレンジジュースを飲んだ。

 静かに聞いてるだけで、口を挟む事はなかった。


「笠柿さん、明日時間ありますか?」


「あぁ? たぶん大丈夫だと思うが」


「明日事務所を開けて見ましょう。龍人さんに何かあったと考えるべきだと思います。もしかしたらその何かのヒントがあるかもしれません。もしなくても、留守番電話の状況等から、いつから戻ってないのか判断出来るかもしれません」


「それは構わないが、明日学校あるんじゃ?」


「大丈夫です。こんな状況ですから。明日は休校なのは確定なんですよ」


「何かあったのはさらっと聞いたが、凄まじいな。まぁ、詳しい話は明日聞こうか。それで待ち合わせっていってもどうするんだ?」


「笠柿さんの都合のいい時間を教えてください」


「俺の都合ねぇ?」


 懐から警察手帳を取り出し、彼は確認し出した。


「十四時位に事務所前で待ち合わせで問題ないか?」


「わかりました。それでは笠柿さん、まだ時間があるようでしたら、ルラちゃんの話し相手になってくれませんか? たぶん、聞きたい事とかあるんだと思います」


 柚香の言葉に、彼女は瞳を爛々と輝かせ始めた。

 その光景に、降参するかのように軽く両手をあげた笠柿。


「おいおい、手柔らかに頼むぜ」

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