276.失態-Blunder-

1991年7月15日(月)AM:14:12 白石区ドラゴンフライ技術研究所四階


 形藁 伝二(ナリワラ デンジ)は座っている。

 向かい合って座っているのは石井 火災(イシイ カサイ)。

 テーブルの上には芋羊羹。

 それとコーヒーが二つあった。


「土産なんぞ態々買ってきたのか」


「んまぁ、折角言ったんだし。これ中々おいしいよ」


 火災の言葉に、一つ口に入れた形藁。


「もっと甘いのかと思ったのだが、そうでもないのだな」


「うん、そうそう。ところで良かったのか? ここ嗅ぎつけられた上に、捕まえるの結構苦労したんじゃないの?」


「確証があって来た訳ではなかったからな。もっとも今は確証に変わってしまっているだろうが」


「それなのに沖見の研究所から、アラシレマの襲撃に乗じて逃げてきた女なんかに渡したんだ? いくら過去に因縁がある相手だったからって」


 不満そうな顔の火災。


「お前は単純にあの男を実験体にしたかったんだろうがな」


「まぁ、否定はしないがね」


 芋羊羹を一切れ口に含んだ火災。

 食べ終わるとコーヒーを一口飲んだ。


「赤魔の頭首に連れられて来たあの女の記憶も見たわけだが、どうも恨みがあるわけではないようだ。恋慕というか愛情というか、そんな感じだな。もっとも歪んではいるのだろうが」


「それで?」


「簡単な事だ。あの女があの男をどうするのか見てみたくなったそれだけだ。もっともあの女の記憶を先に見てなければ、こんな事はしなかったんだろうが」


 形藁の言葉に苦笑いを浮かべる火災。

 もう一切れ、芋羊羹を口に放り込んだ。


「アラシレマは逃亡した中里夫妻と実験体達を追跡しているのだったな?」


「そのはずだね。今週一杯追跡して駄目そうなら戻るって言ってた」


「三人共出払っている時を狙ったのであろうな」


 厳しい眼差しになる形藁。


「警察とかには根回しは済んでいるだから、大丈夫では?」


「そうだがな。精霊庁側と連絡を取り合う前に見つけたいが、脱出の手引きした者は相当厄介であろうな。ここの警備の一つ、実験体の巣窟を正面突破したようだからな。失敗作とは言え、相応の戦闘力は有しているはずなのだが」


「女だって事しかわからないからな。肉弾戦だけであそこまでのはそうそういないんだろうけども。生憎そっちの方の知識はあんまりないものでね。そういえば、折角学園に攻撃仕掛けたのに何で本気でいかなかったんだ?」


「ふん、本気を出させた上で潰さなければ私の怒りが収まらない。だから戦力を拡充させるきっかけを与えたまでだ」


「あぁ、まだやられた事を気にしていたんだね」


 コーヒーを静かに飲む形藁。

 芋羊羹を頬張った火災。


「副所長の雹とか言ったか? 彼女はどうした?」


「ん? あぁ、失態を犯したわけだから。現在隔離中だけどさ。あの女も俺と同じようにいかれてるからさ、どんな罰が堪えるのか思い付かないんだよ。アラシレマにも聞いてみるつもりだけど、何かいい案はないかね?」


 火災の言葉に、苦笑いになった形藁。

 眉間に皺を寄せて考え始めた。


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1991年7月15日(月)PM:17:13 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号


「体の方はどうですか?」


 帰宅した雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)。

 開口一番、そう口にした。

 椅子に座っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼は思わず苦笑いになった。


「まだ少し重い感じだけど、昨日よりはかなりましになったよ。怪我はさすがにすぐには完治しないけどね」


「それでも、少しは普通に動けるようになったようで何よりです。あ、そうだ」


 冷蔵庫を開けた嚇。

 取り出したのは長方形の紙箱。


「これ食べましょう。余り日持ちしないそうですし」


「何? あ、羊羹なのかな?」


「芋羊羹ですね」


 渡された小さなフォークで、芋羊羹を一切れ口にいれた悠斗。


「おいひいかも。まにゃにもたべはせてあげたひな」


「一応言ってる事は理解できましたけど、行儀わるいですよ。あぁ、そうだ。さっき鬼威さんに会いましたけど、愛菜さんと夕飯作りに来るみたいです。だから食後のデザートにしましょうか。という事でまた後に」


 一切れだけ口に放り込んだ嚇。

 芋羊羹の入った紙箱を手に持つ。

 丁寧に再び冷蔵庫に仕舞った。


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1991年7月15日(月)PM:18:15 中央区人工迷宮地下二階


 迷彩の戦闘服を着込んだ一団。

 まるで警備でもしているかのようだ。

 一定間隔で、降り階段の周囲に展開している。


 警備に当たっている彼等。

 そこから少し離れた場所。

 床に直接座った状態。

 話し合いをしている一団がいた。


「十二日に突入した最初は問題なかったんだがな」


 刀間 刃(トウマ ジン)は、うんざりした表情だ。

 隣に座る野流間(ノルマ) ルシアを見た。


「現状では銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)を掃討する事は出来ているけど、背後から現れる事もあるというのが面倒ね。地形を理解しているという事なのかしら?」


 有賀 侑子(アリガ ユウコ)は厳しい眼差しのままだ。


「ある程度の知能があるのかもしれません。死んだ仲間を盾にして近づこうともしてきましたし」


 村越 武蔓(ムラコシ ムツル)の言葉。

 同意するかのようだ。

 一同は首肯している。


「百は葬ったはずだけど、数が減った感じもしませんね」


 鎗座波 傑(ヤリザワ スグル)は溜息を吐いた。


「俺達はともかく、彼等はほとんどが魔物との実戦は始めてですからね。今はいいですけど、余り長期戦になるのもどうかなと思う部分も」


 視線を一度、降り階段に向けた丸沢 智樹(マルサワ トモキ)。


「それにスネークサーペントⅠは、弾も含めて数が限られてます。長丁場になれば攻略を一時取り止めないといけなくなりますよ」


 疲れた顔の倉方 柚(クラカタ ユズ)。

 体を解すように一度立ち上がった。

 二個のシニヨンを労わるようだ。

 手で掴んでいる波野 漣(ナミノ サザナミ)。


「現状維持に切り替えるのもあるいは一つの方策なのでしょうかね?」


「これ以上の増援は期待出来ずだしな。現在我々を含めて総勢四十八名、軽症者だけで済んでいるのは救いだが」


 胡坐で座っている久遠時 貞克(クオンジ サダカツ)。

 所在無さげな両手を後ろに投げ出した。


「人海戦術を行うには広すぎる。何らかの方法で踏破した場所にあいつ等が入れないように出来ればいいんだろうけど」


 首を回した後に、呟いた相模原 幡(サガミハラ ハタ)。


「あぁ、もう考えるのも面倒くせぇな」


「刃、自棄になっても何も解決しませんよ」


 ルシアの間髪入れない突っ込み。

 わかってますと言わんばかりに彼は肩を竦める。


「群れるという性質から蟷螂というよりは蟻とかに近いんでしょうね。そしてある程度統率が取れている事から司令塔がいるはず」


「クイーンがいて、彼女が司令塔である可能性が高いとでも言うつもりか?」


 侑子に顔を向けた刃。


「お前の推測が正しいと考えての話しだが、俺達を半分にして、一つはクイーン狩りへ。残りは階段を降りた所で待機。あいつ等は警護の続きってのは?」


 刃の提案に最初に答えたのは柚。


「刃さん、それって狩りにいく部隊が、数に圧倒されたら終わりじゃないですか?」


「あぁ、そうだな。質が勝るか数が勝るかの勝負だな。だが何か他に打開策でもあるか? このまま平行線のまま物資だけ消耗するわけにもいかないだろうさ」


 彼女の指摘に、刃は笑いながら答えた。


「一擲乾坤を賭すか」


「あん? 有賀、何か言ったか?」


「いいえ、何でもないわ。とりあえず結論を今ここで決める必要はないでしょう。続きは明後日ね。その時までに何か打開策と、刃の提案についてそれぞれ考えましょう」


 彼女の言葉に、全員が頷く。


「それじゃ俺達第三小隊は地上に戻るぜ。また明日の朝な」

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