255.破裂-Rupture-

1991年7月14日(日)PM:12:43 中央区精霊学園札幌校東通


「冷たくて気持ちいいのですよ!!」


 氷の上で寝そべっているクラリッサ・ティッタリントン。

 杖は握ったままだ。

 その光景を、苦笑いで見ているアイラ・セシル・ブリザード。

 彼女は氷の上に仁王立ちしている。


「クラリッサ、遊びに来てるんじゃないんですのよ。まったく」


「はーい。わかってまーす」


 返事だけはしっかりしている。

 しかし、彼女は寝そべったままだ。


「上よ!! クラリッサ!!」


 アイラの突然の言葉。

 ほぼ同時に、弾かれたバネの如く身を翻すクラリッサ。

 彼女の瞳のすぐ前を、ほんの一瞬何かが通り過ぎた。

 そして轟く破壊音。

 砕かれた氷の破片が、周囲に降り注ぐ。


「何が? クラリッサは無事なの?」


 何者かが攻撃してきたのは間違いない。

 蒸発していく氷の破片による水蒸気。

 その中で何者かを捕捉したアイラ。

 氷の杭をいくつも生成し、射出する。

 しかし、悉く左右に弾かれていった。


「何者なのです?」


 しかし、答えは返ってこない。

 再び氷の杭を射出したアイラ。

 即座に背後に飛び退った。


 轟音と共に砕かれる氷の棺。

 襲い来る衝撃と、氷の破片の雨。

 後退を余儀なくされたアイラ。


 突如吹き荒れる風。

 吹き飛ばされた水蒸気。

 腹部に穴が開き、血塗れの遠崎 正也(トオザキ マサヤ)。

 西崎 佑一(ニシザキ ユウイチ)も同様のようだ。

 二人の側には男が一人。


「まったくつまらん事させやがって」


 黒命冠 九十九(コクメイカン ツヅラ)が立っていた。


「クラリッサは?」


 九十九を挟んで、丁度反対側。

 杖を構えて戦闘態勢のクラリッサ。

 その姿に、内心で一安心したアイラ。

 手を前に、氷の杭を周囲に生成する。


「何者ですの?」


「んあ? 俺か? 答える前につまらん事だが、仕事を先にさせてもらうぜ」


 懐から何かを出した九十九。

 屈んだ九十九を止める間もない。

 血塗れの遠崎と西崎に突き刺した。

 直ぐに、足元に置いてあった金砕棒を持ち直す。


「あんたらと戦うのも楽しそうだが、今回は無しだ。目的が戦いじゃねぇんだよ。今回はな」


 九十九は不満そうな表情だ。


「そう言われて逃がすとお思いですの?」


 アイラの言葉を聞いて、九十九は鼻で笑う。


「あぁ、そう思うぜ。それ所じゃなくなると思うからな」


 彼は突如、顔の向きを変えた。


「なあ? こんなつまらん事、別に俺達じゃなくても良かったんじゃねぇの?」


 いつの間にか、男の側に歩いてくる女が見える。


「兄様!? つまらないのはわかりますが、私達は恩人であるあの方の目的に協力する事を誓ったのですよ? お忘れになってませんよね?」


 彼女の言葉に、罰が悪そうな表情の九十九。


「いやそうだがよ? だからってあいつ等に手を貸す必要があるのか?」


「手を貸している本来の目的を忘れないで下さいませ」


 まるで弟に言い聞かせているような雰囲気だ。


「あぁ、そうだったな。しかしあいつ自身も今の地位を失う事になるんだぞ?」


「わかっております。しかし、あの方は覚悟の上なのでしょう」


 アイラとクラリッサを無視して会話を続ける二人。


「貴方達が黒命冠 九十九(コクメイカン ツヅラ)と黒命冠 科出(コクメイカン シナデ)ですわね?」


 会話を続ける二人。

 業を煮やしたアイラが問いかけた。


「あぁ、その通りだぜ。俺達もいまだに有名人のままのようだな? 嬉しいような悲しいような、何とも言えない気分だぜ」


 氷の杭を射出しようとしたアイラ。

 その瞬間、突如遠くから轟音が轟きだした。


「そろそろ動き出すだろうし。さてと、俺達はお暇させてもらうかね」


「待ちなさ・・」


 しかし、アイラは途中で言葉を止めた。

 腹部に穴を開けられ、血塗れで倒れていた二人。

 徐に立ち上がる。

 刹那、意味のなさない咆哮を上げた。

 まるで獣の様な叫び声。


「あなた達!? あの二人に、一体何をしたんです?」


 外壁の側にいつの間にか移動していた九十九と科出。

 二人に言葉を投げかけるアイラ。

 しかし、振り返ることもない。

 二人は外壁をいとも簡単に飛び越えて消えた。


「追うわけにもいかないようですわね」


 アイラは一人吐き捨てた。

 上半身をブリッジするかのように、背後に倒す。

 直後、頭上を通り過ぎる手。

 西崎だったものの右手だ。


 アイラはそのままバク転バク中側転で距離を取った。

 同時に宙に浮いたままの氷の杭の向きを変えて射出。

 至近距離にも関わらず、両手で氷の杭を弾く西崎。


 しかし、全てを防ぎきる事は出来ない。

 着弾し突き刺さった氷の杭。

 彼をその場に縫い付ける。


 遠崎だったものとクラリッサが戦っている。

 その事に、アイラは気付いていた。

 ブーメラン状の氷の刃を大気中に複数生成。

 次々に射出していった。


 突如、遠崎の周囲を渦巻く拳大の水の鏃。

 氷の刃を、悉く砕いていく。

 しかしアイラは、冷静にその光景を見ている。

 既に次の詠唱を開始していた。


 氷の刃を砕き終わった水の鏃。

 一瞬停止したかと思うと、アイラに降り注ぎ始めた。

 百を超える水の鏃の縦断爆撃。


 詠唱の完了と同時に、ランス状の氷を両手に纏ったアイラ。

 自身に降り注ぐ水の鏃。

 ゆっくり歩きながらランス状の氷で打ち払って行く。

 破損するランス状の氷は即座に修復されている。

 折れる事も砕け散る事も無い。

 そして、彼女は水の鏃の雨を突破した。


 少し離れた場所で戦っているクラリッサ。

 不可視の遠崎の無差別攻撃。

 まるで見えているかのようだ。

 踊るようなテンポで躱し続けている。


 遠崎は両足をパックリと切られていた。

 徐々に再生を始めてはいる。

 しかし今は、辛うじて立っている様な状態だった。


 アイラとクラリッサがほぼ同時。

 攻撃に出ようと、前に一歩足を踏み出した。

 その瞬間、突如遠崎と西崎が、その場に蹲る。

 まるで痛みに耐えるかのように、苦しみだした。


 何が起きているのか咄嗟に理解出来ない。

 アイラとクラリッサは警戒を続ける。

 遠崎と西崎の傷口や鼻、口等の穴という穴。

 そこから霊力と魔力が溢れ、体の表面を駆け巡る。


 二人の光景に訝しむアイラとクラリッサ。

 それでも、いつでも反応出来るようにしている。

 アイラとクラリッサはじっと見つめていた。


「一体どうゆうことですの? あの男は彼等に何をしたんですの?」


「苦しんでるみたいだけど? どうしてなんだろう?」


 遠崎と西崎の体が膨れ上がった。

 直後、突然破裂する。

 咄嗟に、氷の壁で自身を覆うクラリッサ。

 アイラはランス状の氷を盾状に変化させて防いだ。

 その上で、彼女は近づいてくる轟音の方を向く。


 彼女の視線の先、風に包まれて飛び出してきた二人。

 エレアノーラ・ティッタリントンと三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 少し赤面しているエレアノーラ。

 義彦にお姫様抱っこされている。


 彼女は巨大な片刃の剣を、右手で下向きに持っている。

 刃が刺さらないように注意していた。

 移動の反動等で、義彦にぶつかったりしないようにだ。

 かなり気を使っているようだった。

 空いている左手は、落ちないようにしている。

 義彦の首に、しっかりと回されていた。


 目に飛び込んで来た光景。

 何と言っていいかわからないアイラ。

 彼女は失笑を禁じ得ないという表情だ。

 エレアノーラが少しだけ、恥ずかしそうにしていた。

 その事も、拍車をかけていたのかもしれない。


 そのままの状態で、アイラとクラリッサに見られている二人。

 勢いを殺しきれずに土煙を上げながら着地する義彦。

 体勢を崩し、エレアノーラを放り出す形になってしまう。

 直後、轟音を上げて黒光りする形状の何か。

 大地を削りながら現れた。


 先が尖っており、物凄い数の黒光りする何か。

 正面入口の空間を、規則正しく並んで埋め尽くしていた。

 生け花で使われている剣山留め。

 その剣山留めを、横倒しにしたようにも義彦には見えた。


「結構間一髪だったな」


 エレアノーラに手を差し出した義彦。

 少し躊躇したものの、彼女は義彦の手を握る。

 彼に引き起こされて、エレアノーラは立ち上がった。

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