141.何故-Why-
1991年6月10日(月)PM:13:45 中央区人工迷宮地下一階西ブロック
形藁 伝二(ナリワラ デンジ)の血塗れの巨大な両手。
そこに集まっていく魔力。
彼の言葉とは裏腹に、放たれる事もなく、突如膨れ上がり暴発した。
血濡れの手は跡形も無く吹き飛び、彼の絶叫だけが木霊する。
「強大過ぎる魔力に制御でも誤ったのか?」
古川 美咲(フルカワ ミサキ)の独り言のような呟き。
形藁の絶叫に掻き消された。
そこでふと古川は疑問を抱く。
自身の体が破損したわけでもない。
なのに、あそこまで叫び声を上げているのは、何故なのか。
一度沸いた疑問が、頭の隅にこびりついた。
あの巨大な手と、他の透明な手のような物。
どちらも、形藁の能力による物だと思っていた。
十年前の、あの時と同じような能力持ちだと解釈していたのだ。
だが、もしかして、根本的に、考え違いをしているのではないだろうか。
一度そう考えてしまうと、次々と疑問が沸いてくる。
しかし考えをまとめている余裕はなさそうだった。
絶叫を上げていた形藁が、立ち上がったのだ。
「ぐっ・・しょ・正直あなた方を・・舐めてました・・。ここまで・・はぁはぁ・・ボロボロにされるとは正直・・思いませんでしたよ・・」
いつでも動けるように、身構えた古川。
追い詰められた相手程、何をしてくるかわからない。
窮鼠猫を噛む、という諺もあるぐらいだ。
彼女は今そう考えている。
擬鏡眼魔力から見える魔力の流れ。
そこから、血濡れではない、もう一組の、巨大な手らしきものがあるのがわかった。
おそらく奥の手という事なのだろう。
確かに直撃を受ければただでは済まない。
もし再び、攻撃してくるつもりなのであれば、古川は短期決戦で終わらせるつもりでいる。
しかし形藁のその手は、古川に向ってくることはなかった。
突如天井や壁を破壊し始める。
何度も繰り返される破壊。
形藁の周囲を、崩れる天井や壁の土煙が覆っていく。
突っ込めば、間違いなく視界が塞がれると考えた古川。
≪乱水牙≫
少し距離があるのと、土煙の影響がある。
なので、そこまでの威力は望めない。
だとしても、牽制ぐらいにはなるだろうと放った。
しかし特に変化は何もない。
見えていた魔力の流れが、ぼやけている。
どうやら形藁が起した、土煙の影響のようだ。
≪烈風≫
彼女が起した風により、土煙が吹き飛ばされていく。
そして晴れた時には、既に形藁はその場にはいなかった。
劣勢を悟って逃げたとも解釈出来る。
しかし念の為、周囲を警戒している古川。
ゆっくりと、前進していった。
一定の間隔で血痕が、点々と奥のほうへ続いている。
十メートル程進んでみた。
形藁のものらしき血の跡。
更にその先にも、続いているようだった。
更に、遠ざかる何者かの気配。
鋭敏化している古川には感じられる。
追いかける事も考えた。
だが、彼女自身も、そう長くは今の状態を維持出来ない。
その為、断念した。
アンジェラの元まで戻る古川。
「さすがに、複数の魔術の並行維持は疲れるな」
そう言った古川。
実はかなり、疲労困憊の状態。
安堵した表情で、片膝を付いた。
彼女の耳元に顔を近づけたアンジェラ。
反応を返すかのように、何事か囁く。
古川はアンジェラの元に戻るまでは、魔術を解除せず維持し続けていた。
簡単な魔術であれば、複数を並行維持する事も、そう難しいものではない。
しかし魔術の難易度が上がれば上がる程、消耗は加速度的に上昇する。
並行維持するのにも集中力の維持と、多大な魔力を使用するのだ。
今回最後まで並行維持していた魔術。
熱層気流は、体表面を熱の気流で覆うだけ。
副次的に、触れた水分を蒸発させる。
感覚的にしか、感じる事の出来ない魔力の流れ。
それを、視覚的に映し出す為の、レンズを作り出す擬鏡眼魔力という魔術。
一時的に身体の強度と能力を向上させる魔術と、あらゆる感覚を鋭敏化させる魔術の計四つ。
更に瞬間的にとは言え、それ以外の魔術も使用した。
なので、かなりの魔力を消費している。
さすがにガス欠になるまでは消費していなかった。
だがもし、戦いが長引いていればそうなっていたかもしれない。
しかしあえて、決着を急ぐ様な素振りを見せなかった古川。
その事を悟らせない為の芝居だ。
実際には、あの後更に、形藁が戦闘を続行。
長期戦の様相を呈していれば、古川が敗北していた可能性も有り得た。
「予定外の事とは言え、かなり魔力を消耗してしまったな。保険の意味で頼んだのだが、動いていてくれてる事を祈ろう。連絡が取れればいいのだけれどもな」
自嘲気味に呟く古川。
そこでふとアンジェラに視線を向けた。
「ところでアンジェラ。その格好はやはりどうかと思うぞ。全く、鎮の奴の変態趣味にも困ったものだ」
古川の言葉にも、アンジェラは首を傾げるだけだ。
「う・・うーん。こ・・ここは・・そうだ僕は確か・・」
「やっとお目覚めか。あ、動かない方がいいぞ」
目覚めて瞼を開けた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
彼は突然耳に入ってきた声に驚いた。
「古川所長? 何故ここに? 何がどうなって?」
「説明はとりあえず、全員が目を覚ましてからだな。無傷ってわけではないが、そっちの少年と少女二人も無事だ。黒髪の方の少女は、いつの間にか気絶してしまったみたいだけどな」
「そ・そうですか・・って? え? ちょ? あ? う?」
「ほら。だから言ったろ?」
悠斗の反応に驚いて、どうしていいかわからないアンジェラ。
その格好の破廉恥さに、悠斗は思わず目を瞑った。
彼女の格好は全面シースルーの浴衣。
半透明な部分から、いろいろと大事な所が透けて見えている状態だ。
「いくら自分の式神だからとは言え、これはさすがにやめさせないと、いろいろな意味で危なすぎる」
悠斗の耳元に突然感じる吐息。
彼は目を瞑っている。
その為、何が起こっているのかさっぱりわからない。
聞こえてきたのは女性。
それも少女らしき声。
耳元にかかる吐息。
何とも言えない気持ちの悠斗。
恥ずかしいような、不思議な感じだ。
「私の格好はやはりおかしいのでしょうか? おかしいのであれば、何がおかしいのか、教えていただけませんでしょうか?」
彼女は悠斗の耳元でそう呟いた。
しかしどう反応していいか戸惑う悠斗。
まともに返事を返す事も出来ない。
その光景を、苦虫を潰したような表情で見ている古川。
「アンジェラ、年頃の少年の耳元で囁くのは、色々と問題があるからやめた方がいいぞ。さっきから思っていたのだが、普通に話せないのか?」
悠斗の耳元から、顔を離したアンジェラ。
古川に向き直った。
今度は耳元に顔を寄せる事もない。
普通に話し始めた。
「鎮様が、そうしろとおっしゃってましたので」
「あの阿呆。何考えてんだ・・」
頭を抱えながら、そう言った古川。
その動作に、きょとんとしているアンジェラ。
「アンジェラ、その浴衣は魔力で生成されているのか?」
「この服でしょうか? これは鎮様が縫って下さいました」
唖然とする古川。
頭を振り再び質問を続ける。
「他の二人も同じなのか?」
「色違いですが、同じように半透明です」
「やれやれ。式神の術式なんぞ知らないからどうしたものか。ともかくな女性としての体を持っているならば、胸と下半身は隠すべきだぞ」
アンジェラの胸と下半身を指し示す。
「そうなんですか。わかりました」
右手を自分の胸元に、左手を股から突っ込む。
躊躇も何もない、アンジェラの行動。
呆然として、古川は咄嗟に何も言えない。
古川が指し示した部分が、半透明から白に変化していった。
「何をしたんだ?」
「とりあえず、自分で糸を巻きつけました」
「蜘蛛糸か」
「はいそうです」
「とりあえず桐原君、もう目を開けても大丈夫だぞ」
一切会話に参加しなかった悠斗。
芽生えていた感情を、押し殺す事に邁進していた。
少し躊躇したものの、ゆっくりと瞼を開ける。
「とりあえず、お前達には一般常識を教え込まないと駄目だな。鎮の奴にも、いろいろと言い聞かせなければ、研究所の存続に関わり兼ねんな。全くおかしな趣味なのは知っていたが、ここまで常識がないとは思わなかった。おっと他の奴らも目覚めたようだな。黒髪の少女以外は負傷しているからな。動かない方がいいぞ」
古川のその言葉を聞いた三人。
とりあえず静かにしている河村 正嗣(カワムラ マサツグ)とアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。
沢谷 有紀(サワヤ ユキ)は正嗣の側に寄り添っている。
しっかりと彼の手を握っていた。
三人共状況がさっぱり飲み込めていない。
その為、怪訝な表情をしている。
「アルマ・ファン=バンサンクル=ソナー、私に言いたい事もあるかもしれないが、まずは状況の説明をさせてもらっていいかな?」
「・・・お願い」
辿り着いてからの、一連の出来事を説明していく古川。
しかし説明の途中で、微かに足音が聞こえてきた。
明らかに、足音は近づいて来ている。
「説明は一旦中止だ。何かが近づいてくるようだ。他にもいるかもしれない。アンジェラはその場で警戒。他はおとなしくしてろ」
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