239.自責-Sin-

1991年7月13日(土)PM:20:17 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「これが事件の顛末だ。手離されたが何を指しているのかはわからん。けど、でも、おそらく罪を背負うってのは、稲済夫妻を守れなかった事への罪悪なんだろうなとは思う」


 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)が改めて入れた紅茶。

 既に温くはなっている。

 だが、三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は構わず一口飲んだ。


「それでは、今は義彦兄様の式神のような感じという事ですか? 契約とか詳しくは知りませんが」


「あぁ、概ね間違いじゃないな。最も霊力の補充は、直接的には受け取ってくれないから、間接的に渡している形だ。黒恋は、補充元が俺である事は知らないけど。じじぃの悪知恵のおかげだな」


「悪知恵が何を指しているのかは詳しく聞くのはやめておきます。それでは黒恋は、いまだにその事で自分を責めていると?」


「おそらくな。何とかしたいとは思っているが、どうしていいやら」


 少しだけ淋しそうな瞳の義彦。


「佑一さんも禮愛さんも、あいつを普通の少女として生きていかせようとしていたし、黒恋も望んで契約に応じたはずだ。だから俺は、その思いを尊重するつもりでいる。だけど、彼女が罪悪感を孕んだままでいいのかとも思うわけさ。時間が解決してくれるのだろうかな?」


 義彦に何か言葉を掛けたい。

 しかしうまい言葉を見つけ出せない。

 吹雪は結局、口を噤んだままだった。


 嘘でも解決してくれると言う事は可能だ。

 だけども、時間が解決してくれるかどうか。

 そんな事、吹雪にはわからない。

 故に安易に言葉には出来なかった。


 義彦の刀に一度視線を向けた吹雪。

 彼女の視線の方向に気付いた義彦。

 意味がわからず怪訝な表情になった。

 囁くような吹雪の呟き。


「朴念仁ですからね」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ、何でもありませんよ」


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1991年7月13日(土)PM:20:52 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階


「全く無茶しやがって」


 医療用衝立の外。

 聞こえてきたのは義彦の声だ。

 彼は医療用衝立に背を向けている。

 何するでもなく立っていた。


 彼の隣の吹雪。

 彼女は監視している。

 義彦が反対側を向かないようにだ。


「ごめんなさい。でもほっとけなかったから」


 下着姿の竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。

 傷の手当てを受けている。

 リアツヴァイ・ヴォン・レーヴェンガルトとリアドライ・ヴォン・レーヴェンガルト。

 二人が彼女の手当てをしている。


 ここの医務室を寝床にしている黒神 元魅(クロカミ モトミ)。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)に報告に向かった。

 事の顛末を聞いたからだ。

 非常に面倒そうな表情だった。


 リアヒュント・ヴォン・レーヴェンガルトとリアフィーア・ヴォン・レーヴェンガルト。

 元魅は二人を引き連れていった。

 大泣きした陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 彼女は医務室のベッドだ。

 静かに寝息を立てている。


 茉祐子に抱き締められた黒恋。

 感情が決壊し大泣きした。

 その後、涙がある程度落ち着く。

 茉祐子に黒恋が胸の内を語りだした。


 それは今年の元旦に起きた出来事。

 義彦も関わっていた事件の顛末だ。

 自責の念までも語り終えた黒恋。

 大泣きした影響もあったのだろう。

 疲れ切った顔だった。

 そのまま、茉祐子の胸で眠りに落ちる。


 その後で到着した義彦と吹雪。

 傷だらけの茉祐子。

 眠りに落ちている黒恋。


 事情を問い詰めたい気持ちすら浮かばない。

 傷だらけの茉祐子に絶句した。

 黒恋を吹雪にまかせた義彦。

 彼は茉祐子をお姫様抱っこした。

 一番近い第四研究所の一階の医務室。

 運ぶために歩き出した。


 黒恋は、吹雪がおんぶして運んでいく。

 ツヴァイとフィーアは義彦の補助。

 吹雪の補助はヒュントとフィーアだ。

 ぞろぞろと着いて行った。


 医務室へ到着した八人。

 元魅に事情を説明。

 そして今の状態に至ったわけだ。


「所長は、たぶん話しを聞いて絶句しているだろうな」


「古川所長、茉祐子ちゃんの事、凄く大事にしてますからね」


「そうだな。言うとおりだな。俺や吹雪に会う度にどうしてるか聞いてくるぐらいだしな。授業のある日は、そんなに会わないのわかってるのにな」


「それだけ心配なんでしょうね。信じていても心配ってしてしまうものですし」


「美咲姉ってば」


「あ、茉祐子ちゃん動かないで下さい」


 無意識に、義彦を向こうとした茉祐子。

 その動きを、ツヴァイが咎めた。


「あ、ごめん」


 申し訳なさそうな顔の茉祐子。


「さて、茉祐子は、傷の手当てが終わったら所長に会わないとだな。小言は覚悟しろよ」


「はい」


「ま、その前にここに来るような気もするけどな」


「そうですね。たぶん来るんじゃないでしょうか?」


「吹雪もそう思うか?」


「はい」


「だよな」


 そのまま腰を降ろした義彦。

 彼の行動に、吹雪は首を傾げた。


「はい、手当ては終わりです」


「ツヴァイちゃん、ドライちゃんありがと」


「深い傷もあるので、当分は激しい運動は控えた方がいいと、元魅先生が言ってたのを忘れないでくださいね」


「うん、わかってる」


「さて、美咲鬼が来る前に、吹雪達は戻っていいぞ。まぁさすがに暴れる事はないとは思うけど、とばっちり喰らいかねないからな」


「え? でも、義彦兄様は?」


「俺も発端の当事者だからな。残る義理があるさ」


 何か言い足そうな吹雪だった。

 だが、結局何も言わない。

 医療用衝立から出て来たツヴァイとドライ。

 茉祐子も服を着直した後出てきた。

 ツヴァイとドライの手を取った吹雪。

 医務室を出て行く。


「茉祐子、どうするつもりだ?」


「あ、はい? おにぃなーに? どうするつもりって?」


「黒恋の事だよ」


「明日にでも、もう一度話しをしてみるつもりだよ」


「そうか。そうだな。あ、そうだ」


 立ち上がった義彦。

 眠っている黒恋の手。

 静かにそっと握った。


「おにぃ、何してるの?」


「念の為、黒恋に霊力の補充さ」


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1991年7月14日(日)AM:7:22 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


 ほんの微かに耳に入ってくる音。

 何か囁くような人の声。

 無意識の中に、染み入るようだ。

 夢現の彼に入る込んでくる。


 何度かゆっくりと瞼を瞬きさせた義彦。

 寝ぼけたままでベッドから這い出る。

 床に左足を下ろした。

 足の裏から伝わってくるいつもの床の感触。


 まだ覚醒していない頭。

 眼鏡を掛けたがまだ完全には覚醒していない。

 音の発生源に視線を向けて歩いていく。

 台所で動く人物に我が目を疑った。


「おにぃ、おはよう」


「おはようですよ」


 視界に飛び込んだきた水色のワンピース。

 エプロンをしている茉祐子。

 白色のワンピース。

 エプロンをしているドライ。

 義彦はしばらく呆然としていた。


「おはよっじゃねー? 茉祐子、お前怪我してるだろうってその前に、どうやって入った? 鍵は掛けたはず!?」


 一気に覚醒した意識。

 頭の回転が目の前の状況に追い付かない。


「鬼那ちゃんに鍵借りました。あ、ドライちゃん、これお願いね」


「はいです」


「え? あぁ、そう・・・じゃねぇ。なんで怪我人が飯の準備してる?」


「え? ご飯作りに来るっていったじゃないですか?」


「え? あぁそう言えばってそうだけど」


「美咲姉にもちゃんとOK貰ってますから、安心して下さい」


 にっこり微笑む茉祐子。


「あ・・あぁそう?」


 何を言っても無駄だと悟った義彦。

 額に手を当てた。

 痛々しいと思いながらも諦める。

 茉祐子の頑固さを思い出したのだ。


「もうすぐ、出来ますから顔洗ってきて下さいね」


 顔を洗って戻ってきた義彦。

 その間に、朝食の準備は出来ていた。

 テーブルに三人分の料理が並べられている。

 義彦が席に着いたところで、食べ始める三人。


「全く。その傷でも来るなんてな。あいかわらず変なところで頑固というべきか」


「そんなことありませんよ。でも、昨日は巻き込むような形になってごめんなさい」


 心底申し訳なさそうな表情。

 少し俯いた茉祐子。


「まぁ、しょうがないんじゃないか? 誰もあんな事態に発展するなんて思わないしな。まぁ、あんな所長は滅多に見れないだろうけど」


「そうなんですか?」


 首を傾げるドライ。


「あんな美咲姉は始めてみました」


「まぁ、感情的になったものの、その矛先が無い訳だからな。黒恋の事は俺と同じ当事者でもあるわけだし。あいつを責めるわけにもいかないジレンマだな」


 彼は苦笑とも微笑とも取れる表情だ。


「でもあんな表情にさせたんだなって思うと罪悪感もあります。正直最初は怖かったですけど、顔には出てませんでしたけど、泣きそうな声に気付いたから尚更」

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