003.発現-Appearance-
1991年5月22日(水)PM:18:27 中央区特殊能力研究所付属病院三階
僕達が今いるのは研究所の隣の病院だ。
その病院の三階にいる。
廊下を歩いている途中だ。
由香さんが先頭を歩いている。
その後ろが僕だ。
僕の両側、左手側が伽耶さん、右手側は沙耶さん。
山本さんが、僕達の後ろを歩いている。
最後尾が瀬賀澤さんと夕凪さんの二人。
「研究所の一階が食堂、二階が教室で三階と四階が繋がってて多目的トレーニング場。五階が所長室と研究室、資料室、こっちが病院って事ですよね」
病院の中という事で、知らずに僕の声は小さくなった。
「そうそう」
由香さんが少し後ろに顔を向けて答えた。
彼女の声も、普段より声量が控えめだ。
伽耶さんが少しこっちに顔を向けた。
「病院と言っても一般外来は受け付けてないんだって」
今度は沙耶さんが僕に視線を向ける。
「能力に関連する方のみの病棟だとパパが言ってました」
「パパ? 伽耶さんと沙耶さんのお父さんはここで働いてるって事?」
「白紙 元魏(シラカミ モトギ)さん、ここの医者の一人だね」
後ろで山本さんが答えた。
「「山本さんの言うとおり、パパはここのお医者様なの」」
伽耶さんと沙耶さんの声が同時に耳に響く。
さすが双子と言うべきなのかな?
「ちなみに伽耶ちゃんと沙耶ちゃんのお母さんは、由香さんと同じ研究者なんだよね」
瀬賀澤さんが更に続ける。
夕凪さんも話に入ってきた。
「私、彩耶さん、皆のママさんみたいで大好きなの」
「本当、うちのママって子供大好きなのよね。ねー沙耶」
「本当だよねー、伽耶」
二人は少しはにかんでいる。
やっぱ女の子は、はにかんだり微笑んだりしてると可愛いな。
取り留めも無くそんな事を考えていた。
突然何かが叩きつけられるような音が響いく。
何か比較的重量があるものが壁とかに叩きつけられた感じだ。
「皆止まって」
由香さんの顔は、一点して真面目な表情になっていた。
奥から二つ目の扉が開いたと同時に、襲ってきたのは熱風。
その熱風の中に、一人の少年が何か呻きながら立っていた。
昨日助けられたっぽい少年に似てる気もする。
そこで突然、一番近い病室の扉が開いた。
「由香と生徒達か」
「三井君、なんでここに?」
「マユの話し相手」
「昨日の女の子?」
「そう。熱風の発生源はあれか。由香はマユを頼む。マユ、いいな?」
「うん。おにぃが言うなら」
「おにぃって?」
真面目だった由香さん。
一点して笑っている。
その笑いの真意はよくわからない。
でも、この少女は三井さんに懐いてるようだな。
「由香、そこに突っ込むのかよ・・。生徒の奴らは隣に連絡にいかせろ」
「え、だって三井君がねぇ、てそんな事言ってる場合じゃないか。皆、受付にいって状況説明して来て! その上で所長に連絡してもらって。山本君、よろしくね」
「・・・わかりました」
「熱風がだんだん強く熱くなってるな」
「三井君、何を?」
由香さんの前に立った三井さん。
片手を前に突き出す。
徐々に熱風が押し返されていくのがわかった。
三井さんを基点に逆向きに風が流れているようだ。
「由香、俺が声かけるまで扉は閉めとけ」
「わかった」
由香さんが扉を閉める。
同時に、一気に少年を吹き飛ばされた。
三井さんが風で吹き飛ばしたんだろうか?
「おまえらもとっとと行け」
山本さんが何か呟いたようだが聞き取れない。
吹き飛ばされた少年、何か呻きながら立ち上がった。
前髪を少しだけ残して坊主頭にしている少年。
その瞳は理性の欠片も感じられない。
「・イ・・ユ・・・・ハ・・・ナ・・ク・・ノ・」
三井さんに更にせかされた僕達。
六人で受付に向かった。
「羽場 武(ハバ タケシ)・・・・さてやるか。予想してたとは言え・・・」
再び放たれた熱風。
しかし、何事もなかったかのように押し返した三井。
羽場少年は再び吹き飛ばされた。
三井の体が真っ直ぐに飛んでいく。
羽場少年に叩きこまれた彼の拳。
吹き飛ばされた羽場少年。
反対側の壁へと叩きつけられた。
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1991年5月22日(水)PM:18:30 中央区特殊能力研究所付属病院三階
「伽耶ちゃん、落ち着いて説明して」
「だから友香さん、熱風が突然で、少年がいて、隣に連絡しろって」
ナースステーションに到着した僕達。
そこに一人でいたナース姿の女性。
彼女に伽耶さんが口火を切った形だ。
少し茶色気味の髪の毛。
後頭部で丸くまとめている。
彼女は、友香と言うらしい。
伽耶さんが彼女に一生懸命説明している。
だけども、言葉を並べてるだけだ。
これじゃ、あの場にいなければ意味がわからないだろうと思う。
山本さんは、何か口を挿もうとして、挿めずにいるようだ。
「連絡したのか?」
聞こえて来た三井さんの声。
由香さんもいる。
マユと呼ばれた黒髪のポニーテールの少女。
気付けば三人が後ろにいた。
良く見ると彼女のポニーテールは僕から見ると右寄りだな。
三井さんの質問に誰も何も言わない。
僅かな沈黙の時間。
「その様子だとまだか。友香さん、緊急事態だ電話借りるぞ」
「え、はい。緊急事態って? さっきの音と関係あるの?」
あっさりと状況を看破した三井さん。
友香さんの言葉を無視する。
受付の中の電話の受話器を持った。
ダイヤルボタンをいくつか押した三井さん。
「所長か?」
『三井君?』
「そうだ。昨日の少年が悪い方の予想の通りになった」
『暴走覚醒したって事?』
「おそらく」
『状況は?』
「病院廊下の窓をぶっ壊して外にでたと思う」
『エレメントは?』
「おそらく火と風。ついでに生徒達も目撃している」
『塾の生徒?』
「あぁ、そうだ。状況を説明するがいいか?」
『説明しないと不信に思うでしょうね』
「わかった。説明は俺の方でする」
『よろしくね』
「了解、詳しい説明は後でする」
『わかったわ』
「先生方はそこにいるのか?」
『ええ、いるわ』
「羽場の病室に急行するように伝えろ。たぶん既に被害者は出ていると思う」
『そう・・・わかったわ』
「それじゃ、後はよろしく」
電話口から漏れ聞こえている声。
所長の返答も聞かず、三井さんは受話器をおいた。
聞こえてきた話しから状況が何となくわかった。
あの少年が熱風の発生源で、ここから逃げたって所だろうな。
いくつか不穏な言葉も聞こえた。
その為、皆の表情が若干暗い。
皆の機先を制するかのように、三井さんが口を開いた。
「とりあえず移動するぞ。説明はその後だ」
皆何か言いたそうだ。
言葉を飲み込んで三井さんの後を歩き出した。
彼が僕達の不安を感じ取ってるのかはわからない。
不安感とか疑問とかいろいろある。
けど、僕は言葉を呑みこんだ。
皆と同じように、三井さんの後に続いて歩き始める。
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1991年5月22日(水)PM:18:39 中央区特殊能力研究所二階
「さて、今の状況なんだがな」
僕は、またあの教室にいる。
皆少し不安げだ。
そんな中、僕達は三井さんからの説明を受け始めた。
「事の発端は昨日、長谷部という男を捕まえた事だな。奴は少年数人と、少女一人を誘拐していた」
長谷部・・・・昨日のあの男の事か。
「少年の一人がおそらく熱風の発生源だ。昨日助けてから時間が立つ毎に、言動がおかしくなっていてな。エレメントの力に覚醒したと思うが、自分自身でコントロールが出来ず暴走したんじゃないかと思う」
三井さんは淡々と説明を続けている。
「誘拐され、閉鎖空間に閉じ込められていた事など、いろいろな感情が複雑に絡み合って、精神が限界を超えてしまったんじゃないか?」
皆不安そうな顔だ。
「そんな簡単に暴走なんてするものなんですか?」
僕は思い切って聞いてみた。
「彩耶さんの言葉を借りれば、普通は考えられないらしいぞ」
「そうなんですか」
「だから、お前達が暴走する事はないと思っていいんじゃないか? さてとりあえず状況は理解したと思うが。このままここにいても巻き込まれるかもしれないし、今日は帰っていいんじゃないか?」
「警察が来てたみたいですけど? いいんですかね?」
確かに警察が来てたみたいだ。
山本さんの言うことはもっともかもしれない。
「確認してきますね」
何か考え事をしていたような由香さん。
山本さんの言葉に現実に引き戻されたようだ。
立ち上がって教室を出て行った。
突然立ち上がったマユと呼ばれた少女。
良く見ると黒髪をいくつかにわけてある。
左後頭部から耳の高さあたりで、それらを一つに束ねてポニーテールにしていた。
セットするのが大変そうだ。
「あ・・あの・・。今更なんだけど、竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)っていいます」
突然に自己紹介。
たぶん僕は鳩が豆鉄砲喰らったような顔してる。
他の皆も似たり寄ったりのようだ。
でもそのおかげかちょっとだけ、場の雰囲気が良くなった気もする。
「あぁ、そう言えば紹介してなかったか。すまん、マユ」
「気にしてないから、大丈夫だよ、おにぃ」
そう言うと茉祐子さんは三井さんに微笑む。
その微笑みに癒されたかのようだ。
主にマユちゃんを中心しておにぃという呼称について、皆が突っ込み始めた。
だけど、三井さんはあまり話しに参加しない。
何か気にしているようだ。
「おにぃ、ところでエレメントって何?」
「ん? そうだな。簡単に言うと個々の思いが具現化した特別な力ってところかな。具現化出来る人間は余りいないけどな。ここにいる俺達はその力を手に入れた人間って所か」
「そうなんだ。特別なんだね」
「そうでもないぞ、出来る事なんか限られてるし、日常じゃ対して役にも立たないしな」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだ」
三井さんの言う事に僕も同意だ。
僕自身、日常生活に役立った記憶なんてあんまりない。
この後の事件の中心に、僕自身が関わる事になる。
そんな事、この時は考えもしなかった。
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