047.足跡-Track-
1991年5月31日(金)AM:10:37 中央区三井探偵事務所一階
「笠柿の言っていた、依頼人というのはあなたですか?」
「そうです」
初老の黒髪の男性が座っている。
少し違和感の感じる黒色から考えて、鬼人族(キジンゾク)なのかもな。
鬼人族(キジンゾク)というものが、存在する事を知っている人間はそう多くない。
髪の色が派手というだけで、差別意識を持つ人間は多い。
奇抜な髪色だと思われるのを回避する為なのだろう。
人間社会に溶け込む鬼人族(キジンゾク)程、髪を黒に染めている。
そう考えると、隣の青年もおそらく同じか。
俺は別に、偏見は無い。
どっちかというと、俺も偏見される側だしな。
「依頼を受けるかどうかは、お話しをお伺いした上でも、よろしいでしょうか?」
「はい。構いません」
「それではお願いします」
俺は、その初老の男性の話しを、聞く事にした。
「私は吹 山金(フキ ヤマガネ)、隣は息子の吹 嵐金(フキ アラシガネ)と申します」
何とも変わった名前だな。
鬼人族(キジンゾク)らしい名前と言えば、らしい名前だけど。
「三井 龍人(ミツイ タツヒト)です。失礼ですが、お二人とも鬼人族(キジンゾク)ではないでしょうか?」
二人の表情は特に変わる事なく優しい感じだ。
「おっしゃる通り、鬼人族(キジンゾク)の一つ緑鬼族(ロクキゾク)です。私と息子は立場上、人様の前に出る事が多いので、髪は黒に染色させて頂いております」
「なるほど」
「それでは、ご依頼の内容について、説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
「もう一人の息子を探して欲しいのです」
悲痛な表情になる山金さんと嵐金さん。
「息子さん?」
「吹 颪金(フキ オロシガネ)といい、嵐金の弟になります。一週間程前から行方不明に」
「警察には?」
「届けました。しかし鬼人族(キジンゾク)だからでしょう、あまりまともに取り合ってもらう事が出来ませんでした」
「そうですか。行方不明時の状況について、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ここからは私が話します」
隣に座っていた嵐金さんが説明を続けた。
「弟は小さい頃から、虫が大好きな子でした。一週間前のあの日、凄い嬉しそうに帰ってきたんです」
「嬉しそう?」
「はい、森の中であんなに巨大な蟻は見た事ないと言ってしました。何かの冗談かと思ったのですが・・・」
「冗談ではなかったと?」
「はい、正確にいつ頃、いなくなったのかはわかりません。次の日、起きてみると既に弟はいませんでした。最後に目撃されたのは朝方、同じ緑鬼族(ロクキゾク)の碧 市菜(ヘキ イチナ)さんが少し話しをしたとの事でした」
「その後、姿を誰も見てないと?」
「はい、そうです。その後警察が捜索に来ましたが、すぐに引き上げていきました」
「直ぐに引き上げたのは何故だろう?」
「わかりません。それから何度か、仲間達で探しに行きましたが・・・」
「何故こちらに頼もうと?」
「数日前・・・一昨日だったと思います。森の木に不可解な傷がついておりました。もし巨大な蟻が本当に存在しているのであれば、我々では自衛すらままならないと思いますし。以前、親身になってくれた笠柿さんに相談したところ、自衛が出来るという事で、三井さんの事を教えて頂きました」
「なるほど話しはわかりました」
笠柿の野郎、蟻の話しなんて聞いてないぞ・・・。
「そう言えば、確か明日は交流会があるとか?」
「はい、何故その事を?」
「研究所とも縁があるので、ちょっと小耳に挟みました」
「そうですか」
「とりあえず依頼はお受け致します。正直依頼を達成出来るかはわかりませんが」
「本当ですか? ありがとうございます」
「事前に調べたい事がありますので、明日にでもそちらにお伺いしてもよろしいですかね?」
「はい、わかりました。お願いします」
二人とも希望に満ちた目でこっちを見てる。
まだ探し始めてすらいない。
なのに、そんな目で見られるのは困るんだけどな・・・。
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1991年6月1日(土)PM:13:20 中央区宮の森
鬱然とした森の中、周囲を警戒しながら進む二人。
既に今日だけで、二度、黒いアレに遭遇している。
特徴的に、蟻の一種である可能性が高い事はわかった。
しかし、黒いアレの活動範囲が不明の為、ほぼ勘任せに進んでいる。
「遭遇率から考えると、まだそんなに増えてはいないっぽいな」
「そうだな、兄貴」
「ジャンプ競技場まで、調べる事になるとは思わなかったけどな」
「兄貴、あそこに二体」
「一体はまかせた」
相模 健一(サガミ ケンイチ)は拳大の鏃型の岩塊を複数射出。
黒いアレは、こちらに反応する間もなく粉砕された。
相模 健二(サガミ ケンジ)が視線を向けている黒いアレ。
足元に、土を纏わりついて沈み込ませていく。
そのまま、力任せに押し潰す。
姿が見えなくなる程沈み込んだ黒いアレ。
押し潰された場所の土が、僅かに変色していた。
「まったく、遭遇したのは何度目だ?」
「これで三度目だね」
視線の先に転がっている黒い躯。
所々、岩の塊が突き刺さっている。
「とりあえず先に進むか」
進みだした二人。
その足取りは非常に重い。
その歩みの遅さは決して、疲れからだけではないだろう。
警戒しながら、先頭を歩く健一。
健二はその後を、少し離れて歩いている。
先に口を開いたのは健一だった。
「まぁあれが、黒い塊の正体なら、納得する部分もあるな」
「確かに、見せてもらった負傷者の傷の写真は、両側から、何か凄い力で噛み切られたような感じだったし」
「正直負傷者二名、生存してたのが奇跡で、助かるかどうかわからないらしいからな」
「あんな顎で噛み切られたのだったら、正直生きてたのが幸運・・いやこの場合は不運だったんじゃないのか?」
「どう考えるかは、負傷者自身だろうな」
「まぁそうだけどさ」
「桜田の言うように、巣を破壊するのがいいのかね?」
「とりあえず、それがいいんじゃないの?」
「問題は、その巣が見つかるかなんだけどな」
「何かいい方法ないのかね? それにしても、森の中ってこんなに歩き難いとは思わなかった・・・。巣を見つける前に、こっちがへたばりそう・・・」
「そうだな。正直、まさかこんな森の中を歩き回る事になるなんて思わなかった。とりあえず、ここらへんで一度休憩しよう」
「あいあいさ、歩きっぱなしで腹も減ったしな」
「健二、警戒だけは怠るなよ」
「わかってますって」
二人は近くの木の根本に腰を下ろした。
しばし体を休め始める為だ。
来る前に買っておいた昼ご飯を食べ始める。
健一はおにぎりとペットボトルのお茶。
健二はパンと缶コーヒーだ。
好みの違いが明確に分かれている兄弟のランチタイム。
鬱蒼とした森の中で二人だけ。
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1991年6月1日(土)PM:16:33 中央区宮の森
木々の香りだけが漂う森の中を進む僕達。
これだけの自然の中、虫の鳴き声一つしない。
本来であれば、これだけの自然だ。
何らかの虫が飛んでてもおかしくないと思うんだけどな。
でも、僕達がが進んでいる間、虫の鳴き声がした覚えはない。
結構な距離を歩いた。
服もかなり汗を吸い込んでいる。
やっぱりこの静けさは少しおかしい。
耳が痛い程に静寂過ぎるんだよな。
「三井さん、虫の鳴き声しないってのはおかしくありませんか?」
「確かにそうだな」
三井さんも、同じ事を感じていたようだ。
「黒いアレの餌になってしまったか・・・黒いアレが怖くて逃げたか・・・すぐ思い付いたのはこんなもんかな」
「よくそんなすぐ思い付きますね・・・。ついでにもう一つ質問していいですか?」
「なんだ?」
「さっきから、ほとんど迷いなく進んでいると思うんですけど? なんでですか?」
「簡単な事だな。木々の周囲の植物の中で、部分的に不自然に凹んでるところがあるのが一つ」
「あぁ、なるほど。それで他にもあるんですか?」
「もう一つは、一つ目と同じ様なものだが、靴跡みたいな感じで潰れている所がある」
「・・・良く見てますね」
「暗くなる前に、何とか見つけないといけないし、久々に脳味噌フル回転だったけどな。ちなみに、黒いアレの方は頻度はわからんが、靴跡っぽいのは、かなりの頻度で俺達が歩いてきた道を使ってるみたいだな」
「え? どうゆう事ですか? 何度も通ってるって事?」
「そうだな。何度も何度も、足を運んでるという事になる。ん? そうなると・・・」
突然、三井さんは眉根を顰(ヒソ)めはじめた。
まるで思考の渦に呑まれたかのようだ。
僕は、何度か問いかけを続けようと、口を開きかけた。
だが、そこから言葉を発する事は出来ずにいる。
邪魔をしてはいけない。
どうしてそう思ったのかはわからない。
だけど心の底で、何故かそう思った。
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