285.苹果-Apple-

1991年7月20日(土)PM:15:17 中央区精霊学園札幌校第二商業棟一階


 暗めの茶色で統一された店内。

 壁には年代を感じさせる掛時計。

 カウンターの奥の棚。

 そこには数種類のカップが並べられている。


 店の中のテーブルに座る五人。

 ファビオ・ベナビデス・クルス。

 残りの四人は全く同じ顔の少女だ。

 四人の少女は皆微笑んでいた。


「浅田さん、本当ありがとうございます。開店準備でお忙しいだろうに、突然の無茶なお願いを聞いて頂いて」


 カウンターに現れた浅田 碧(アサダ アオ)と浅田 未空(アサダ ミク)。

 二人に真っ先に言葉をかけたファビオ。


「ありがとうですー」


 四人の少女の一人がそう口にした。

 すると残りの三人も、順番に浅田夫妻にお礼を言う。

 彼女達の微笑みに微笑みを返す二人。

 未空はパフェを配膳していく。

 目の前に現れたストロベリーパフェ。

 四人の少女は目が釘付けだ。


 未空が四人に配膳している。

 その間に、コーヒーを入れていた碧。

 入れ終わったコーヒーをファビオの前に置いた。


「開店準備はほぼ終わってるので気にしないで下さい。この手に慣れる為に、余分に材料確保してましたから丁度良かったってのもありますけど」


 目の前のストロベリーパフェ。

 貪るようにお腹に入れ始める四人。


「ほらほら、そんなに急いで食べなくても、なくなったりしないぞ?」


 ファビオの言葉にも、勢いは衰える様子はない。

 碧と未空は微笑ましげに見ている。


「義手には慣れましたか?」


「ええ、まぁ。最初は大変でしたけど。特に力の調節がね。流す魔力でパワーが上がるのはいいんですけど」


「本当、林檎握ったと思ったら握り潰したりしてたね。林檎に慣れて苺摘んだつもりがぺしゃんこにしてたり」


 くすくすと笑う未空。


「碧、目覚まし時計叩き壊したりもしたよね」


「未空、あんまり暴露しないでくれよ。自分でもあれは驚いたんだから」


 勢いよくアイスを食べている四人。

 同時にアイスクリーム頭痛を起こし始めた。


「ファビオー、頭いたーい」


「きんきんするー」


「おいしいけどいたーい」


「うん、きんきんだけどおいしー」


「冷たい物を勢い良く食べるとなるんだよ。直ぐ収まると思うから、もう少し落ち着いて食べなさい」


 ファビオの言葉に、同時に項垂れる四人。


「まるで兄と妹ですね」


 微笑んでいる碧。


「本当、妹が一気に四人増えた気分ですよ」


「そういえばファビオさん、妹さんいませんでしたっけ?」


「妹さんいるんですね」


「ええ、まあ。二人下に妹がいますね。今日はプールに行くと言ってたので、今頃学校で泳いでるんじゃないかなと思いますよ」


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1991年7月20日(土)PM:15:21 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


 ベッドに腰掛けて座っている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 何故か正座で座っている陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 椅子の背凭れ側に背中を向けている。


 彼女は黒いフリルドレス姿。

 暫く義彦を伺うように見つめていた。

 意を決したように口を開く。


「体はどうなの?」


「ん? あぁ、まだ少しだるいかな? まぁ、怪我も含めて後一週間もあれば回復するとは思うけど」


「・・・そう」


 義彦の言葉を聞いて、彼女は安堵した表情になる。


「突然来訪して何を言うかと思えば? 黒恋こそどうなんだ?」


「私? 霊力の消耗はクリスタルのお陰で何とかなったし、もう完全回復してる」


「そうか。ならいい」


 突然の玄関の扉が開かれる音。

 二人の耳に届いた。


「誰か来たようだな」


「義彦兄様、勝手にお邪魔しました」


 現れたのは銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 黒いワンピース姿で、紙袋を抱えていた。


「兄様、苹果(リンゴ)食べまって黒恋」


「吹雪・・・ありがとう」


「え? 何であんたにお礼言われてるのかわかんないけど、何か不愉快」


「不愉快なのは私もだ。お前にお礼言わなきゃならないなんて」


 バチバチと聞こえてきそうだ。

 視線を交錯させる二人。


「喧嘩するのは勝手だが、今の俺にはお前等を止めるのは無理だからな。そこん所理解した上でなら何も言わない」


 義彦の言葉に、睨みあっていた二人は顔を背けた。


「それで林檎が何だ?」


「あ、えっと、浅田夫妻に苹果(リンゴ)たくさん貰ったので食べませんか?」


「あぁ、いいね。食べたい」


「それじゃ、台所借りていいですか? 切ってきますね」


「あぁ」


 そこで、料理出来ない人間が包丁を使えるのか。

 ふと疑問に思った義彦。


「吹雪、お前林檎の皮むきとか出来るのか?」


 聞こえていないわけはないだが、反応はない。


「くそ、無視かよ」


「苹果(リンゴ)か。義彦は座ってればいい。私が行く」


「しかし!?」


 黒恋にじっと睨まれる義彦。

 彼女の動くなと命令しているかのような眼力。

 義彦はあっさりと敗北した。


「わかった。だが喧嘩して部屋壊すなよ?」


「義彦の怪我が回復するまではしないように心掛ける」


「回復するまでなんだ・・・それも心掛けるかよ!?」


 義彦の呟きを無視した黒恋。

 彼女が台所に消えた。

 その後、聞こえてくる言い争う声。

 うんざりした表情の義彦。

 それでも、黒恋の言葉を信じて動かなかった。


 時折聞こえてくる二人の険悪な声。

 義彦は頭を抱えそうになる。

 ちゃんと林檎が切られて出てくるのか不安なのだ。

 そんな事を思いながら、義彦は立ち上がった。


 忍び足でゆっくりと歩を進めていく。

 テーブル側の椅子に、座る場所を変えた。


「塩を一つまみいれた水に晒さないと変色するから」


 突然聞こえて来た黒恋の声。

 どうやら吹雪は渋々従っているようだ。


「なんだっけな。空気に触れると酸化して変色するんだったか」


 ぼそりと呟いた義彦。

 その声は二人には聞こえていないようだった。


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1991年7月20日(土)PM:15:24 中央区精霊学園札幌校高等部地下二階


 高等部だけに存在する施設。

 その一つである屋内プール場。

 学年関係なくたくさんの生徒達。

 水着に着替えて思い思いに泳いでいる。


 通常の学校に存在するプールとは異なる技術。

 魔力に関する技術を応用した施設の一つでもある。

 目的に応じて、いくつかの形状に変形させる事が可能。

 だが変形させる予定はは今の所ない。


 現在は一般開放仕様のモード。

 室内の為、あまり高さはない。

 しかし、ウォータースライダーまで完備していた。


 ビビアナ・ベナヒデス・アルカラとセセリア・ベナヒデス・アルカラの姉妹。

 稲済 禮那(イナズミ レナ)、シャルロート・ 惟璃星(イリア)・リュステンベーグ。

 四人が水に揺蕩(タユタ)っている。


 学校指定のスクール水着を着用しているビビアナとセセリア。

 それに対して禮那はタンキニタイプ。

 惟璃星はモノキニタイプの水着だ。

 他の生徒達も、スクール水着もいれば普通のビキニタイプ。

 他にはパレオタイプやスリングショットタイプ等。

 生徒の着ている水着は様々である。


「あの人の水着際どすぎる。凄いなぁ」


 惟璃星の視線の先に見える女性。

 スリングショットタイプの水着だ。

 サマーベッドに腰掛けている彼女。

 その体は、同姓でも羨むようなスタイルだった。

 黒髪の間から出ている長い耳が特徴的でもある。


「いろいろ水着も種類ありますよね」


「でも私達はお子ちゃまだから、スクール水着でいいと思う。ビビ姉もそう思うよね?」


「自分のスタイルに自信があれば違う水着も着たいと思うのかもね? 私もセセリアもあれだし」


「何言ってるのさ? まだまだ育ち盛りでしょ?」


 若干嫌らしい笑みを浮かべた惟璃星。

 三人共、思わず苦笑いになった。


「まぁ、折角プールに来たんだし、浮いてるばかりじゃなくそろそろ泳ごうかな」


 惟璃星の言葉に賛同する三人。

 水深の深い方へ徐々に移動を開始するのであった。

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