074.一言-Word-

1991年6月2日(日)PM:20:26 中央区桐原邸一階


 一人座っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 立ち上がると、電話の元に向かった。

 ダイヤルボタンを押していく。

 誰かが出る気配もなく八回鳴ったコール。

 諦めかけていた頃、声が聞こえた。


『はい、特殊能力研究所』


 聞いた事のある声だった。

 まさか最初に出るとは思っていなかった悠斗は驚く。


「あ!? え!? も・もしもし、桐原です」


『あぁ、悠斗君か。こんばんわ』


「こんばんわ、古川所長」


『君からの電話なんて珍しいな? どうした?』


「あの、一つ相談がありまして」


『明日以降、学校行ってる間の事かな?』


「は・はい、そうです」


 まさか向こうから、その話しが出るとは思わなかった。

 びっくりしている悠斗。


『その事でこっちから電話するつもりだったからな』


「あ、そうなんですか?」


『既に悠斗君の家に向うように手配してあるから心配するな』


「あ・ありがとうございます」


『たぶん二十一時ぐらいには到着すると思う。数日泊り込むように言ったが大丈夫かな?』


「はい、大丈夫です。部屋は余ってますので」


『そうか。良かった。あの二人はどうしてる?』


「今は愛菜がお風呂にいれてます。あ、ついでに報告いいですか? 明日にでも由香さんに伝えるつもりだったんですけど」


『報告? 何だろうか?』


「たぶんですけど。あの二人の名前がわかりました」


『ほう。言葉も通じないのに凄いな』


「そんな事はないですよ。案外身振り手振りでも通じる者です。それで濃桃の髪の娘がミオ、濃水の髪の娘がマテアと言う名前みたいです」


『ミオちゃんにマテアちゃんか。わかったありがとう』


「いいえ、こっちも呼ぶ時に苦労しそうだったので。それでこっちに来るのって?」


『あぁ、それは君も良く知ってる人だよ』


「良く知ってる?」


『頼れるお姉さんが向ってるから心配するな』


「は・はい。わかりました」


『それじゃ、また何かわかったら教えておくれ』


「はい、それじゃ」


『二人の事よろしくな』


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)との通話はそこで切れた。

 頼れるお姉さん。

 彼女が到着したのは、それから三十分程してからだ。


 頼れるお姉さんと言われて、到着したのは間桐 由香(マギリ ユカ)。

 彼女だとわかった瞬間の悠斗。

 その時に、頼れるお姉さん、という表現を思い出す。

 彼は思わず笑ってしまった。

 これは悠斗だけの秘密だ。


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1991年6月2日(日)PM:20:32 豊平区喫茶店ローズソーン


「龍人さん、この間お話しした時に、中学生の弟と妹みたいな関係の方がいると言ってましたよね?」


「そう言えばそんな事も言いましたね」


「これをどうぞ」


 袋毎、二つの白い箱を渡された三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 大きさ的には三十センチ弱だろうか?


「これは?」


「先程の二種類のタルトです。マスターからのプレゼントですね」


「え? 何でまた?」


「マスターが学生の意見も聞いてみたいんだそうです。なので是非お持ちくださいな。感想を教えていただけるとありがたいです」


「うーん、わかりました。何だか悪い気もしますがいただきます。感想聞いたら伝えに来ますね」


「お待ちしてますね」


 浅田 未空(アサダ ミク)から袋を受け取った。


「それではごちそうさまでした」


「是非また来てくださいね。今度はそのお話しのお二人も連れてきてください」


「わかりました。今度連れて来ますね。それでは」


 浅田に一礼した龍人は、扉を開けて店を後にした。

 龍人が去った後の店内。

 浅田が店の入り口の鍵を掛けて、奧に入っていく。

 そこから聞こえてくる話し声。


「ベーコンはもう少しカリカリが好みだって。他はおいしいって言ってたよ。それにしても、素直に顔だせばいいのに。三井探偵たぶん疑問に思っているわよ」


「いやさ。何か顔出しにくいだろ」


「何で出しにくいのかさっぱりわかんないよ」


「だってさ」


「当時首席トップで卒業した男の言葉とは思えないね」


「そんな事言ったてさ」


「緑ちゃんの命の恩人なんでしょ? なら素直にお礼すればいいのに」


「向こうが覚えてるかどうかわかんないしさ」


「もう、何で変な所でネガティブなんだか?」


「う・・・。そんな事言われてもさ」


「緑ちゃんと言えば首席、トップで卒業したんだよね。さすがあなたの妹ね」


「こっちに来るらしいけど」


「特殊能力研究所配属みたいな事言ってたよね」


「向こうで配属されると思ってたけど、緑がこっちを希望したらしいよ」


「らしいって? 緑ちゃん本人から聞いたんじゃないの?」


「違う違う、昔馴染みから説得してくれって電話が来たのさ」


「それでどうしたの?」


「もちろん無理ですって断ったよ。緑が自分で決めた事なら尊重したいじゃないか」


「それはそうだよね。ここには顔出しに来るのかな?」


「未空には逢いに来るんじゃないか? 俺よりもなついてるし」


「否定は出来ないかもね」


「うっ・・・。建前でも否定して欲しかったな」


「だって本当の事だもの」


 クスクスと笑う未空に、項垂れているマスター。

 そんな二人の会話に名前があがっている事なども知らない龍人。

 彼は事務所への帰路の途中だ。


 しかし、龍人が義彦と柚香を伴って、ここに再び訪れる事は無かった。

 そんな未来が待ち受けている。

 その事は、ここにいる二人も、龍人も知る由もなかった。


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1991年6月2日(日)PM:23:47 中央区桐原邸二階


 何でこんな事になってしまったのだろうか。

 今僕の部屋はものすごく手狭である。

 僕が自分の部屋でベッドで寝るのは当然なんだけど。


 ベッドの隣には布団が二組しかれている。

 ミオとマテアが眠っているのだ。

 微かに寝息が聞こえているが、ここから見る事は出来ない。


 何故見る事が出来ないかというと、僕の隣には愛菜が寝ているからだ。

 いつの間にかパジャマも何着か、うちの使ってないタンスに用意していた。

 そんなこんなで、上半身をあげなければ見えない。


 何でこんな事になったかと言うと、全ては由香さんの一言だ。

 その元凶の由香さん。

 別の部屋で一人で寝ているはずだ。


 僕の部屋に五人中四人が密集している。

 これは何だか納得いかない。


 最初の予定では、ミオとマテアは別の部屋で寝てもらう予定だった。

 何度も寝るように、身振り手振りで説明する。

 僕が部屋に戻ろうとすると、後を付いて来てしまった。


 もう一度、二人が寝る予定の部屋に戻る。

 手振り身振りで説明、というのを繰り返す事になった。

 その一連の流れをたまたま目撃した由香さん。

 彼女の一言が、全ての始まりだった。


「一緒の部屋で寝ればいいんじゃないの?」


 僕も諦めて、そうしようかとは考えていた。

 しかしその一言に、一緒に見ていた愛菜が納得出来ないご様子。

 そこで更に由香さんが呟いた。


「愛菜ちゃんも一緒に寝ればいいんじゃない?」


 そんなこんなで僕の部屋には愛菜、ミオ、マテアの三人が眠っております。

 ミオとマテアはまだ別の布団だからいいんだ。

 けど、ベッドに一緒に寝ている愛菜が物凄く近い。

 愛菜がこっち向きに眠っているせいもあるので、横向くと顔がすぐ側にある。


 僕だって男の子なもんで、何ともむず痒い気持ちになる。

 ひたすら無心に、眠る事だけを考えるように努力していた。

 やっぱり疲れていたのか、案外あっさりと夢の中に旅立ったけど。


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1991年6月4日(火)PM:17:26 中央区特殊能力研究所二階


 ちょっとした事情があって、僕は今日少し早めに来ている。

 ミオとマテアとの生活は、最初の一日目はいろいろと疲れた。


 けども、二日目以降はそうでもない。

 もちろん小さな問題とかは、いくつかあった。

 だけど、割と楽しい生活を過ごしている。


 ミオとマテアは女の子。

 だから、僕は実際その場にいなかった。

 けど、トイレの使い方を教えるのに、愛菜と由香さんが非常に苦労していたようだ。


 柚香さんが昨日持ってきてくれたパンプキンタルトとグレープフルーツタルト。

 僕だけじゃなく愛菜、ミオ、マテアの分までくれた。

 三人とも満面の笑みで食べる。

 食べ終わると、凄い満足していた。


 僕と愛菜が、学校行ってる間の出来事もいくつか聞いた。

 テレビを見ていた時の事。

 何かの番組が物凄く怖かったらしく、暫く由香さんから離れなかったらしい。

 その間、慰めるついでに、猫耳を由香さんが堪能していたそうだ。


 とりあえず言葉が通じない問題は、一応解決する事が出来た。

 研究所に新しく配属された人達。

 その中の一人がミオ、マテアと同じ猫耳だった。

 実際その場にいたけど、言葉も通じてたようだ。

 いろいろと聞く事が出来そうだった。


 ミオはミオ・ステシャン=ペワク。

 マテアはマテア・パルニャン=オクオ。

 名前、苗字、族名という構成になってるらしい。

 とりあえずちゃんとした名前がわかった。

 それだけでも良かったかな。


 本当はいろいろと聞きたい事もある。

 でも一度にいろいろと聞くのも可哀想だ。

 なので、とりあえず身体検査をしてもらう。

 その時についでに、年齢とか誕生日とかを聞いてもらえるように、お願いしておいた。

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