067.一礼-Bow-

1991年6月2日(日)PM:14:46 中央区緑鬼邸二階


 受話器を電話機に戻し、一息付いた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 彼女の手元にあるコピー用紙。

 交流会参加者の名前が書かれている。

 最後の一つにも横線を引いた所だった。

 全員の無事帰宅を確認した古川。

 その表情は安堵している。


「――考えすぎだったか」


 自嘲気味に下を見て囁いた古川。

 表情をいつも通りに戻した上で前を見る。

 彼女の側には、竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。

 文句一つ言わずこの場に留まっていた。


「マユちゃん、待たせて悪かったな」


「ううん、大丈夫だよ! 美咲姉さん、お疲れ様!」


 親戚に引き取られる予定だった茉祐子。

 しかし、その親戚について調べてみると、色々と問題がある事が判明。

 引き取らせるのを躊躇していた。


 そんな時に、本当は行きたくないという彼女の心情を知った古川。

 十二歳の少女には酷な提案だったであろう。

 自分と住むのと親戚に引き取られるのとを選択させた。


 仕事の都合上、家に帰らない日もよくある。

 一人淋しい思いをさせる事も多い。

 更には具体的な、仕事の突っ込んだ内容も教えた。


 しかし予想に反して、彼女は即答で古川と同居する事を選んだ。

 無論いろいろと不安な部分はある。

 その話しの後からだ。

 茉祐子が美咲姉さんと呼ぶようになった。


 茉祐子と他愛のない会話をする古川。

 子供のいる彩耶もこんな気持ちなのかな。

 そんな事を何とはなしに考えていた。


 そのまま二人だけの時間を楽しんでいた。

 しばらくして近藤 勇実(コンドウ イサミ)と翠 双菜(スイ フタナ)が帰還。

 双菜は古川と茉祐子、近藤に感謝を告げた後に部屋を辞した。

 会話の輪に近藤も混じえて、少し会話を楽しんだ古川と茉祐子。


「そろそろ私達も帰ろうか。近藤は車で先に戻っていていいぞ。市菜さん達に挨拶して行くから」


 近藤の反応を無視し、茉祐子の手を引いた古川。

 彼を置き去りに部屋を出た二人。

 茉祐子の歩く速度に合わせながら、碧 市菜(ヘキ イチナ)を探す。

 大広間で、他の女性達に何か指示をしていた市菜。。


「市菜さん、ご協力感謝します。無事皆帰宅を確認しました。双菜さんも既に戻っています」


「はい、双菜からも報告を受けました。無事に皆様ご帰宅されて何よりです。もし皆様が来てなければ、私達緑鬼族も含めて宮の森に住む者はもっと酷い事になっていたでしょう。こちらこそありがとうございました」


 お互いに頭を下げていた二人。

 頭を上げた後、どちらからともなく微笑みあう。

 茉祐子も釣られて微笑んでいた。


「今後も調査の為、滞在させて頂く事かと思います。その際はよろしくお願いします」


「是非いらして下さい。お仕事ではなくても歓迎いたしますよ」


「そうですね。落ち着いたら仕事抜きにして宿泊に来たいものですね」


「その時を楽しみにお待ちしておりますね」


「それにしても今後が大変なのでは?」


「そうですね。修復には多少時間はかかります。予定よりずれ込みますが、修復完了後は予定通り旅館としてやっていくつもりです」


「そうですか。頑張って下さい」


「はい、是非気兼ねなく遊びに来て下さい。茉祐子ちゃんもまた遊びに来てね」


「はい、遊びにきます。美咲姉達も一緒に!」


「また来る際はよろしくお願いします。それでは」


 市菜と別れ、二人は正面玄関に歩いていく。

 すれ違った緑鬼族(ロクキゾク)に一礼をする古川と茉祐子。

 しかし逆に、深々とお辞儀をされた。

 それだけ感謝されているという事なのだろう。


 正面玄関では、修理の為に男達が四人、扉に取り付いている。

 扉に取り付いている彼らがこちらに気付いたようだ。

 一礼をして去ろうとする二人。

 その場にいた全員が、深々と頭を下げる。

 頭を下げたまま、古川と茉祐子を見送ってくれた。


-----------------------------------------


1991年6月2日(日)PM:15:37 中央区桐原邸一階


「何でこんなになつかれたんだろうか?」


 ソファーに座っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼の両隣には、二人の猫耳少女がぴったりと寄り添っていた。

 悠斗は苦笑している。


「言葉は通じないし、何か良い方法ないかな?」


 突如鳴り響いた微かな音。

 猫耳少女は驚いて、部屋のあちこちを駆けずり回った。

 悠斗は突然の彼女達の行動に唖然としている。


「何に驚いてる? え? 僕が何かしたのか?」


 しばらくして、水色の猫耳少女が、廊下に走っていた。

 後を追うようにピンク色の猫耳も続く。

 立ち上がった悠斗は、彼女達二人を追った。


「きゃっ!?」


 聞こえて来た悲鳴。

 悠斗は思わず走った。

 今この家には、他には中里 愛菜(ナカサト マナ)しかいない。


「もうびっくりした」


 辿り着いた悠斗は愛菜の無事を確認。

 彼は一安心して彼女に近寄る。


「一体何が?」


「んー!? わかんないよ。突然二人が連続で現れたんだもん」


 二人の猫耳の行動を、理解出来ない愛菜と悠斗。

 ひたすら洗濯機に唸り、右手を突き出すような素振りだ。

 しばらくして、二人の猫耳は、交互に洗濯機の上に飛び乗った。


「あ!? もしかして!? 僕には聞こえていなかったけど、二人には洗濯機が回り始める音が聞こえていたんじゃないかな?」


 彼の言葉に、合点がいった愛菜。

 なるほどと頷いた。


「それで驚いて駆けずり回り始めたんだ。でも、音が全然鳴り止まないから、直接見に来たのかもね」


「洗濯機は自発的には、何もしないんだけど」


 笑い出す二人に、猫耳少女二人は驚く。

 首を傾げる猫耳少女二人。

 悠斗と愛菜を見る目が、点のようになっていた。


-----------------------------------------


1991年6月2日(日)PM:15:43 中央区夕凪邸一階


 二十人ほどが座れる広さの部屋。

 黒いスーツの男が五人。

 彼等の正面には瀬賀澤 万里江(セガサワ マリエ)。

 夕凪 舞花(ユウナギ マイカ)は隣に座っている。


「人員に余裕とかはあるのかな?」


 黒いスーツの男五人に、順番に視線を合わせた万里江。


「ある程度余裕はあると思いますが? 突然どうしました?」


 答えたのは、万里江の右斜め前に座っている男。


「古川さんが、人手不足で困っているみたいだからね。余裕があるなら回せないかなって思ったの」


「ふむ。なるほど。我等が恩人である、古川様がお困りですか。返しきれる恩とは思いませんが、少しでも返さねばなりますまい!! だよな? 皆!」


 男は、他の四人を一人一人見つめた。


「もちろんだとも」


「協力するべきですな」


「恩返ししましょう」


「おうよ!! やろうぜ」


 四人全員が肯定的な反応だ。


「それで万里江お嬢、舞花お嬢、具体的には何をするんで?」


 男の問い掛けに、しばし思案に暮れる万里江と舞花。


「まだ。詳しい事は聞いてないんだ。だけどね。学園創設とかの話しもあったから、警備とかかな?」


「護衛等もあるかもしれないね。むろん、あそこの仕事が仕事だ。場合によっては襲撃されたりする可能性もある。その辺も考慮して人選する必要はあるかもしれない」


 舞花の言葉に補足する万里江。


「そうですね。そこはある程度は問題ないでしょう。何せ我々は先代と万里江お穣に扱かれて来たのですから」


「え? そんな事ないと思うけど?」


「まり姉、容赦ないもんねぇ」


「うそ? そうかな? 舞花もそう思ってたの?」


-----------------------------------------


1991年6月2日(日)PM:16:01 中央区白紙邸一階


「あの二人。まだなのかしら?」


 一人ソファーに座っている白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 彼女は立ち上がると、移動を始めた。

 廊下に出て、階段の手前で止まる。


「伽耶、沙耶、まだですか? 行きますよ?」


 何やらドタバタしているようだと感じた彩耶。

 自然と口元が綻ぶ。


「伽耶、先行くからね」


 竹刀袋を肩に、階段を駆け下りてきた白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。


「あー!? ちょっと待ってよ?」


 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)の声はする。

 しかし中々下りて来ない。

 思わず溜息を溢す彩耶。


「ため息をつくと幸せが逃げるって言うけど、あれ本当なのかな?」


 彩耶の溜息を見た沙耶。

 思いついたように呟いた。


「どうなんでしょうね? 沙耶が元魏さんに聞いてみるといいんじゃない?」


「うーん? パパ、興味無い事全然知らないからなぁ?」


 そんな会話をしている二人。

 やっと伽耶が下りてきた。

 彼女は途中で、転げ落ちそうになるという、ハプニングに見舞われる。

 それでも無事階段を下りる事が出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る