218.感性-Sensitivity-

1991年7月12日(金)PM:22:34 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号


 ベッドに寝転がってゴロゴロしている。

 雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)は暇そうだ。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼は椅子に座っていた。

 結晶の欠片を右手で弄んでいる。


 結晶の欠片を凝視。

 意識を集中させ始めた悠斗。

 結晶が変化する事は無かった。


「よく飽きませんね? そして今日も変化無しのようですか」


 嚇の言葉に、苦笑いの悠斗。


「うん。結晶に残留している力が壁になっているらしい。僕の方がその力より強くなれば出来るかもしれないってさ」


「そうなんですか。力と言えば、悠斗さんは数値どれぐらいだったんです? 今日の帰りに健康診断と測定診断の結果配られましたよね?」


「うん、配られたよ。日本ランキングと学園ランキングの二十位までのも一緒にね」


 鞄から測定診断の書類を出す悠斗。

 ベッドから下りて立ち上がった嚇。

 鞄から測定診断の書類を出した。

 その上で、もう一つの椅子に座る。


「【桃鬼姫の騎士】って何ですか?」


 測定診断の書類を交換した二人。

 悠斗の通名のところ。

 嚇は突っ込まずにはいられなかった。


「僕が聞きたいよ? これ見た時、心底寒気がしたもの」


「あれですかね? 伊麻奈ちゃん助けたのが原因なんですかね?」


「名称から考えたらそうなんだろうけどさ。一体だれがこんな通名で・・・」


「ど・どんまいですよ」


 苦笑いの嚇と、萎れている悠斗。


「そもそも騎士ってイメージ的に剣とか鎗を使うよね。僕まともに習った事ないんだけどな」


「でもさすがに態々悠斗さんの順位を探す人はいないんじゃないですか?」


「そうだよね。そうだといいな」


 悲しい眼差しで遠くを見る悠斗。


「でも悠斗さん、魔力凄いな。僕の倍ありますよ」


「そうかなぁ? こうやって数値で示されてもいまいち凄さがわからないんだよね。義彦なんて僕の四倍だし。日本ランキングの人達なんて桁がそもそも違うもん」


「でも順位と数値だけ見れば中間より少し上なんですよ」


「学園の中だけならね。でもそれと強さはまた別なんじゃないかな? 義彦は、使えば使うほど上昇するし効率も上がるようになるって言ってたけどさ」


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1991年7月12日(金)PM:23:54 留萌市沖見町


「アラシレマさん、風呂場でも私に手を出そうと思えば出せたのに、何故何もしなかったんですか?」


「えー? 胸少し揉んだーじゃなーい?」


「た・確かにそうですけど。あ・あれは体を洗って貰った延長じゃないですか?」


 彼女は顔を赤らめながら答えた。

 そんな彼女を可愛いな思っているアラシレマ・シスポルエナゼム。


「うーん? なんでだーろーねー? 犯すなら泣き叫んでほしーからかーなー? そーれーに、血濡れの雅ちゃんをかわいいなーって思ったかーら。もーしやるなーら、自分のお仕事かーたづけてーからにしーたいかーな?」


 そこで彼女は更に顔を赤らめる。

 彼女はごまかすように話題を逸らした。


「お仕事って何ですか?」


「うーん。僕はこーれからあそこーに攻めるのーさ」


 沖見海洋特殊研究所を指差すアラシレマ。


「海洋研究所? 何かあるんですか?」


「教えてもらったー情報がたーだしけーればだーけど、あーそこの地下にーは、さっき説明したー異能者。その中でーも凶悪暴虐な犯罪おーかしーた人たーちが収監さーれてーるのー」


「何でそんなところに?」


「僕の古い付き合いのなーかまーがねー、その収監されてーる人達を必要としーてるのさ」


「そうなんですか」


「でーも、ほーんとに付いてくーるの? 僕は一級危険種の一つ、【四赤眼の黒狼】ってそーんざいでー、その道の方々の最優先討伐対象なーんだよー?」


「アラシレマさんは理由がどうであれ、私を助けてくれました。だから、そのなんていうかな。私があなたと一緒にいたいんです」


 少し顔を赤らめている綿烏 雅(ワタガラス ミヤビ)。


「そっかー? 僕は別にいいけーど。命の保障はしーないよ? 僕は死んでも蘇生出来るけーど、出来るのーは自分だーけだからーね」


「はい。わかってます」


「でーもさ? なーんでまた制服なーの? それ制服だーよねー?」


「私、これしか服持ってないんです。あんな両親でしたから、まともな服ないんですよ」


「そっかー。もーし無事だったーら、僕好みの服きーてくーれるー?」


「はい!!」


「そーれじゃいこーかー」


 赤い四つ目の黒い狼に変化したアラシレマ。


≪反射障壁(リフレクションバリア)≫


 アラシレマが魔術を唱える。

 雅も含めて二人の前に半透明の障壁が出現した。


「限界はーあるけーど、ある程度はこーれで防げーるよー」


 雅をお姫様抱っこするアラシレマ。


「口閉じてーてねー。舌噛むからねー」


 突如暴風のように、走り出したアラシレマ。

 沖見海洋特殊研究所までの直線道路。

 出入口目指して突っ走る。

 その間も彼は魔力を溜めていた。


 辿り着いた道路の出入口のゲート。

 短機関銃を持って武装した警備兵。

 警戒しながらアラシレマに銃を向ける。


 ゲートの待機所のような場所。

 中にいる警備兵。

 何処かと連絡を取っているのが見えた。


≪エクスキャリブレイション≫


 右手をゲートの方向に翳して唱えた魔術。

 白く輝く巨大な光線。

 彼の右手から放たれた。


 警備兵もゲートも飲み込んだ。

 沖見海洋特殊研究所に向かっていく。

 しかし、研究所の建物の直前で光線は停止した。


 研究所に常時展開されている魔法障壁。

 ぶつかっているのだ。

 障壁を粉砕したようだが、光線も消滅した。


「さーすがにすーごいねー」


 こくこくと頷く雅。

 彼女を抱えているアラシレマ。

 道路を真っ直ぐに走る。


 研究所の正面。

 様々な装備で武装した警備兵。

 わらわらと出てきた。


 道路を半分程進んだアラシレマ。

 無数の巨大な火炎の弾が降り注いできた。

 極力躱しつつ、難しいのは大きく口を開いて食べる。


 雅は彼の首に手を回していた。

 じっとしているだけだ。

 しかし、その瞳には恐怖を感じている素振りはない。


 そんな彼女をおもしろおかしく感じている。

 アラシレマは突き進む。

 放たれる銃弾の嵐。

 事前に展開していた反射障壁の効果。

 発砲者に返っていく。


 飛んでくる炎弾や水弾も同様だ。

 それでも、限界がある。

 その為、アラシレマは極力回避していく


≪風裂連斬≫


 アラシレマの前方に展開された無数の風の刃。

 飛んでくる弾丸を切り裂いた。

 更に警備兵達を切り裂いていく。


≪フルブレットストーム≫


 放物線を描いて落ちてくる炎弾や水弾。

 極大の嵐で薙ぎ払う。

 それらの光景を眺めている雅。

 まるで夢でも見ているかのようにうっとりしている。

 研究所の正面に辿り着いたアラシレマ。

 警備兵の攻撃を障壁の反射に任せている。


≪灼熱地獄(バーニングヘル)≫


 アラシレマの言葉に呼応するかのようだ。

 彼の周囲を灼熱の炎が舞い始めた。

 周囲にいた警備兵達。

 叫び声を上げる事もなく焼き尽くされていく。


 炭化していく警備兵。

 彼らを尻目に、【四赤眼の黒狼】とただの少女。

 不可思議な組み合わせで研究所の正面玄関に歩いて行く。


「凄い。凄く綺麗」


 うっとりとした眼差しのままの雅。


≪ガトリングブロック≫


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1991年7月12日(金)PM:23:58 中央区三井探偵事務所一階


「早速探してもらって悪いな」


「気にするな。それよりもタイヤキダースな」


 ソファに座る笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)。

 ファイルに収められた資料を渡した三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 笠柿が資料を読み始めた。

 龍人は机に腰掛けて煙草に火をつけた。


 黙々と資料を読んでいく笠柿。

 読み進めるうちに険しい顔になっていく。

 龍人が煙草を吸い終わる頃に、笠柿は顔を上げた。


「これの注入された一人ってもしかして?」


「そうだよ。俺だ。平成二年三月十一日のだな。そこに書いている石井 着氷(イシイ チャクヒョウ)は、とある因子の特性を調べようとしていた。その為に人体実験をしたのさ。奴の実験場に残されていた資料から、因子を注入されて適合しない場合、拒絶反応だかなんだかで異常反応を示して内側から破裂したようになる。お前が俺に見せたあの現場のようにな」


「それじゃこの着氷とか言うのが絡んでると?」


 笠柿の言葉に、少し思案する素振りの龍人。


「本人が絡んでるかどうかはわからない。だけど、着氷が残した技術は絡んでるんじゃないかと思う。結局その因子の入手先は不明のままだしな」


「おいおい、ブラッドシェイクはただの売人じゃなくなってきたって事かよ」


「そうかもしれないな。そもそも管轄外なんだから、大っぴらに動けないんじゃないのか?」


「まぁそうなんだけどな。とりあえずあくまでも可能性か」


「因子は普通の検視じゃ出てこないぞ」


「そうなのか? やっかいだな。とりあえず一番の可能性には違いないだろうけど。今日は帰るわ。またな」


「資料はいいのか?」


「今のところはな。必要になったら借りに来るかもしれん」


 笠柿は、軽く手をあげて出て行った。

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