019.泣顔-Tearful-

1991年5月25日(土)PM:23:12 豊平区羊ヶ丘通


 続々と救急車や警察車両が到着し騒然としている。

 その中で、道路を挟んで反対側のマンション屋上、怪しく蠢く影があった。

 黒いローブで体を覆った三人組が、眼下の反対側の建物を注視している。

 その視線の先では、数台の救急車が搬送される傷病者を待ち構えている状態だ。

 少し離れてパトカーも何台か停車している。


「どうだ?」


「出てきた。ストレッチャーで運ばれてるわね。三井は一番重症っぽいわ」


「動き出したら追跡して橋の上でやるぞ」


「ねぇ? あの人こっち見てない?」


「この距離でこの暗がりだぞ?」


 その時彼らの横を、一瞬何かが通り過ぎて行った。

 三人のローブのフードの左側に、綺麗に一筋切れ込みがはいっている。


「何?」


「見えなかったけど、やばいんじゃない?」


「何をされたんだ・・。気付かれているみたいだ。とりあえず一度退くぞ」


 微かに瞳を開けた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 道路の向こう側の空、マンションの上を見ているじっと見ている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 彼女の姿をぼやけた視界で見ていた。


 何やっているのだろうか?

 心の中で考える間もない。

 悠斗は再び深い眠りに落ちてしまった。


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1991年5月26日(日)AM:11:05 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 うっすらと開けた瞳に映る白い色。

 真っ白な天井だった。

 電灯がやたら眩しい。


「ここは・・」


 上半身を起こしつつ視線を下に向ける僕。

 見知った少女が寝息をたてて眠っていた。

 そう言えば昨日、元魏さんが来た直後からの記憶がないな。

 はっきりしない意識で、そんな事を考えながら彼女の顔を眺める。


「愛菜・・・」


 彼女はいつものヘアピンを挿している。

 そうだ、このヘアピンは僕が小さい頃にプレゼントした。

 そう言えば何で愛菜がいるんだろう?


「おはよう。ゆーと君」


 顔を上げると、髪の毛を後ろにまとめている由香さんがいた。

 彼女はナース服を見に纏っている。

 普段とのギャップに、思わず僕の言葉は疑問形になった。


「由香さん? 何でナース服着てるんですか?」


「なんでって? 見てわからない?」


「えっ?」


「人手不足。一気に入院患者が増えたからね」


「そうなんですか。由香さんが看護・・・」


「何かな? その意外そうな表情は?」


「な・・何でもないです」


「そうそう、愛菜ちゃん、昨日からずっとゆーと君の側にいたんだよ」


「えっ? 愛菜が? そもそも何でここに?」


「ゆーと君の家に電話したら、出たのが愛菜ちゃんだったみたいね」


 ポニーテールにしている愛菜が、寝ぼけ顔で僕を見た。

 覚醒するまでは少しかかるかもな。

 そんな事を思いながら彼女を見つめる。


「あ・・・れ・・」


「愛菜ちゃん、ごめんね。起こしちゃったみたい」


「由香・・さ・・ん、おはようございます」


「おはよう」


「愛菜、おはよ」


「ゆ・・・ゆぅぅぅぅと君、怪我したって聞いて、あの時見たいに目覚めなかったらどうしようかと・・・」


 そう言うと、いきなり抱きついて来た愛菜。

 そのまま、突然泣き出した。

 しばらく何も出来ずにいた僕。

 愛菜の頭に手をそっと置いて、優しく何度も撫でる。


「ごめんな。心配かけて」


 僕達の光景に、由香さんは微笑みながら出て行った。


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1991年5月26日(日)AM:11:44 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 泣き止んで落ち着いた愛菜。

 僕が聞きたい事をいろいろと教えてくれた。

 伽耶さん、沙耶さんは上の階におり、骨折箇所があった。

 ただ、命に別状はなく割と元気で、暇を持て余しているらしい。


 吹雪さんと彩耶さんの二人も、伽耶さん沙耶さんと同じ病室。

 怪我も、三井さんと比べると比較的軽傷のようだ。

 四人は怪我している体を押して、この病室に来たらしい。

 ただただ泣いている愛菜を、元気付けてくれていたそうだ。


 由香さんや他の女性陣も、同じようにいろいろと気遣ってくれてたそうだ。

 そうこうしているうちに、仲良くなったと愛菜は少し嬉しそう。

 三井さんも怪我の割には元気な模様。


 ぶっきらぼうな言い方ながらも、僕を心配していたそうだ。

 その三井さんは隣のベッドで今、爆睡している。

 愛菜の泣き声に眠れなかったのかな?


 久下兄弟と仲間達もこの病院にいる。

 この階の違う病室で治療を受けた後、愛菜にお詫び来たらしい。

 眞彩さんと亞眞奈ちゃんも、一緒にいる。

 彼らの世話しているのを見たようだ。


 愛菜も眞彩さんと少し話しをしたらしい。

 亜眞奈ちゃんの寝顔にほんわかしたそうだ。

 誘拐されていた伊麻奈ちゃんも無事だった。

 愛菜にもお礼を言いに来たみたいだ。


 とりあえず一安心した僕。

 愛菜に事件の事がどう伝わっているのかが気になった。

 かといって何処から聞くべきか?

 どうやって話すべきか、しばらく躊躇した。

 とりあえず聞いてみよう。


「愛菜、事件の事だけどさ」


「ゆーと君、正義感出して誘拐された女の子を、友達と助けにいくのは、凄い勇気のいる事だと思うけど・・お願いだから、無茶な事はしないでよ・・」


「愛菜・・」


 また愛菜の瞳に涙が浮かぶ。


「ごめんな」


 そう言って僕はまた、愛菜の頭を撫でた。

 愛菜は抵抗する事もなくなすがままになっている。

 彼女に隠している事がいろいろあるという事実に、僕の胸はチクリと痛んだ。


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1991年5月26日(日)PM:12:12 中央区特殊能力研究所付属病院五階六号室


 女性陣だけで占められた病室。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)よりは軽傷だった二人。

 それでも大事を取って入院と言う事になっている。


「吹雪ちゃん比較的傷浅いのに、なんか元気ないよ」


「うんうん、私と伽耶なんか骨折までしちゃったのに」


「三井さんとゆーと君と吹雪ちゃんに助けられなかったらと思うと・・ね」


「本当だよね・・・沙耶」


「そんな事ないよ。私だって、三井兄様が守ってくれなかったら今頃・・・」


「吹雪ちゃん、気にする事はないと思うけどな」


「ママの言う通りだよ」


「そうそう、ママと伽耶の言う通りだよ」


 それでも銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)の表情は冴えない。

 一歩間違えば自分を守るために、義彦が死んでいたかもしれないからだ。

 そう思うと罪の意識がどうしても芽生えてしまうのだろう。

 しばし無言の時間が流れた。


「ママ、お願いがあるの」


「私も」


 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)は突然神妙な顔になる。

 母である白紙 彩耶(シラカミ アヤ)をじっと見つめた。


「私と沙耶は今回の事で、自分の弱さを思い知りました」


「真面目に取り組みますので、ちゃんと基礎から教えて下さい」


 真剣な眼差しの伽耶と沙耶。

 彩耶をじっと見ている。


 二人の言葉に、彼女は一瞬驚いた表情になった。


「伽耶、沙耶・・・あなた達・・わかりました。厳しくいきますよ」


「私にもお願いします」


「吹雪ちゃんまで」


「じゃ三人で頑張ろうよ。沙耶、吹雪ちゃん」


「うん、そうだね」


「よろしく、伽耶ちゃん、沙耶ちゃん」


「その前に、私達はちゃんと怪我を治さないとね。特に伽耶と沙耶」


「ママ、手厳しいなあ、沙耶」


「うん。でも本当だね、伽耶」


 そう言うと四人は笑い出した。


「何だ、割と元気そうだな」


 入り口には、一番重症のはずの義彦が立っていた。

 手足は包帯まみれになっている。


「三井兄様!?」


「三井君、歩いて大丈夫なの?」


 余りにも突然の登場に、驚愕の吹雪。

 対照的に心配そうな表情で声をかけた彩耶。


「大丈夫さ」


 そう言うと吹雪の側にゆっくり歩いてくる。


「吹雪、気にする事なんてないぞ。俺が勝手にした事だ」


「でも・・・」


「おまえは自分なりに精一杯やった。それでいいじゃないか」


 そう言って吹雪の頭を軽く撫でた。

 彼女は何か言いたそうな表情。

 結局何も言わないまま、黙っていた。


「ところで、伽耶と沙耶も思ったより元気そうだな。彩耶さんも」


「三井君こそ、本当に大丈夫なの?」


 再び問いかける彩耶。


「大丈夫だからこうやって見にきたんだ」


「三井さん、あの・・助けてくれてありがとうございました」


 そう言って沙耶は突然、義彦に向かって頭を下げた。


「気にするな」


「沙耶ずるーい。一緒にお礼するって言ったのに」


「そんな事言ってないで伽耶もほら」


「わかったわよ。三井さん、ありがとね」


 義彦を見つめて、軽くウインクした伽耶。


「何かありがたみねーな」


「うるさい。まさかそっちから来るなんて、思ってなかったんだもん」


「まあ、俺よりも桐原に言ってやれ」


 彩耶と吹雪が少し笑ってる。

 少し笑いながら、伽耶をたしなめる彩耶。


「そんじゃな」


 四人の様子を確認した義彦は、直ぐに病室を出て行った。

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