174.欠点-Drawback-

1991年6月29日(土)AM:0:28 中央区監察官札幌支部庁舎五階


 扉を開けて入ってきた鳥澤 保(トリサワ タモツ)。

 彼は昨日が休暇日。

 そして今日は待機日なのだ。


 暗がりの中を歩く鳥澤。

 机の上に、いくつかの資料を置く。

 彼はふと気配を感じた。

 警戒しながら背後を振り返る。


「誰だ?」


「僕がーだーれーかーはどうでもいいーと思うーよ。とーころーで知ってるかーい? 君の部下達がー、湯上 正克(ユカミ マサカツ)を筆頭ーにー、お馬鹿な事をしーでかーしたーみーたいだーよー? 雁来 弓(カリキ ユミ)はー無事なーのかーなー?」


「い・一体何を?」


「すーこーしーでも気になーるなーらー、第三倉庫にー行ってーみーなーさーい。トリプルの覚醒者さん」


 その言葉を最後に、見えなくなった男。

 彼を追いかけようと廊下に出た鳥澤。

 しかし、廊下に誰かを見つける事は出来なかった。


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1991年6月29日(土)AM:0:38 中央区精霊学園札幌校北中通


 周囲を囲んでいる三十三名。

 その視線の中、刀を構えた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 六つの竜巻が彼から放たれた。


 直線的に進行する竜巻。

 しかし全て弾かれた。

 空に飛んでいく。


 行動を開始する三十三名。

 竜巻を弾く為に、六名がその場を動かなかった。

 残りは距離を取る為と、射線上から逃げる。

 その為に、後ろに下がる。

 しかしそれが、義彦の狙いだった。


 竜巻を弾く為に、動けなかった六名。

 そのうちの一人の真横。

 竜巻を弾くタイミングで、義彦は移動していた。


 高温度の炎を纏っている刃。

 切っ先が、背中の出っ張りを斬り裂く。

 彼の意図を察した、残り五名。

 距離を取ろうとする。


 しかし義彦は風の能力を利用。

 無理やり移動していた。

 その速度に追いつかれる。

 二人目も背中の出っ張りを斬り裂かれた。


 勢いを殺しきれない義彦。

 踏ん張りながら、道路を滑っていく。

 この使い方には重大な欠点があった。


 急激な方向転換。

 大きな負荷がかかってしまう。

 今の義彦の体では、体が悲鳴を上げるのだ。


 その為、連続して使えるのは二回か三回だろう。

 それ以上方向転換を行うと自滅しかねない。

 義彦の体が、負荷に耐えられなくなりそうだ。


 明日は、軽くても筋肉痛に悩まされるだろうな。

 そんな事をと考えている義彦。

 相手の次の出方を待った。


 ヘッドフォンの向こう側。

 おかしなやり取りがされている。


『いっちゃ駄目です!?』


『じっとしてられない。すぐ終わらせて戻ってくる!!』


 何か言い合いをしている少女達。

 それは義彦にもわかった。

 しかし言い合いの内容が掴めない。


 向こうの状況を考える時間。

 それを捻出する意味も込めている。

 攻めあぐねている残り三十一名。

 順番に視線を向けていった。


「その全身甲冑、機鎧型式神豪壁一号(キガイガタシキガミゴウヘキイチゴウ)だったか? 背部にある術式を練りこんだ水晶球が要のようだな。逆にそこさえ破壊すれば、機能を停止するんだろ? 動きを止めさせて貰うぞ? もちろん少々の火傷は覚悟してもらうが」


 そこで更に九名が合流した。

 これで総勢四十名。

 対するは義彦一人だ。

 ヘッドフォンに囁くように呟いた。


「鬼那の方はどうなっている?」


 少し間があってからの返答。


『鬼那さんは今も交戦中。残り三名ですが、強敵のようで時間がかかっております』


「そうか。それと今も聞こえている言い合いは――」


 しかし、言葉を続ける事は出来なかった。

 四十名が攻撃を開始したからだ。

 隙を与えぬような波状攻撃。


 義彦は果敢に応戦する。

 能力を使用してのピンポイント攻撃。

 義彦は不得手だった。


 風で防御し吹き飛ばしす。

 だが、手加減した威力だ。

 決定打にはなり得ない。


 学園が狙われた理由も明確では無い。

 その為、手加減無しに排除して問題ないのか迷っていた。


 先程の男の言葉が本当なら、相手は監察官という事になる。

 それに覚醒してから、何かをカウントしているのも気になっていた。

 しかし、このまま防戦一方に回るわけにもいかない。


 ヘッドフォン越しの要領を得ない説明。

 聞きつつも、どうするべきか判断に迷う義彦。

 それでも五名の背中の出っ張りを溶断。

 残りは三十五名となった。


 全身甲冑が、上半身の鎧だけになった相手。

 姿はどう見ても自分と同じ人間。


 まだ開校もしていない学園。

 血に染めたくはないという気持ちもあった。

 その為、中々反撃の糸口を掴めないままでいる。


 後退していく義彦。

 競技場を挟んで、反対側まで辿り着いていた。


「馬鹿な? 七分は経過しているはず? 何故だ? 何故暴走しないのだ?」


 呟くように言った男の声。

 義彦には聞こえていなかった。


 彼を追い縋って来たのは二十名。

 そのうちの一人が、突然上半身鎧だけになった。

 更に別の一人も同様に、全身甲冑が上半身鎧だけになる。


 先程より明らかに数が減少している事。

 今目の前に起きた消失現象。

 味方をしてくれる援軍も、特にいない事は確認した。


「どうやら、その鎧。魔力の消費量が半端ないようだな。もし本当に監察官ならば、魔術を使えるものがいるはず。それなのに今のいままで、誰も使用した様子はないのもおかしいからな。最もお前達が本当に監察官ならばだが」


「七分のはずだ。貴様が全力で覚醒したまま、理性を保っていられるのは七分だ。既に十分以上経過しているのに何故だ?」


 義彦の問いかけを無視。

 問い詰めてくる男。

 うんざりした表情で彼を見た義彦。


「推定七分なのは間違いないぜ。あくまで推定だけどな。それと俺は一言も、全力で解放したとは言ってない」


「な? なんだと?」


 そこで何かが物凄い速度で義彦の側を通過。

 次々に、背後の出っ張りが斬り裂かれていく。

 刀を道路に突き刺している義彦。

 片膝をついて、体を支えている。

 彼は口の端から垂れて来る血を拭った。


「さすがに殴られ過ぎたか」


 彼の視線の先。

 次々に、全身甲冑が上半身鎧になっていく。

 状況が理解出来ない彼等。

 上半身だけの鎧を脱ぎ捨てて、撤退して行く。


 中には、鎧を脱ぐ力さえない。

 手伝ってもらっている者もいる。

 何故か態々鎧を脱いでから逃げる彼等。

 義彦は、思いながらも、動くつもりはない。


 少し痛みの走る体。

 その場に座り込んだ。

 少し体を休めた義彦。

 ヘッドフォンに話しかけるように呟いた。


「あいつが戻ったら、お疲れ様。ありがとって言っといてくれ。後、鬼那は?」


 ヘッドフォン越し。

 鬼那も無事な報告を聞いた義彦。

 その表情は、先程とはうって変わって安堵している。


 彼がいる場所。

 その頭上の第五学生寮の屋上。

 事の一部始終を見ていたかのようだ。

 一匹のエゾモモンガが、毛繕いをしていた。


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1991年6月29日(土)AM:3:23 中央区監察官札幌支部第三倉庫一階


 どす黒い血糊と凄惨な死体に囲まれた中。

 ほぼ全裸の女性を抱きかかえている男。

 彼は泣き続けていた。


 悲しみが落ち着いてくる。

 その後に到来したのは、憎しみの心。

 自らの理性を上書きしてしまいそうな程の憎悪。

 彼の心の中を充たしていく。


 聞こえてくる複数の足音。

 彼は彼女を、その場に静かに寝かせた。

 そして、足音の方へ静かに歩いていく。

 一団の先頭に見えたのは、疲れ切った眼差しの湯上。


「鳥澤 保(トリサワ タモツ)? 馬鹿な? 何故ここに?」


「貴様等、弓に何をした?」


「はん? あの女か? むかついてたからな!! 可愛がってやったんだよ」


 発言した男の首を掴んだ鳥澤。

 その瞳に怒りと憎しみが煌いていた。

 辛うじて繋いでいた鳥澤の理性が崩壊。

 壊れる音を彼自身理解した。


「人間以下の畜生は、駆逐しないと駄目だよな」


 彼の言葉の直後に世界が変わる。

 周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


「その命で罪を償え!!」


 大地からは、土が槍のように突き刺さる。

 風の刃が吹き荒れた。

 手足をもぎ取る。


 火が炎となり暴れ回った。

 目を燃やす。

 耳を燃やした。

 口を燃やしていく。


 闇が駆け回る。

 触れた部分。

 根こそぎ削り取っていく。


 僅か数分の間の出来事。

 鳥澤以外の人間。

 虫の息で、痛みにのた打ち回っている。


 憎悪の眼差しの鳥澤。

 彼等が死に絶えるのを待つ。

 じっと見つめていた。

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