282.等級-Rank-

1991年7月18日(木)PM:20:38 白石区ドラゴンフライ技術研究所付属隔離センター三階四号室


 一升瓶を片手に持っている偉丈夫。

 胡坐を掻いて座っている彼。

 黒髪白眼の戦慄鬼 豪(ワナナキ ゴウ)。

 久しぶりの酒の味を楽しんでいた。


 室内には、空になった麦酒の缶。

 他には空の一升瓶。

 それらがいくつも転がっている。


「外出は許可されてないから、性欲だけは満たせないが、お尋ね者である以上は我慢するしかないか」


 手に持つ一升瓶から、直接喉に流し込む。


「後藤と形藁。特殊技術隊だったか? ある程度偉い立場のようだが。別々に来訪して来たのも納得だな。俺達を集めて目的を語った形藁と、自ら個別に一人一人話しをしているとのたまった後藤。鬱憤を晴らすというだけなら、形藁だが果たしてどうするべきか?」


 顔を火照らせている戦慄鬼。

 彼は一升瓶から、再び喉に直接流し込んだ。


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1991年7月19日(金)AM:6:54 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟屋上


 解かれている長い白髪。

 風に流されるままにしている黒金 佐昂(クロガネ サア)。

 タンクトップにミニスカート姿の彼女。

 一心不乱に大鎌を振るっている。


 少し離れた所で彼女を眺めている碧 伊都亜(ヘキ イトア)。

 白のティーシャツにブルマ姿で座っていた彼女。

 立ち上がると、武術かなにかの型のように動き始めた。


 二人は会話を交わす事もなく没入している。

 縦横無尽に鎌を操る佐昂。

 緩急織り交ぜた動きの伊都亜。

 時折、汗を飛び散らせている。

 二人は真剣な眼差しだ。


「今日もやってるんだ。佐昂ちゃん、伊都亜ちゃん、警備ごくろうさまです。いつもありがと」


 ワンピース姿の中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 土御門 鬼威(ツチミカド キイ)はパジャマ姿だ。

 二人は両手にトレーを持っている。

 トレーの上には四人分の食事。

 コップ四つと氷入りの麦茶ポッド付きだ。


 二人の登場に、動きを止めた佐昂と伊都亜。

 無表情ながら、微かに嬉しそうな佐昂。

 伊都亜は、満面の笑みを浮かべている。


「朝のトレーニングをしているだけです」


「私は同室の者として佐昂ちゃんの付き添いなだけですよ」


「今日で五日目。毎日無理に同行しなくてもいいのですが?」


「いいの。今の私の目当ては愛菜さんの御飯だから」


 涼しい顔で言い放った伊都亜。

 佐昂には珍しく苦笑いだ。


「気に入ってもらえるのは嬉しいけど。伊都亜ちゃんも料理出来たよね?」


 愛菜の質問に口を尖らせる伊都亜。


「だって愛菜さんのがおいしいんだもん。だから味を盗んでいつか追い越すのです」


「あははは、ありがと。でも教えてくれれば月曜から朝ご飯位ご馳走したのに」


「私が勝手にやってる事ですから。それにトレーニングする場所が変わったというだけですし。でも、水曜から毎日ありがとうございます。しかし、まさか義彦さんから漏れるとは思いませんでした。動けないのに何故わかったのでしょう」


「それは本人に聞くしかないんじゃないかな? 鬼威ちゃん、麦茶入れてあげてね」


「はい。それで愛菜さん、本日の朝食の説明はするんですか?」


「もちろんしますよ。今日はビスマルク風ピザトーストに、マカロニサラダ、パンプキンスープです」


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)の独断で設置されたテーブル。

 木造で、男子棟女子棟の屋上全てに設置されている。

 そのテーブルに配膳していく愛菜と鬼威。


 トレーニングを終えた佐昂と伊都亜。

 事前に準備しておいたタオルで汗を拭っていく。

 汗を拭い終わり、椅子に座った伊都亜。

 彼女は首を傾げた。


「ねーねー愛菜さん、ビスマルク風って何がビスマルクなの?」


 中心には半熟の目玉焼き。

 ピザソースの上には菠薐草(ホウレンソウ)とカリカリベーコン。

 見た目はピザトーストだ。

 不思議そうにじっと見つめる伊都亜。


「えっとなんだっけな? 何処の食べ物屋さんだっけ? あぁ、そうだ!! 前にゆーと君と三井さんに連れていってもらった喫茶店だ。銀丁香花(ギンハシドイ)って名前だったと思う。そこのお姉さんが言ってたんだけど、ビスマルクって偉い人の好物が由来してるんだって。目玉焼きを何かにのっけて食べるのが好物とかだったかな? 詳しい説明聞いたはずだけど、忘れちゃった」


 椅子に座った佐昂。

 一度ピザトーストを見る。

 その後、愛菜に視線を移動させた。


「人物が由来という事なのですね。本日もありがとうございます。では頂きます」


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1991年7月19日(金)AM:7:32 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「食事中に見始めるなんて行儀悪いよって美咲姉ってどうしたの? 頬が緩んでるけど、何か嬉しい事でも書いてあったのかな?」


 口に玉子焼きを含みながら一度箸を皿に載せた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 FAXで送信されて来た紙束。

 テーブルに置いて右手で三つ目を確認した所だった。


 注意しようとした竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。

 彼女の表情の変化を敏感に感じ取る。

 隣にいるリアドライ・ヴォン・レーヴェンガルト。

 彼女は、我関せず焼き鮭に齧り付いた。


「もう、ドライちゃんも齧り付かないで、箸で解(ホグ)して食べるんだよ?」


 茉祐子の言葉に項垂れるドライ。

 残った焼き鮭をしぶしぶ箸で解そうと努力する。


「それで、美咲姉も何が嬉しいのかわかんないけど、食事中に行儀悪いからやめなさい。ドライちゃんが真似し出したらどうするの?」


 厳しい眼差しで問い詰める茉祐子。

 古川は降参するしかなかった。

 おとなしく紙束を見るのをやめる。

 立ち上がった彼女。

 右手で紙束全て掴んだ。

 そのままファックス複合機に戻した。


「それで何でそんなに嬉しそうなの?」


「ん? あぁ、前に小さい子が殲滅対象にされてるって言ったろ? もちろん発見したら保護するつもりだったがな。その殲滅対象の申請が、正式に精霊庁及び日本政府で却下されてな。変わりに保護対象になったんだ。これで何の問題も無く保護出来るなって思ってね」


 焼き鮭を解すのに梃子摺っているドライ。


「たぶん坂巻 瞑(サカマキ メイ)、十一歳と藁区切 閏(ワラクギリ ウルウ)、七歳ですね。他も危険種レベルが下げられたんでしたよね。まーゆーこー、うまく解(ホグ)せないよー」


「まだ箸の扱いには慣れないんだね。しょうがないないもう」


 ドライから皿を受け取った茉祐子。


「箸はこう持ってこうやって使うんだよ」


「こうやって見ると、まるで母と娘だな」


「私、母って年じゃないよう? もう」


「茉祐子上手なのー」


「ドライちゃん、慣れもあると思うからね。がんば」


「うー!? がんばるー!? がんばらないとだめぇ!?」


 嫌そうな表情のドライ。

 その頭を優しく撫でる茉祐子。


「それでそもそも危険種って?」


「ん? あぁ、朝食で話す内容でもないのだが・・・」


 茉祐子の問いに躊躇する古川。

 そこは空気を読めないドライ。


「私は猛犬注意的な対象と理解してます。その中で注意度が四段階あるのです」


 言いたい事だけ言ったドライ。

 茉祐子に解(ホグ)してもらった焼き鮭の身。

 箸で摘むと白飯の上にのせる。

 そして、白飯と一緒に口の中にいれた。


「説明しちゃったよ。まぁ、強ち間違いでもないな。個人の強さや能力のやっかいさ、思想の危険さ、社会への危険度などの複数の要素で決められる事が多いかな。四級が脅威度が一番低くその上が三級、二級。そして一番脅威度が高いのが一級。イギリスのスパイ小説みたいだが、殺害の許可持ちであれば一級と二級は殺す事も許される。三級と四級も事前に許可が下りていれば可能だな。もっとも同じ等級でも、実際の個々の強さには差があるんだけどな」


「スパイ小説が何かわかんないけど、殺害ってそれ本気なの?」


 驚きの茉祐子の表情。

 当然の反応だろうなという表情の古川。


「日本の事じゃないが、過去に推定二級レベル単独で千人強を、推定一級レベル単独であれば数万人を殺害したという記録もある。そう言えば危険度がわかると思うけどな。再現なく暴れれば数十や数百は簡単に殺害出来るような怪物なのさ。もっともそんなのはそうそういないだろうけどもね。むしろ、ポンポン存在されても私達が困るっと朝食でする話しじゃないのに、ドライに釣られて説明してしまった」


 驚愕の内容に口をぽかんと開けたままの茉祐子。

 そんな彼女を見て、失敗したなという表情の古川。

 ドライは二人を気にする事もない。

 一人食事を勧めていた。

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