025.手帳-Pocketbook-

1991年5月26日(日)PM:22:44 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 僕は眞彩さんから受け取った手帳を見ている。

 朝霧 拓真(アサギリ タクマ)さんの手帳だ。

 最初のページから順々に眺めていった。

 その間、三井さんは眠っているようで、とても静かだ。


 彼は特殊技術隊の、第四師団第二小隊隊長だったらしい。

 何処の何の部署なのか、さっぱりわからない。

 由香さんとかの同業者なんだろうなと、勝手に考えている。


 三年程前に【ヤミビトノカゲロウ】の、薄羽黄なる人物に接触を受けていた。

 魔導人形というものの作成の為のようだ。

 だが彼はその依頼を断る。

 依頼を断られた薄羽黄は逆上。

 受けないのであれば、彼の親しい者達を順番に殺すと脅迫。

 それでも拓真さんは、依頼を拒否。


 拓真さんが帰宅すると息絶える寸前の四人がいた。

 恋人、妹、友人カップルが部屋に並べられている。

 そして椅子に座っている薄羽黄。

 拓真さんは、その場に崩れ落ちる。

 薄羽黄は去り際こう言った。


「おまえが拒否するからだ」


 薄羽黄への復讐心を湧き上がらせる拓真さん。

 しかしその前に彼は、死に絶える運命だった四人を救う事を選んだ。

 どのような状態だったのかは書かれていない。

 ただ、どうにかして自分自身の魔力を送り延命。

 四人同時に魔導人形にする事で、運命を変えようとしていた。


 それはかなり無茶な事なのだろう。

 所々に、いずれ自分は死ぬだろうと書かれている。

 そして最後に書いたと思われるページには贖罪の言葉。


 巻き込まれる形により、死にゆく運命だった四人への言葉が書かれていた。

 その四名の名前は紗那、火伊那、中、星絵。

 成功したのか、失敗したのかは書かれていない。


 僕は朝霧 拓真(アサギリ タクマ)って名前に覚えがあった。

 何処かで見た事あるような気がする。

 ぼんやりとそんな事を考えていた。

 喉元まで出かかっているんだけど、思い出せない。


 突然ガラスが割れるような音が聞こえた。

 直後、聞こえて来たのは、何かが落ちたような音。

 窓の方を見ると、カーテン越しに何かが動いている。

 それは三井さんのベッドの上に移動。

 ベッドに腕らしきものを突き刺したようだった。


「危ねえな」


 三井さんの声が聞こえた。

 どうやら躱したようだ。


「サナの仇」


 サナの仇?

 誰だサナって?

 声からすると、相手は男?


「サナ? 誰だそれ?」


「四日前サナを殴り、致命傷を負わせたのを、忘れたとは言わせないぞ」


「四日前?」


 切り裂かれるカーテン。

 そこには黒いローブを羽織った仮面がいた。


「その仮面、あの時の仲間か」


 僕も三井さんも、仮面を見て合点がいった。

 仇って事はあの時の仮面は、もうこの世にはいないってことか?

 そもそもこの仮面達は一体何なんだろう?


 そうこうしているうちに、三井さんが割れている窓から外に飛び出した。

 彼を追う形で、窓の外に消えていった仮面の男。

 ここ四階なんだぞ?

 風で何とかなるのかもしれない。

 だけど、三井さんの怪我は決して軽くないはずだ。


 ちょっと待てよ。あの仮面、さっきサナって言ってなかったか?

 確か、手帳に書かれていた名前の一人もサナだったような?

 僕は急いで手帳のページを捲り、サナの名前があったページを探す。


 紗那・・・サナともシャナとも読めるけど。

 これは偶然の一致なのか?

 確かめる方法は何かあるかな?


 直接奴らに聞くしかないか。

 僕は手帳を持ったまま病室を飛び出し、走りだした。


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:22:48 中央区特殊能力研究所付属病院四階


 静かな病院の中で突然響く音。

 私は音のした方向の病室を、一つ一つ確認していく。

 突然、病室から飛び出してきたゆーと君。


「三井さんが襲われました」


 そう言うとゆーと君は、私の静止も聞かずに走っていく。

 病室の中には割れた窓ガラス、切り裂かれたカーテン。

 私はロビーの方、ゆーと君が向かったのと同じ方向に、即座に走り出した。


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:22:49 中央区円山原始林


「はあはあ、あそこで暴れられる訳にもいかないから、飛び出したはいいが」


 あの男も含めて、少なくとも三人は追って来ているようだ。

 一度に三人を相手にするのは無理だ。

 正直一人でも厳しい。


 さて、この状況でどうしたものか。

 暗がり過ぎて足元が見えない。

 しかし、明かりなんてつけようものなら、いい目印だ。

 追いつかれるのは目に見えている。


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:22:51 中央区環状通


「円山原始林の方へ逃げたようだ」


「あそこ探すのって結構大変じゃないかな?」


「アタル、戦った感じはどうだったの?」


「かなり弱っているな。今なら確実に殺せる。俺はこのまま真っ直ぐ奴を追う。ホッシーは南側から行け」


「それじゃカイナは北側から行くね」


 仮面の三人は、三井の追跡を開始する。


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:22:52 中央区特殊能力研究所付属病院四階


「もう何でこういう時に限って誰もでないのよ!?」


 受話器を置いて、私は違う所に掛け直す。

 鳴り響くコール。

 四回目でやっと誰かが出てくれた。


『はいよー』


 声ですぐに誰かわかった。


「近藤さん、由香です。三井君が、何者かに襲撃されたようです」


『あんだと?』


「病室にはいなかったので、外に出たのではないかと?」


『あの馬鹿、何で外に』


「たぶん、他の患者さんが、被害に巻き込まれないようにしたんじゃないかと」


『くそ、そんな余裕かましてる怪我かよ!? どっちいったかわかるか?』


「それはわかりません」


 三井君が被害を最小限に、と考えたらどっちに行く?

 考えろ私、考えるんだ私。


「ここから比較的近くで、かつ被害の出にくい場所としては、円山原始林じゃないでしょうか?」


『確証はあるのか?』


「ありませんけど」


『どうするか、行ってみるしかないか』


「私も向かいます」


 三井君、まだ怪我も全然回復していないはずだ。

 相手も、それをわかってて狙ってきたのかもしれないけど。

 だからこそ、早く見つけないといけない。


-----------------------------------------


1991年5月26日(日)PM:22:52 中央区特殊能力研究所付属病院一階


 一階に到着した僕は、正面玄関から外に出た。

 そこには黒いローブの仮面が一人、街灯に寄り添い立っていた。

 なんでここに?

 三井さんを追跡させない為の待ち伏せ?


 でも何処となく、様子がおかしい気もする。

 通り過ぎる人も、奇異の目で見ていた。

 あんな仮面を被っていれば当然か。


 突然その体が傾いで倒れた。

 状況がよくわからない。

 僕はしばらく見ていた。

 だけど動く気配も無い。


 早く三井さんを見つけないといけない。

 でも僕は、倒れた仮面を放っておく事も出来なかった。

 何とかお姫様抱っこで持ち上げて、病院の中に戻る。


 今の僕では、ロビーまで運ぶのが精一杯だった。

 仮面をロビーの長椅子に一先ず寝かせた僕。

 とりあえず、運んで来たのはいいが、どうするべきなのか判断に迷う。


 迷っていると、階段から人が降りてくる音が聞こえた。

 階段の出入口を見ると、元魏さんが立っている。

 彼はこちらに歩み寄ってくる。


 僕は元魏さんに事情を説明した。

 彼は寝かせている仮面の黒いローブを脱がせる。

 その上で、上着の首の部分のボタンをいくつかはずし、胸元を少しはだけさせた。

 少し膨らんだ胸元とブラジャー。

 思わず赤面して僕は目を逸らす。


「この娘は普通の人間じゃないね。むしろ魔導人形に近いな」


「魔導人形・・まさかこの娘が朝霧 紗那(アサギリ サナ)さんなのかな?」


 元魏さんは仮面に手を置き、何か呪文の様なものを唱え始めた。

 少しして仮面が簡単にはずれる。

 仮面の中は、黒髪ロングのかわいい女の子の顔だった。


「魔導人形はね、魔力で傷を癒すんだよ。でもこの娘は、魔力が尽き掛けているね。おそらく、受けたダメージの悪化を防ぐので手一杯で、修復に充てる魔力がほとんど無いんだろうな」


「魔力があれば回復出来るって事ですか?」


「そうだね」


「それは僕の魔力でも? 僕に魔力が少しでもあるのならば、の話しですけど」


「大丈夫だと思うよ」


「どうすれば?」


「右手を彼女の胸の上当たりに」


 僕は元魏さんの言われるままに、彼女の胸の上当たりに手を当てた。

 元魏さんが、僕の手の上の中空で、指で何かを描く。


「ちょっときついかもしれないけどね」


 その瞬間、体の中から何かが吸い取られていく感覚に僕は襲われた。

 どのくらいそのままだったのだろうか?

 何度か意識が飛びそうになった。


 吸い取られる感覚が、突如無くなる。

 息も絶え絶えにその事を伝えると、元魏さんは中空でまた何かを描く。

 その後で、元魏さんが僕の手を彼女から離した。


「桐原君大丈夫? 替わりにやってもらってごめんな」


「はあはあ、たぶん・・大丈夫です」


「ところでさっき朝霧 紗那(アサギリ サナ)って言ったかい?」


「はあはあ、はい。言いました」


「まさか、朝霧 拓真(アサギリ タクマ)の妹なのか」


「その名前。この手帳にも」


 僕は眞彩さんから預かった手帳を、元魏さんに見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る