106.黒棘-Thorn-

1991年6月10日(月)PM:12:01 中央区西二十丁目通


 西二十丁目通を歩く少女。

 彼女は、紺のセーラーにスカート。

 藍色のリボンをしている。

 少女は、信号を渡りきった。


 左に曲がると、溜息をついた。

 彼女の視界に入ってくる校舎。

 憂鬱そうな顔で、重い足を前にだしている。

 しかし結局、彼女はこの日欠席する事になってしまった。


「学校かぁ」


 窓を勝手に開けながら進むあたし。

 思わず呟いていた。

 三階でも、先生らしき人の声が聞こえてくる。


 たぶんこの階の教室いる女の子達。

 彼女達も、一生懸命勉学に励んでるのかな?

 さて、これだけ窓を開けとけばいいか。


 次の段階に進まなきゃね。

 あたしは歩いてきた廊下を再び戻る。

 現実には適わない事を想像して、歩いていた。


 自分が普通の女の子として学校に通う。

 友達と色んな平和な話しをしている。


 改めて考えてみると、何か現実感なさ過ぎて恥ずかしいな。

 さて、たぶんここがこの学校の真ん中ぐらいだね。

 気持ちを切り替えて、ここに来た目的を果たさなきゃ。


≪ロセ ブルテン アブソルビエレン レベン アルルマヒリチュ アウス デム スタチュエル デル スチュワルズ ヴォルバウ≫


 隠蔽魔術は便利だけど、欠点が一つだけ。

 違う魔術を唱えて発動させる。

 すると、解除されちゃうんだよね。


 たぶん発動した魔術に干渉される。

 それで解除されちゃうんだと思うけど。


 あたしの足元から徐々に成長していく。

 黒い棘のある茎。

 この魔術は対象に絡みつく。


 刺さった棘から徐々に生命力を吸収する。

 吸収するほどに蕾が開花していくんだ。

 そして最後には、黒薔薇が咲き誇る。

 あたしの好きな魔術の一つ。


 後はここで、広がり終わるのを待つだけ。

 今のあたしの力で、だいたい百メートル位が範囲になる。

 だからこの女子校を飲み込むのは充分なはず。


 でもただ待ってるだけってのも暇なんだよね。

 何してようかな?


 でも、あたしのこの考えは超絶甘かった。

 あの二人の姉妹を甘く見過ぎていたみたい。


 伸びていく茎の上。

 気に入って購入して、聴きまくっている曲を口ずさんむ。

 油断しまくってて、すぐに気付かなかった。


 ふと校舎の方を見たあたし。

 開けておいた、いくつかの窓から侵入していく茎。

 あたしは、成長していく茎の上にいた。

 だから、かなり校舎の近くまで移動していた。


 茎に映った何かの影。

 咄嗟に後ろに下がる。

 目の前を火の塊が通過していった。


 やばいやばい、一歩遅かったらと思うと冷汗たらたら。

 次々繰り出される火の斬撃。

 四度目で、あたしは大きく後ろに下がって距離を取った。


「伽耶、ちょっと落ち着きなさいって」


「何言ってるの? 沙耶、これが落ち着いてやれるわけないじゃない? どう見ても敵襲でしょ! それも真昼間なんだよ」


 紺のセーラーに藍色のリボン、紺のスカート。

 この学校の制服かな?

 両手で、猛々しい火の刃を持ってる少女が伽耶って娘。

 その背後の方にいるのが沙耶って娘かな?

 でも何で、ここにいるのがわかったの?


「茎が到達して窓を塞ぐ前に、外に出てたみたいね。さすが標的に指定されるだけあるわね」


「標的? あなたの狙いは私達って事ですか?」


 声の感じから、今声をかけてきた沙耶って娘。

 彼女の方が冷静みたいね。

 今までの遣り取り。

 そこから考えると、伽耶って娘は直情タイプなのかしら?

 先に潰すのは沙耶の方ね。


「そうよ。あなた達、伽耶と沙耶」


「それじゃ、あの黒い茎は一体何? 葉とかの形を見ると、薔薇みたいに見えるけど?」


「そうよ。薔薇の茎や葉ね。生物に絡み付いて、徐々に生命力を吸収していくわ。普通の人間なら持って三十分位でしょうね。そろそろここの学生や先生達に絡みつく頃合かしら?」


「させないわ。その前にあなたをとめてみせる」


「とめる? 出来るものならどうぞ」


≪ブラク ヴィネ サウゲン レベン アウス≫


「黒蔓に命を吸い取られて干からびてしまえばいい」


 よし、黒薔薇の茎の間から生えさせた蔓。

 対処出来てないわ。

 でも、あたしの考えは甘かった。


 冷静な方が繰り出す斬撃。

 蔓が斬られる回数が増えると、その周囲の成長が止まっていく。


 直情な方に群がった蔓。

 斬られる回数が増えると、燃え上がる範囲が広がっている。


 やばい、蔓の成長が完全に止まった。

 反撃される前に次の手。


≪ゲストチェン スチャルフェル スティエル フンデルト≫


 薔薇の茎に覆われているあたし達の足元。

 間をぬって放たれる百本の茎の針。

 ちっ、足止めにもならない。

 まさか全て、巨大化した火の刃に薙ぎ払われるなんて思わない。

 そんなの、予想もしてなかった。


≪スウォルド オブ スチャフト≫


 横薙ぎに振るわれた火の刃。

 なんとか後ろに下がって躱せた。

 けど、次に振るわれた氷の刃。

 茎の剣で受け止めたのは間違いだった。


 少しだけ剣に減り込んだ氷の刃。

 茎の剣を一瞬で凍結させたみたい。

 粉々になっちゃった。


 後ろに下がりつつだった。

 だから、肩をかすっただけですんだけど。

 標的の少女二人から繰り出される斬撃。

 反応するのがやっとだ。


 やばい、集中して詠唱の長い魔術を唱える余裕がない。

 かといってこのままじゃいつか斬られる。

 どうしよう・・・。

 杖は黒薔薇を成長させる為に、刺しっ放しだし。


 斬撃の正確性が増して来ているわ。

 左手は痛いし熱いし。

 右脇腹と右肩が冷た過ぎて痛い。


≪サメン アウス デル フルチュト デル キルスチェ≫


 鬼灯の実が爆発して、全方位に種子を飛ばす魔術。

 あたし自身もダメージを負うけどしょうがない。


「伽耶、危ない」


 まさか種子を全部防ぎきるなんて・・・。

 くそ、これじゃ自爆しただけじゃないの。

 種子に切られた傷に、鋭い痛みが走った。


 それでも、少し距離を取れた。

 だから、良かったのかな?

 とりあえず、この二人を倒す策。

 考え付くまで、時間稼ぎしないとな。


「あなた達聞いてたより強いね。あたしの名前は濁理 莉里奈(ダクリ リリナ)よ。【獣乃牙(ビーストファング)】の一人。皆からはリリって呼ばれてるわ」


「え? まさか義彦さんが言ってた・・・」


「そうみたいね、沙耶」


 どうやらあたし達の事は知っているみたい。

 知らないと思ったんだけどな・・・。

 予定が狂った、どうしよう?


「それで私達に何のようなの?」


 直情的な方は、性格のまんま敵意丸出しね。


「ふふふ、この、黒薔薇の茎に絡め取られた人達の心配を、そろそろした方がいいと思いますよ?」


 魔力を一気に消費するけどしょうがないか。


「どうゆう意味な―」


≪フレイスチュフレスセンデ プフカンゼン≫


「しまった、伸びろ火刃」


≪ヴォン ロト ウンド ブラウ≫


「もう遅いよ」


 しかしまさか、ここまで刃を伸ばせるとは思わなかったな。

 なんとか半身移動して、左頬をかすっただけですんだけど。


「きゃあ」


「沙耶!!」


 伸ばしたままで、百八十度回転しないでよ。

 屈んでなければ、横薙ぎに斬られる所だったわ。

 危ないじゃないの。


 でも、あたしの目論みどおりだ。

 黒薔薇の茎を押しのけて、現れた赤と青の食虫植物。

 彼女を飲み込んでくれた。


 人間すらも、捕食して溶解してしまう巨大な花。

 冷静な方を飲み込んだけど、溶解するのが目的じゃない。

 この花は対象を捕食。

 その後、飛び上がったままの勢いで、放物線を描いて落ちてくる。

 あたしの方へ落ちてくるように調節をした。


「え? あの花何処に向うの? 沙耶を助けないと」


 途中で、冷静な方が状況を把握して脱出される。

 その可能性もあったから、一か八かの賭けの要素もあったけども。

 予定通り落下が、完了するまで脱出はされなかった。


 複数の斬撃。

 その後に氷が砕けるように粉々になる。

 ここまでは計算どおり。


 あたしは斬撃が始まった時点で、走り出している。

 紺のセーラーの所々が溶けていた。

 薄い桃色の下着が、可愛い下着じゃないのさ。


 直ぐ側まで近づいたあたし。

 さすがに冷静な方も、状況の把握が完全に出来てないみたい。

 たった数秒の間なのに、彼女の体の数箇所は溶解されて爛れている。

 我ながらこの植物は怖いと思うよ。


 あたしが持ち歩いている唯一の近接武装。

 サバイバルナイフを彼女の首元に当てる。

 ダメージを受けている冷静な方、沙耶って言ったっけ?

 さすがに即座には反応出来なかったわね。


「それ以上近づくと喉を掻っ切るよ」


「沙耶・・くっ」


「ご・・ごめん・・伽耶。体が・・・」


「そりゃあそうだろうね? さっきの植物は溶解すると同時に、痺れさせるからね。沙耶だっけ? 当分まともには動けないよ」


「沙耶を離せ!!」


「あんた馬鹿? 折角の人質をなんで解放しなきゃならないの?」

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